子ども主体の学びをゼロからつくる。長野のイエナプラン校「大日向小学校」5年間の軌跡
2019年4月、長野県南佐久郡佐久穂町に開校した、日本初のイエナプランスクール認定校「大日向小学校」。ドイツ発祥のイエナプラン教育は、一人ひとりを尊重しながら自律と共生を学ぶ実践として、オランダを中心に世界中に広がり続けています。
開校から5年。どのような実践を積み重ねて、今の大日向小学校がつくられていったのでしょうか。探究メディアQ責任編集の炭谷俊樹が聞き手となり、校長の久保礼子さんと教頭の青山光一さんに、これまでの取り組みを振り返っていただきました。
オランダで見た、本当の「主体性」。今の原点に
炭谷:大日向小学校はイエナプラン教育を取り入れた新しい学校として、これまでに多くの方から注目されてきたと思います。そもそも久保さんは、どのようにしてイエナプラン教育と出会ったのでしょう?
久保:以前は公立中学校で社会科の教員をしていました。あるとき、異動してすぐに中学2年生の担任を務めたのですが、そこでの行き詰まりが大きかったですね。教員として、それなりに上手く学級運営ができるようになってきたと思っていたので、それまでと同じようにやったら、生徒たちから総スカンを食らいました。それで、すごく傷ついたんです。教員はもう辞めようと思って、校長に言いにいきました。すると「年度末まで待つから、もう一度考えろ」と言われて。
その後は、副担任として生徒と少し距離を置きながら過ごす中で、「傷ついたのは私ではなく、生徒たちだったんだ」と気づいたんです。彼らには彼らの事情があったはずなのに、私は自分の価値観ややり方を生徒たちに一方的に押し付けていた。それに気づくまでに、2年もかかりました。
炭谷:2年間で何があったのでしょう?
久保:距離を置いたこと自体が大きかったと思います。そしてちょうどその頃、ある本をきっかけに出会ったのがイエナプラン教育でした。本に書かれていることに納得感はありましたが、実際に自分がそれをどう実現するのかはイメージがわかなくて。2年間休職して大学院に籍を置き、イエナプラン教育のことをとことん勉強しました。オランダの小学校で見た子どもたちの姿が、今の私の原点になっています。
その日1日をどう過ごすかは子どもたちがしっかりわかっていてみんな忙しそうに動いていました。チャイムも鳴らないし、号令もない。「これを主体性と言うんだ…!」と思って、もう根本のところから変わりました。
炭谷:本質的なところに気づかれたんですね。今のお話を聞いて思い出したのですが、ラーンネットに通っていた子どもたちは、公立中学校に進学すると「中学校は楽だ」と言います。なぜかというと、すべて先生がやってくれるからです。「勉強は先生が教えてくれるし、行事の準備も先生がしてくれる。僕たちは座って待っていればいいんだよ」と。それが当たり前になってしまっている先生の方が多いように思います。
公立小学校で見えた希望。一方で、限界も感じた
炭谷:青山さんは、開校前から大日向小学校に関わっておられますよね。どのような経緯だったのでしょう?
青山:私が初任で勤めた公立小学校では、子どもを大声で怒鳴って管理することが日常的に行われていました。当初から「これは教育じゃない」と感覚的に思っていたのですが、やはり毎日そこで過ごす中で慣れてきてしまう部分もあって…。いつの間にか体育主任となり、校庭に集まった何百人もの児童をマイク1本で動かすこともできるような教員になっていました。
「何かが違う」という感覚は、ずっとあったんです。そんなときに協働的な学びの手法やイエナプラン教育に出会い、実践すると子どもたちがどんどん変わっていくわけです。それが本当に衝撃的で。「公立小学校でもこれだけのことができるんだ」と希望を感じました。
けれど、あるとき管理職が変わり、それまでの実践が受け入れられず元の学校に戻ってしまったんです。公立小学校は教員の入れ替わりがあるので、1つの教育を追求して深めていくことには難しさがあると感じました。そんなタイミングで大日向小学校を立ち上げる話を耳にし、小学校の教員を退職して飛び込んだんです。
「自由」とは何か?対話を重ね、文化をつくっていく
炭谷:大日向小学校は、やはりやりたいことができる環境ですか?
