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開校4年目。専門家と関わりながら、自分の“好き”に没頭できるスクール「ラーンネット・エッジ」の今

「ひたすら取り組みたい好きなことがある」

そんな10代の探究者のためにつくられたマイクロスクールが神戸市灘区にある。

JR摩耶駅から住宅街を歩き、にぎやかな水道筋商店街を抜けるとレンガ造りの建物が見えてきます。ここまで徒歩15分。通りに面した一角の1階と2階が、今回ご紹介する「ラーンネット・エッジ」。ラーンネット・グローバルスクールを母体として2019年4月に開校し、今年で4年目を迎えます。小学5年生から中学3年生までのスクール生10名が、公立学校に籍を置きながら、ラーンネット・エッジに通っています。

子どもたちにとって居心地の良い空間が広がり、自分のペースで学ぶ環境が整えられている。一見すると、他のオルタナティブスクールと何ら変わりありません。ですが、ラーンネット・エッジの日常をじっくりと観察すると、日本にはまだ同じようなスクールがないことに気づきます。

ここは、不登校の子の居場所としてのスクールではなく、この時代を生き抜くことを目的につくられたスクールでもない。探究したいことがある子どものためにつくられたスクールなのです。この記事では、5日間の取材によって見えてきたラーンネット・エッジの特徴を紹介していきます。

探究したいことがある子どもに特化した、新しいスクール

「探究したいことがあっても、そのための時間が十分に取れなかったり、専門分野を教えてもらいたいのに、それをナビゲートしてくれる大人が近くにおらず、もどかしい思いをしている10代の子どもは一定数いると思っています」

そう話すのは、ラーンネット・エッジ代表の駒崎智紀さん。ラーンネット・グローバルスクールの小学部であるフルスクールで子どもたちと関わってきた経験があり、その中で、「私が見てきた子の中には明確に探究したいテーマがある子がおり、その子たちの進む先として、よりよい環境が必要になると考えていました」と言います。2018年、探究したいことがある子どもに特化した新しいスクールをつくろうと動き出し、実現したのは2019年4月のことでした。

「早い段階で、私たちの中に具体的な『10代の探究者像』が立ち上がっていました。あとは、その子たちが探究したいテーマにひたすら取り組むことができる時間や物理的環境を整えるのはもちろんのこと、関わる大人たちが探究者であることも重視しながら、『10代の探究者』たちにとって有意義な時間を過ごせるスクールを構想していきました」(駒崎さん)

スクールの理念は、ラーンネット共通の“Oplysning(オプリュスニング)”。デンマーク語で「教育」を表す言葉であり、「自分を照らし、相手も照らし、お互いに成長する」という意味を持ちます。ラーンネット・エッジのロゴに描かれている2つの円は、自分と他者が照らし合っている姿がモチーフとなっています。何かと出会うことで、自分も変化し相手も変わる。互いに変容する様子が表されているそうです。

立地、時間割、カリキュラム。やりたいことに打ち込むための環境が整う場所

子どもの学びをサポートするスタッフ「ナビゲータ」が大切にしているのは、子どもたちの中から生まれた小さな好奇心の芽を、自分の力で育っていけるように見守ること。決して、無理に育てようとはしません。そして、土の下に根を伸ばし、地上に大きく枝葉を広げていけるように、寄り添い、支えていくこと。

ナビゲータが子どもたちの学びを見守ることはもちろん、その他の要素も大切です。「それぞれが打ち込みたいことにとことん向き合える環境を整えるには、どうしたらいいか?」この問いから、校舎の立地やカリキュラム、時間割が決まっていきました。

校舎があるのは、都心からのアクセスの良い場所でありながら、近くには穏やかな川が流れ、自然を感じられる場所。校舎の2階にある大きな窓から外を見ると、目の前には高く伸びた木があり、葉っぱが揺れる様子が見えます。子どもたちが行きたいところに行って自由に探究活動をするため、交通アクセスの良さは場所選びには重要なポイントでした。外部講師の方が授業を担当するのもこのスクールの特徴の一つ。そのため、講師の方もアクセスしやすい場所であることも外せませんでした。

2022年度の1週間の流れは、次の通り。

よく見ると、1コマが80分〜90分と長く、「Forum」「Connect」「自由への教養」「音と身体性」など、見慣れない科目が多く入っています。駒崎さんとともにスクール設立に携わったナビゲータの奥村尚子さんが、カリキュラムをつくる際に大切にしたことを説明してくれました。

「何かひとつの問いについて、じっくり考えを巡らせたり、皆で話したり、調べたり、制作したり。没頭して物事に取り組みたい子には“50分×6科目”のような時間割では忙しすぎるのではと考えました。なので、授業時間は80分。午前中は2コマです。午後は毎日90分それぞれが探究活動に取り組む『マジ探究』の時間にしました。私たちはどんな分野の探究者にも、物事を多角的に見るための教養が必要だと思っています。個人の探究活動の時間は十分にとりつつ、自分自身を見つめたり、他者や社会を知る機会が生まれるようにカリキュラムをつくりました」

個性豊かで、専門性の高い講師陣とリアルに関わる

授業を担当するのは、それぞれの分野で高い専門性を持った外部講師。オンラインではなく、基本的には授業の度に校舎まで出向いてくれます。印象的なのは、どの講師も子どもたちに対して多くの問いかけをしていること。講義型で進んでいく授業は1つもなく、子どもたちと対話をしながら学びを深めていきます。

