他者と共に、豊かに生きるには?長野のイエナプラン校から「心地いい社会」のつくり手を育てる
複数の企業で経験を積んだのちに27歳で大学に進学し、教員となった原田友美さん。公立小学校での勤務を経て、2019年4月より長野県佐久穂町に開校したイエナプランスクール認定校・大日向小学校には、立ち上げ当初から関わってこられました(2021年のインタビューはこちら)。開校6年目を迎える今、原田さんはこれからの教育をどのように捉えているのでしょうか?
探究メディアQ責任編集者であり、ラーンネット・グローバルスクール代表でもある炭谷俊樹が聞き手となり、大日向小学校での実践とこれからの教育のあり方を伺いました。
一人ひとりに、花が咲くベストなタイミングがある
炭谷:大日向小学校にはずっと来たいと思っていて、それがやっと叶いました。学校の雰囲気やスタッフの方がやっていることは、ラーンネット・グローバルスクールに近いと感じます。
原田:近いですか。それは嬉しいです。
炭谷:実際に来てみないとわからないものですね。
原田:そうですよね。でも、本当に毎日試行錯誤を繰り返しています。この春で開校6年目を迎えるのですが、ある程度のかたちになるには10年はかかるなと思います。
炭谷:10年ですか。
原田:はい。1年目はみんなにとってすべてが初めてなので、どうしたらいいのかわからないことだらけで。よくみんなあきらめずに頑張ったと思います。2年目、3年目で少しずつ余裕が出てきて、4年目くらいからカリキュラムや学び方のことを深く話し合えるようになっていきました。
やっぱり私たちも経験しないとわからないことがたくさんあるので、1年間やってみて見えてくることもあります。それをもとに翌年はどうするかを考えていく。このサイクルはあと3、4回は必要だなと思っています。
炭谷:繰り返していくための土台ができてきた感じがしますね。きっと子どもたちの中にも、他者との関わり方や学び方が蓄積されていると思います。
原田:そうですね。特に今の上学年(5、6年生)は1年生の頃から大日向小学校に通っていて、「この子たち、これからどうなっていくんだろう?」という頼もしさを感じます。やる気や素直さがあって、とてもパワフル。めちゃくちゃ楽しそうなんですよ。
10歳以降は反抗期とも言われる年代だと思いますが、彼らを見ていると、必ず反抗期がくるわけではないなとも思います。恐らく、社会と自分の間に摩擦が起こる時期ではあると思うんです。でも、その摩擦の意味を自分で理解して、意見表明の仕方や違う意見の受け取り方を練習していたら、その摩擦や葛藤は小さくなるのだと思います。
炭谷:なるほど。今は、何年生を担当しているんですか?
原田:今年度は3、4年生のクラスを担当しています。1年生の頃からずっと私が担任をしている子どもたちも何人かいるんですよ。
ある子は、入学当初はなかなか勉強に向かえなくて、あまり発言もしないような感じでした。それが今は、朝、学習が始まる前から課題に取り組んでいたり、算数もぐんぐん進めたり、漢字もどんどん書けるようになってきました。どうやら勉強がすごく楽しいみたいで。自分の意見も少しずつ発信するようになってきました。
でも、もし1年生のときに一律で教わるようなクラスにいたら、「勉強ができない」という扱いを受けて、自信をなくしてしまっていたんじゃないかなとも思います。その様子を見ていると、一人ひとりに花が咲くベストなタイミングがあるんだなと感じます。1年生のうちからできるのがいいと思われがちですが、決してそうではないんです。
炭谷:その通りだと思います。早く学ぶことがいいことというわけではない。保護者にも、それが伝わっているといいですね。
自分で考え、行動する力をどう育てるか?
炭谷:3年前にインタビューをさせてもらったときは、大日向小学校が一条校の新たなあり方を示すことが目標だと仰っていました。やることはまだたくさんあるとは思いますが、まさにそうなっていると感じますね。
原田:教育委員会の方や市長さんが視察に来られることはあって、「こういうことをしていきたい」と言ってくださいます。これまで当たり前だとされてきたこととは違う、別の選択肢を示すことができているようで、学校のあり方が広がっていく可能性を感じます。
ただ、私がオランダのイエナプランスクールで見たような衝撃は、まだあまりないのではないかとも思います。イエナプラン教育の良さを感じてもらうためには、もう少し時間をかけて実践を積み重ねていく必要がありそうです。
炭谷:例えば、どんなところがオランダと違うのでしょうか?
