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新しい風


 薄緑色のインクで書かれた手紙が届いた。

 真っ白の封筒を開くと、爽やかな若葉の香りがしたような気がする。

 真っ白な便箋に柔らかな筆致で書かれたその文章は、夏の訪れを私に告げていた。

 春は終わってしまったのだ。

 そしてすべては夏に向かって動き出している。

 手紙は私に告げていた、新しい世界に飛び込んで行けばいいんだよと。

 怖いけど頑張ろうと思った。


 まだ会ったこともない人に恋をしてしまった私はそのあまりのとりとめのなさに呆然としている。

 これから始まっていく季節のように爽やかなその人への想いは、麻の入った白いシャツのように、さらりとした感覚で私を包み込んで、緑色の季節の中に運び出そうとしている。

 彼が好き。

 そんなふうに誰かに恋してしまうなんて全く予想していなかった。

 私はただ新しい人生を探して見つけたかっただけ。

 そこには何の計算もなく、あまりにも唐突で、無謀すぎて、理解してくれる人は誰もいなそうな感じに満ちてめちゃくちゃだった。

 あんなに大切にしていたものを、手放してしまった自分を、理解してくれる人なんていないと思う。

 ただ執着がなかっただけなのだ。


 何かにしがみつくのは苦しいんだろうなぁ。

 けれどもそこから外れてしまった私を守ってくれるものも人もいない。

 それでも私は自分が好きで、新しい季節に向かっておずおずと踏み出そうとしている。

 そんな私を助けてくれようとしている人と手をつなぐこともできないまま私はめちゃくちゃな人生をそのまま前に進めていく他なくなってしまった。


 真っ白な封筒に入れられた真っ白な便箋に薄緑色のインクで書かれたその手紙は、新しい人生を受け入れなさいと私に告げていた。

 まるで陳腐ならお芝居のようだった今までの私の生活は、シュールな感じで終わってしまった。

 終わったことは戻らない。

 私は本当の自分も生きていくのだ。その痛みと重み。それに耐えられるだけの気力も体力も今の私にはないような気がする。

 つむじ風のように強い力を持ったあの人への想いは、それに触れた途端に吹き飛ばされて壊れて消えてしまいそうで、とてもとても怖い。

 こんなふうに、誰かに恋してしまうなんて想像もしていなかった。

 壊れそうな羽をどうにかはばたかせて生き続けていた私を虫取り網ですくいとって標本箱に入れようとしている人に捕まってしまうより、もう一度サナギからやり直して新しい羽を持った生まれたての蝶に変わるような、そんな思いが自分の中に生まれてくる日が来るなんて想像もしていなかった。


 ありえない。


 そうして立ち止まっていた時に、何気なく聴いた曲。

 聴けば聴くほど意味のわからないなんだかよくわからない不思議な歌詞。

 でも、それは、とりとめのない私の心を静かにそっと救ってくれた。

 私の濁った重たい:心が、薄水色の空に吸い込まれて、溶け込んでいくような気がした。

 そこに残っていたのは、ただまっすぐな彼への思いとまっさらな飾り気のない自分自身だけだった。


 真っ白な麻まじりの飾り気のないシャツを着て素顔のままで素足でがらんとした1人の部屋に立っているような今の私。

 そんな私をそのままあの人のもとに届けたい。

 新しく始まっていく初夏の季節が美しいものであるように心から祈ろう。


 空っぽで何もない私がどんなふうに生きていけるのか、不安しかないけれど。


 そして、彼につながる道は、私には見つけられない。

 それでも私はその人が好き。

 ばかだなぁ。


 風は止まらず吹いている。

 多分いつまでも、決してと止まらずに。

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