アートの授業を担当する毛利さんは82歳の今も現役の漫画家。授業を覗かせてもらうと、子どもたちは自由におしゃべりしながら、お互いの作品を見たりと楽しそう。毛利さんもその会話に加わりつつ、自身も創作活動に取り組みます。授業後にお話を伺うと、「雑談しながらの方がクリエイティブな発想が浮かぶでしょ。ある程度したら集中し始めるんですよ」と“自由なおしゃべり”のねらいを説明してくれました。毛利さんが言うように、授業の後半はそれぞれが創作活動に没頭する様子が印象的でした。

数学の講師である谷口隆さんは、「この証明だと間違えてるんだよね。なんでだと思う?」などと子どもたちに問いを投げかけ、じっくりと考える時間を取っています。決して多くは説明しません。子どもたちは、自分なりの答えを発表したり、他者の発表を聞いたりと、表情は真剣。谷口さんは子どもたち一人ひとりの発表を観察するように耳を傾け、「こうやって考えたんだね」と丁寧にフィードバックしていきます。

ラーンネット・エッジでは、毎朝それぞれが基礎学習に取り組む「マイスタディ」の時間があります。問題を解いたり解説を読むことはマイスタディの時間にできるので、その時間にはできないことを数学の授業でやっていると谷口さんは言います。

「1人で学習しているとなんとなくわかった気になってしまうこともありますよね。説明することで、きちんとわかる経験をする。合っているか間違ってるかだけを確認して学習を進めるのではなくて、合っているけど違和感を感じることがあったら、立ち止まってじっくり考えてみてほしいと思っています」(谷口さん)

カリキュラムの1つに入っている「自由への教養」は、探究型の学習塾「知窓学舎」の代表である矢萩邦彦さんが講師を務めます。主に授業で扱うのは、話題になっている時事ニュース。ある日の授業では、アメリカの銃に関するニュースを題材に、「玩具メーカーが本物の銃にそっくりなおもちゃを作ることは法律で禁じられている。一方で、銃火器メーカーはおもちゃに似た本物の銃を作ることは明確には禁じられていない。一体なぜ?」と子どもたちに問いかけます。

子どもたちからは、「銃火器メーカーが強すぎて法律をつくることを許可しないから」「玩具みたいな銃を作るとは誰も思ってなかったから」など、さまざまな意見が。その後、矢萩さんはアメリカ内にある複数の法律を例にあげながら、「法律にはその国の文化が表れる」と子どもたちに伝えていきます。1つのニュースから、法律や文化、歴史など多様な視点で対話しながら自分たちの考えを深めていくのが「自由への教養」の特徴。その名の通り、子どもたちが社会で自由に生きていく力に繋がるであろうと感じられる授業です。

実は、カリキュラムの内容は、毎年少しずつ変えているそうです。「開校当初に思い描いていたスクールに近づいている感じがしますか?」と聞くと、ナビゲータの奥村さんは「そもそも思い描いていないかもしれません」と言い、こう続けます。

「ラーンネット・エッジの文化のようなものは少しずつ生まれつつあるかもしれないし、スタッフの私たちがつくっている雰囲気もあると思いますが、スクールは来てくれている子どもたちのもの。今ラーンネット・エッジに来ている子たちを見ながら、何があるといいかその都度考えて、新しいことを始めたり、軌道修正をしたりしながら進んでいる感じです。思い描く理想と言えるのは、私たちや子どもたちがお互いにオプリュスニングであることだけかもしれません」

子どもたちが求めているのは、自分の好きなことに取り組める環境

ラーンネット・エッジに入学してくるのは、どんな子どもたちなのでしょうか?特徴的なのは、入学希望者の受け入れ方針を記したアドミッション・ポリシー。

以下の5つが、掲げられています。

・探究したいテーマが1つ以上ある人
・誰かと一緒に物事を作り上げることに価値を感じられる人
・友達やナビゲータとコミュニケーションがとれる人
・能動的に必要な情報や人にアクセスしようとする人
・学習進度の管理が自らできる人

授業の様子を見学させてもらってから改めてこのアドミッション・ポリシーを見ると、どれも納得の内容です。例えば、1つ目の「探究したいテーマが1つ以上ある人」。カリキュラムには毎日午後にそれぞれが探究したいことに取り組む「マジ探究」の時間があり、探究したいことがない子どもが入学してしまうと、つらい時間になってしまうでしょう。また、「学習進度の管理が自らできる人」とあるように、火曜日から金曜日は毎朝マイスタディの時間があり、自分で学習を進めることが求められます。

「やりたいことがないけれど、ラーンネット・エッジに入ったら見つかりますか?」

入学を検討している方からそんな質問を受けたときには、「そういうスクールではないんです」と明確にお伝えするそうです。実際に、ラーンネット・エッジに通っている子どもたちの様子を見ると、探究の時間ではなくても空き時間を見つけては自分の好きなことに黙々と取り組んでいる姿があり、そこまでやりたいことがある子どもにとってはぴったりのスクールかもしれません。

スクールに在籍できる期間は、中学校3年生の3月末まで。「どうなって卒業したいか」と「いつ卒業するか」は自分で決めます。卒業後は、英語や音楽、農業など、自身が学びたいことに特化した高校に進学する子が多いそう。どの子にも共通しているのは、自分の好きなことがあり、それを学び続けたいという気持ちがあることです。

現在スクールに在籍している子どもたちに卒業後はどうしたいかを聞くと、「明確には決まっていないけど、自分の好きなことができるところを探している」「絵を描くのが好きだから、それができるような高校に進学したい」「来年開校する高等専修学校がある。自分に合ってると思うから、そこに入学したい」という答えが。

高校選びの基準としてよく耳にするのは、学力水準を表す「偏差値」。ラーンネット・エッジに通う子どもたちは、自分の学力だけで進路を決めようとはしていません。「自分のやりたいことができる環境で学びたい」そんな軸があることを、彼らの答えから感じることができました。

次の記事では、スクールでの1日の様子をご紹介します。


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