原田:一番違うのは、子どもたちの自己調整力だと思います。オランダをはじめ、西洋では人の話に耳を傾けたり、自分の意見を伝えたりすることが当たり前の中で育っていきます。私自身、オランダのことをすべて知っているわけではありませんが、政治への参加意識は高いですし、他者や社会のことをちゃんと考えて行動することを学んでいるように思います。それは文化とも切り離せなくて、大人がそうしているから自然と子どももそうするようになる。
一方で、日本では子どもは幼くて弱い存在として扱われている感じがします。社会全体には、「誰かがよくしてくれる」「誰かが悪いからこうなっている」という考えが根底にあって、多くの人が「自分は主体者ではない」と思っている。なんとなく、そういう空気に覆われているような感じがします。なので、6歳になっていきなり自分で考えて自分で行動するようにと言われても、うまくできないんですよね。徐々に自律を考える人たちも増えてきていると思いますが、まだまだ少ないのではないでしょうか。
炭谷:社会の成熟度が違う感じがしますね。
原田:そうなんです。もちろん、家庭環境や個人の特性による違いもあります。
自分の考えは表現していいし、「これをやりたい」という気持ちは尊重されるべきです。ただ一方で、私たちは共同体として、他の人が嫌な思いをしないような振る舞いをしなければいけません。
学校では、自由と責任について学び、共同体のつくり手となる市民をどう育てるかを考えていく必要があると思っています。そのためのアプローチとして、昨年度から「SEEラーニング」という実践に取り組んでいます。昨年度は3、4年生のみでやっていたのですが、今年度はゆっくり学校全体に広めていけたらと考えています。
炭谷:SEEラーニングの実践を始めようと思った背景について、ぜひもう少し聞かせてください。
原田:SEEラーニングは、「世界のあらゆるもののつながりを感じ、自分と他者のつながりを感じ、人の共通性と違いを感じながらウェルビーイングに生きていくこと」」を目指しています。そのためのレッスンとして、他者とのつながりを感じるワークや自分の感情に気づくワークなどが用意されています。多様な価値観が混ざり合う社会の中で、みんなが幸せに生きるために自分がどうあるかを丁寧に考えていく過程は、まさにイエナプランのビジョンともつながる部分があるなと思っています。
もともとSEEラーニングは、アメリカのエモリー大学の研究センターがダライ・ラマ法王とともに開発したプログラムで、EQ(Emotional Intelligence:こころの知能指数)を提唱した心理学者のダニエル・ゴールマンや、学習する組織を提唱したピーター・センゲなども開発に関わっています。
「宗教を越えた本当の倫理観を育むようなプログラムを作っていかないと、世界が滅びてしまう」という危機感からスタートしているので、あらゆる科学者とも連携を取りながら開発を進めてきたんです。なので、SEEラーニングの本部が展開する研修とプログラムは無料で提供されています。本気で世界を変えようとしていることが伝わってくるんですよね。
炭谷:そんなに大きなプロジェクトとしてスタートしたのですね。実践を始めてからは、どのような変化がありましたか?
原田:子どもたちを見ていると、世界を観る解像度があがり、トラブルがあっても自分たちで解決しようとする場面が増えたなと思います。
例えば、同じ温度のものを触ったときに快適だと感じるか不快だと感じるかは、人によって違いますよね。SEEラーニングでは、いろんな活動を通して自分と他者の違いを感じたり、感覚と感情を切り分けたりする練習をします。そうすると、同じことを経験しても、自分と他者が感じていることは違うんだと気づけるようになるんです。SEEラーニングを学んでいくことは、子どもたちだけでなく、自分自身にとっての気づきにもつながっているなと思います。
その国の「文化」と「教育」はつながっている
炭谷:原田さんのことは20代の頃から知っているので、こうして今の活躍を聞けるのは嬉しい限りです。当時は大学で教育について学んでいる学生でしたよね。
原田:そうでしたね。27歳で大学に通い始めて教員免許を取りました。大学在学中に、炭谷さんが主催する「探究ナビ講座」に参加させてもらったことがきっかけで、ラーンネット・グローバルスクールにも訪問させてもらったんですよね。
炭谷:そこからスタートして、ここまでたどり着いた。素晴らしいことです。
原田:やりたいことしかやっていないんです(笑)
炭谷:それがいいんですよ。今の原田さんは、これからの教育のあり方についてはどのように考えているのでしょうか?
原田:まだちょっとまとまり切っていないのですが、教育のあり方はその国の文化ともつながっていると思っています。
先日オランダに行ったときに、改めて心地のいい国だなと感じました。街に出ると、あらゆるものがみんなにとって“嫌じゃないもの”になっているんです。自分が好きなものであっても、他の誰かは嫌いかもしれない。そういう前提が、多くの人が安心して過ごせる空間をつくっているのだと思います。
今の日本は、個人主義的な考え方が強くなっている感じがしています。自分がいいと思ったものを大切にしすぎている感じがして、主張がすごく強くなっているなと思います。ときにそれが、誰かの生きづらさや苦しさにもつながっているのではないかなと。
みんなが共同体として豊かになるために「自分がどうあるべきなのか」をもっと考えていけるといいなと思っています。そんな社会につながるような、“教育の位置”を考えていきたいですね。
炭谷:オランダでは、自分とは違う考え方を持った他者に対してもリスペクトがあるんだと思います。そういうのは、日本ではちゃんと教えてこなかったのかもしれません。
原田:私にとっては、その国の文化と教育はつながっているんですよね。10年後、20年後にどんな社会になっているとより多くの人が生きやすいのか? その問いに答えるように、今の私たちが何をすべきなのかを考えていけるといいなと思っています。
子どもたちが、他者に寛容で自信を持って生きていける人になることが、やがて社会を変えていく力になる。私は、その可能性を教育に託しているんじゃないかなと思うんですよね。
学び続け、チャンスが来たらいつでも動ける準備を
炭谷:最後に、教育に携わるキャリアを模索されている方に向けて、メッセージをいただけますか。
原田:職場環境はそれぞれだと思うので、きっと今いる場所で好きなことができている方もいれば、苦しい環境にいる方もいると思います。一概に「こうするといい」ということは言えないのですが、学び続けることは大切にしてほしいなと思っています。いろんな場所を見たり人に出会ったりすることで、自分の世界は広がっていきます。
私自身、学び続けることで世界を知れたし、それによって自分が何をしたいのかが明確になっていきました。そして、「これだ!」と思うものに出会ったら、動いてみる。チャンスが来たらいつでも動けるように準備しておくといいと思います。
炭谷:ありがとうございます。今日のお話を伺って、間違いなく原田さんは日本の教育者の中でも最先端をいく人だと感じました。今後の活躍にも期待しています。
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