青山:そうですね。やりたいことができる反面、その難しさにも直面するというか…。
炭谷:難しさというのは、どういうところで?
青山:私が思うのは、「自由」の取り扱いです。初年度は特に、自分勝手のぶつかり合いのようになっていました。だから、発言できない子が苦しい思いをしてしまう。大人も含めて、ここにいられなくなるくらいつらい思いをした人もたくさんいると思います。
「自由」がぶつかり合うところから、「自由」のちょうどいいところを探す。そのプロセスを通して、主体的に社会で生きていける大人になっていくんだろうなと思うんですけどね。
炭谷:最初はちょっと混乱していたような感じだったのですね。ラーンネットは開校して28年が経ちますが、新年度を迎えると上級生が新入生に自由や協働について教えてくれます。そういう意味では、年月を重ねていくにつれてどんどん楽になっていきます。最初は何もないところからスタートするわけですから、大変ですよね。
久保:そうですね。本校は今年で開校6年目を迎えるので、上級生が新入生に伝えていく文化が徐々にできていっている感じがします。
プレゼンをもとに、子どもの成長につながる評価を
炭谷:子どもたちの主体性を重視した学びを実践していくと、どう評価するのかも難しいところだと思います。その点はどのように考えていますか?
久保:一般的な学校でやるような小テストはありますし、学習の進捗記録もしています。あとは、1週間の中で子ども自身が自慢できることを1つ選んで、それを選んだ理由や次にやりたいことなどを書いてファイリングしています。
それをもとに、年2回、自分が学んだことについてプレゼンをするんです。聞き手は、グループリーダー(担任)と保護者。そして、子ども自身が来てほしいと思うスタッフを1人招待することができます。グループリーダーは、「社会性」「ワールドオリエンテーション」「身体的活動」「表現」「ことば」「かず」など、6つの観点から文章で評価をします。
炭谷:なるほど。保護者の方から、評価に関するご意見はありますか?
久保:子ども自身の言葉で自分の学びを評価することに関しては、すごく良いと言われます。大人が子どもに寄り添うように文章で評価することも喜んでもらえていますね。一方で、客観的に見て読み書きや計算の力がどれくらい身についているかは、明確な基準をつくって評価しているわけではありません。そこへの不安はゼロではないと思います。
炭谷:探究力がある子どもは後からでも基礎学力は伸びていくので、あまり心配する必要はないと思いますが、心配される保護者の気持ちもわからなくはないです。
久保:そうですよね。中学生くらいになるとグッと伸びませんか?私は今、中学生を見ていてすごくそう思うんです。
炭谷:伸びます。むしろ、基礎学力がなくて苦労したという話は聞いたことがありません。子ども自身が主体的に学んでいる状態であれば、何らかの目標が決まったときに突然頑張り始める。どのタイミングで伸びるかは子どもによって違いますが、大人が焦ってもしょうがないんですよね。
答えのない問いに向き合い続け、チームで話し合いを重ねる
炭谷:スタッフ自身も、子どもの主体性を育む関わり方について試行錯誤をされているのではないでしょうか?
久保:開校当初は特に、子どものためだと思って、大人がほとんど介入しないような関わりになっていたことはありましたね。やはり大人自身が学校で主体的に学んできた経験をしてきていないので、管理型の教育をやめようとすると、放任になってしまうというか…。
けれど、そこは5年間かけて変化してきたように思います。子どもをよく見て信じて、任せられるようになってきた。そして、大人自身も関わる部分では思い切ったことをやっていいんだと自信がついてきた感じがします。
炭谷:ラーンネットも同じでしたね。開校当初は大人がただ待っていたら、子どもは全然動かなくて(笑)「あれ?これは違うな」と思って、大人も自分の思ったことをやったり自分で探究を始めたりしたら、子どもたちもそれに乗ってくるようになったんです。大日向小学校では、スタッフの方たちの関わりが変化してきた要因はなんだったのでしょう?
