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国際慣習法とは何か? 毛布を送らないのは国際法違反?

以前、ブレグジットと国際法の関係について投稿しました。国際法には「条約」と「国際慣習法」があります。国際慣習法は、国家間の暗黙の合意であり、文書として記されない「不文法」です。今回は「国際慣習法」の基礎と課題を投稿します。

毛布を送らないことは国際慣習法違反なのか?

まず、下記の例を考えてみましょう。

過去100年間に渡り、世界の95%の国が「A国」に対し、毎年12月31日に「毛布」を送っていた。A国は貧しい極寒の地だった。そこで各国は善意の気持ちでA国に毛布を寄贈していた。しかし、コロナウイルスのパンデミックで「B国」の経済が停滞し、今年はA国に毛布を送れなくなってしまった。果たして、A国に毛布を送らないB国は、国際慣習法に違反するのだろうか。

上記の例の重要なポイントは、「A国へ毛布を送ることが国際慣習法として成立するのか」です。どうでしょうか。もし、国際慣習法として成立するのであれば、A国へ毛布を送らないB国は、「国際法違反」です。

一般慣行とは何か?

国際慣習法として認められるためには二つの条件があります。「一般慣行」と「法的確信」です。

・一般慣行とは?

一般慣行とは国家の慣習です。慣習の定義とは何でしょうか。1950年のコロンビア対ペルー訴訟(庇護事件)で「一般慣行」は「一定で一律な使用(constant and uniform usage)」と定義付けられました。上記の例で言うと、100年間に渡り95%の国家が実行していたので、一般慣行と言えます。

・国家の内の何割が実行していれば、一般慣行?

例で言うと、5%の国家はA国へ毛布を送っていませんでした。それでも国家の慣習だと言えるのでしょうか。1951年のノルウェー漁業事件によると、慣習は「一般的ではあるが、普遍的である必要はない(Must be general, but need not be universal)」と判断されています。つまり、全ての国家の慣習である必要はありません。5%の国家がA国に毛布を送っていなくても、一般慣行は成り立ちます。

・一般慣行として認められるには、どのくらいの期間が必要?

次に「慣習」は長い期間行われて、「慣習」と言えるはずです。具体的にどのくらいの期間があれば、慣習は「慣習」になるのでしょうか。元々、「記憶または記録を超えた古代(time immemorial)」から行われていたことが慣習です。つまり、とんでもなく昔から行われてきたのが慣習として認められました。しかし、1969年の北海大陸棚事件により、「一般慣行」の成立に実行期間は重要な要素でなくなりました。現在では、短期間でも多数の国家によって一般的に実行されていれば「一般慣行」として成り立ちます。(そうしなければ、時代に合わせて新しい法律を作れません。「インスタント国際慣習法論」と言います。)

上記から、「A国に毛布を送る」ことは「一般慣行」として認められると言えます。では、B国は国際法違反なのでしょうか。

法的確信とは何か?

国際慣習法にはもう一つの条件があります。「法的確信(opinio juris)」です。簡単に言うと、「各国が慣行を『法』として認識していること」が条件です。

・北海大陸棚事件の判決

1969年の北海大陸棚事件の判決文は、「法的確信」の必要性を次のように記載しています。(Deepl翻訳)

関係する行為は、定まった慣行に相当するものでなければならないだけでなく、慣行が必要とする法の規則の存在によって義務化されているという信念の証拠、又は方法で実施されていなければならない。(中略)したがって、関係国は、法律上の義務に相当するものに適合していると感じなければならない。行為の頻度、あるいは習慣的な性格だけでは十分ではない。(中略)儀式や議定書の分野などでは,ほぼ常に行われているが,礼儀,利便性,伝統などの考慮のみによって動機付けられ,法的義務の感覚によってではない国際的な行為が多数存在する。

つまり、国家間の慣行の中には、単に礼儀や利便性の目的の慣行もあります。例えば、船は他国の船とすれ違ったら、挨拶するのが慣行です。しかし、あくまで礼儀です。挨拶しなくても国際法違反にはなりません。

・毛布を送ることに法的義務を感じるか?