久保:2学年ごとにスタッフ同士が4人でチームを組んでいるので、そのメンバーで話をする機会は多くあります。上手くいかないことやつらいことを日常的に共有できる仲間がいることは大きいと思います。1人で抱え込むと負担は大きくなりますし、変わっていくことも難しいですよね。
炭谷:課題を共有できる仲間がいることは、すごく大事なことだと思います。
青山:今でも悩みながら進んでいる感じではありますけどね。特に、子ども自身が計画を立てて学ぶ時間は、「どうしたら子どもたちが主体的、協働的に学べるか?」「どうしたら学びの質を担保できるか?」という問いに常に向き合っています。試行錯誤を繰り返しながら、6年目にしてやっと成果が出るようになってきた感じがしています。
炭谷:その蓄積が必要なんでしょうね。
久保:人との関わりは、子どもたちにとっても大切なことだと思います。公立中学校での教員生活の中で私がずっと疑問に感じていたのは、「協働」のあり方でした。例えば、1980年代によく行われていた班競争。班同士で忘れ物や発表の数を競争させて、1番点数が高かった班を評価し、最下位の班には反省を促す。そういうやり方があったんです。でも、私はその仕組みには抵抗がありました。
オランダではどんな協働が行われているんだろう?と思って注目してみると、日本とは全く違う協働のかたちがあって、安心しました。同じテーブルで違うことをする子どもたち。異年齢で学んでいるので、下級生がわからないところを上級生に聞く場面もありました。ただ教えるだけではなく、その根底には「共に生きる」という意識があるのを感じました。
大日向小学校にいる子どもたちも、学びのモチベーションが他者との競争や評価には紐づいていないんですよね。誰かと一緒に学ぶ中で、新しいことを知る楽しさや人の役に立つことへの喜びを感じている。それこそが「協働」なのだと思います。
炭谷:本来は、それが自然なかたちだと思います。
理想は、“疲れ切っている子ども”と“軽やかな大人”がいる状態
久保:ここにいるスタッフや子どもたちは、みんなが協働の過程を面白がれる人たちかもしれません。「それって自由じゃなくて、単なるわがままなんじゃないの?」と思うこともたくさんありますよ(笑) 誰かがそう感じたら、問いを投げかけて話し合う。その繰り返しです。
青山:食堂の壁には禁止事項について書かれたポスターがたくさん貼ってあって、「イエナプランの学校っぽくない」という声もあります。帽子やマフラーをつけたまま食事をしている子がいて、「衛生的によくない」という話になり、委員会の子どもたちがスタッフと話し合ってルールを作ったんです。
炭谷:子どもたちに任せると、あるとき急にルールが厳しくなるときがあるんですよね。子どもは、意外と自分たちに厳しい。でも、やっているうちに「あんまり意味がなかったね」と気づいてなくなることもあります。一度は通る道かもしれませんね。自分たちで考えて、ルールを作るのもやめるのも、自分たち。それが主体性だと思います。
青山:ここに通っている子たちは、自分たちが声をあげれば環境は変えられると思っています。なので、いろんなことを言ってきますよ(笑)運動会では「パン食い競争をやる」と言って、自分たちでパン屋さんに電話して値引き交渉に成功し、何度もテストをやってルールも話し合っていました。本番では6年生がマイクを持って取り仕切り、自分たちでどんどん進めていく。大人は笑って見ているだけです。
実は僕が理想としているのは、1週間が終わったときに、ぐったり疲れている子どもと軽やかな大人がいる状態であること。だって、学校は子どもの学び場ですから。今の多くの学校は、子どもは楽しそうだけど大人が疲れ切っている。それが逆になるといいなと思っています。大日向小学校では、徐々にそうなってきた感じがしますね。
これまでの取り組みを言葉にして、次の実践者へ
炭谷:最後に、これから取り組んでいきたいことについて教えていただけますか?
久保:これまでやってきた5年間の実践を私たちの言葉で整理していきたいなと思っています。みんな本当に試行錯誤を繰り返しながらここまできました。スタッフが考えたり発見したりしたことを、次の実践者に残していかないともったいないなと思っています。
青山:そうですね。面白い取り組みはたくさんあるんです。言葉にしていくのは大変ですが、時間をかけて外に出せるようにまとめていきたいですね。
炭谷:大日向小学校での実践は、これからどんどん世の中に発信していってほしいですね。今日はありがとうございました。
大日向小学校ウェブサイトはこちら
「学校説明会」が9月まで毎月開催されています
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?