上記の例だと「A国に毎年毛布を送ること」に各国が法的義務を感じているかが重要になります。この場合、各国は「善意の気持ち」で毛布を送っていただけで、法的義務は感じていません。つまり、A国に毛布を送ることは「一般慣行」として認められますが、「法的確信」に欠けています。したがって、B国が国際法違反をしたとは言えません。つまり、基本的に国際慣習法として成立するためには「一般慣行」と「法的確信」の両方が必要です。

国際慣習法の法的根拠

国際司法裁判(ICJ)規定の第三十八条の第一項は「付託される紛争を国際法に従って裁判することを任務とし、次のものを適用する」と、次のように定めています。

a. 一般又は特別の国際条約で係争国が明らかに認めた規則を確立しているもの
b. 法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習
c. 文明国が認めた法の一般原則
d. 法則決定の補助手段としての裁判上の判決及び諸国の最も優秀な国際法学者の学説。但し、第五十九条の規定に従うことを条件とする。

上記の(b)が国際慣習法の法的根拠です。国際慣習法は文書として記さない「暗黙の国家間の合意」です(不文法)。

続いて、国際慣習法の課題を3つ上げます。

課題1. どの国の言うことを聞くべきか?

国際慣習法を作ろうと思った時、全世界の国家の意見を聞いたら、話がまとまりません。どの国の主張を聞くべきなのでしょうか。簡単に言うと「その国際慣習法に影響を受ける国」です。例えば、「海の慣習法」に、モンゴルやスイスなど内陸国の意見は必要でしょうか。海に接しない国は、そもそも海洋での慣習がありません。同様に「宇宙の慣習法」を作ろうと思ったら、米国やロシアの意見を尊重します。シエラレオネやモナコの意見は必要ありません。この方法は合理的です。しかし、不公平だとも言えます。(だからこそ、国際社会では積極的に声を上げることが重要です。)

課題2. 国際慣習法の成立に反対する国がいたらどうなるか?

新たな国際慣習法を作る際、反対する国家がいても成立します。一方、反対した国家が明確に反対し続けているのであれば、その国家は新たに作った国際慣習法に拘束されません。「一貫した反対国」の原則と言います。(1951年のノルウェー漁業事件が有名です。)

・「一貫した反対国」原則の背景

この原則には、近代の国際秩序である「主権国家体制」が背景にあります。アナーキー(無政府状態)な国際社会において、主権国家は国内で最高の権威を保持します。他国の内政には口出しできません(内政不干渉の原則)。国際法も同じです。同意がなければ、その主権国家を拘束することはできません

課題3. もし一般慣行が不道徳的だったら?

一般慣行が不道徳的な場合でも、国際慣習法は成り立つのでしょうか。例えば、「拷問」は世界の多くの国で今なお続いています。1984年に国連で「拷問等禁止条約」が採択され、170カ国が批准しました。しかし、2012年のアムネスティの調査によると、拷問を確認できた国は112カ国に上ります。つまり、「拷問は悪いことだ」と言いながら、多くの国が「拷問」しています。この場合、国際慣習法はどう判断するのでしょうか。

・「やってること」より「言ってること」

国際慣習法では、「国家が実際にやっていること」ではなく、「国家が言っていること」を優先します。つまり、「主張 > 行動」です。「慣習」という言葉に矛盾しますが、国家の行動ではなく主張を重視します。拷問をしている国家でも、「拷問は悪いことだ」と表面的に主張していれば、「拷問は悪い」と信じている証査になります。したがって、いかに多くの国が拷問をしていても、多くの国家が「拷問は悪いことだ」と言っていれば、拷問は国際法違反です。(詳しくはニカラグア事件の判例が参考になります。)

国際慣習法の議論

国際慣習法の議論はつきません。上記の3つ課題以外にも国際慣習法には多くの論争があります。「一般慣行」の定義は曖昧で、「法的確信」は主観的です。また、国際慣習法は欧米の資本主義にとって有利な法律だとの批判があったりもします。上記はあくまで氷山の一角です。

今回の投稿が少しでも国際法に興味を持つきっかけになれば幸いです。

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