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戦略論:科学技術は安全保障に何をもたらすのか?

AIやロボット技術の発展により、映画「ターミネーター」の世界もそう遠くない未来になりつつあります。科学技術は安全保障に何をもたらすのでしょうか。戦略論の観点から書いて行きます。

技術熱中派 VS 技術懐疑派

国の技術レベルの高さが安全保障にとって重要であることは通説になっています。米中貿易摩擦も中国の先端技術開発戦略である「中国製造2025」がキッカケでした。米国が「中国製造2025」を問題視したのは、経済的な理由ではなく、安全保障上の理由です。米国は技術レベルの高さが覇権に直結していると考えています。冷戦の際もソ連による世界初の人工衛星の打ち上げが、「スプートニクショック」として米国に強い危機感を与えたように、米国は技術の進歩がもたらす安全保障上の懸念を強く意識しています。つまり、米国にとって「技術的優位」は安全保障上非常に重要な要素です。

しかし、「技術的優位」が決定的に重要だと考えられるようになったのはつい最近です。20世紀の軍人の中では技術の重要性に否定的な人が多く、「兵器」ではなく「組織の有効性」が戦闘の結果を決めると信じていました。現在でも技術が安全保障体制にどの程度影響を及ぼすのか議論が絶えません。例えば、1940年代後期から専門家の多くは、核兵器に対応するために全ての軍事組織を根本的に再編しなければならなくなると確信していました。しかし、実際には特定の部隊の戦術や編成が変わっただけです。

実は根本的に安全保障を根底から変えた技術は数多くありません。例えば、爆弾の構造は驚くほど変わっていません。空母から戦闘機を跳び立たせるカタパルトも20世紀半ばの技術を現在も使っています。数多くの兵器がアップグレードされてきましたが、革命と呼べるほどの技術変化があることは稀です。これを「RMA論争(Revolution in Military Affairs 軍事における革命)」と呼びます。

RMA論争

どの技術が革命と呼べるRMAと言えるか判断するのは困難です。過去には「鉄道」「電報」「ライフル」などがRMAをもたらしました。安全保障上の技術の進歩には2つの特色があります。「量より質の向上」と「商用軍事技術」です。

・量より質の向上

大規模な戦争は20世紀半ばに終わりを告げました。今や多くの国は防衛費を増加させつつも、軍隊の規模を縮小しています。中国やトルコでさえ徴兵制を止めました。理由は「量より質」が重要だからです。現在の安全保障では、200両の時代遅れの戦車より、100両の最新鋭の戦車の方が優勢だと考えられています。「量」が半数でも「質」で勝ることが出来るからです。稀に日本の安全保障の議論になると「徴兵制を復活させるのではないか」という意見を聞きますが、現在の安全保障状況を考えると全くナンセンスです。人数を揃えても敵の標的になるだけで、戦術的に優勢にはなりません。新聞や雑誌でも諸外国の軍隊について、単純な数による軍事力比較を見かけることがありますが、軍事力を相対的に比較しても技術の分析がなければ、十分な意味を持たない時代に入っています。

・商用軍事技術

軍事技術の中には民生技術から派生したものがあります。例えばRMAの代表である「鉄道」と「電報」は民生技術です。両方とも安全保障に大きな影響をもたらしました。また、軍事技術が民生技術に派生することも多々あります。インターネットは米国国防総省のアーパネット(ARPANET)が元になっています。このシステムは核戦争の際に情報伝達ができるように米国の高等研究計画局(ARPA: Advanced Research Projects Agency)によって開発されました。21世紀の情報通信社会において、軍事技術と民生技術の垣根は曖昧で、ボーダレス化しています。後に詳しく述べますが、日本ではこれが非常に根が深い問題として顕在化しています。

非対称な技術優位

先端技術の向上により、先進国の通常軍がテロ組織などの非正規軍に手こずるという戦略的パラドックスが起きています。例えば、米国はイラク戦争で迅速にバクダッドへ進撃しましたが、多くの米軍兵士がIED(簡易爆発装置)のせいで重大な犠牲を被りました。対テロ組織戦やゲリラ戦では技術的優位の重要性が減少する傾向にあると言われています。

また、技術的にレベルが低い国でも、北朝鮮のように核兵器を保持すると全面的にではなくとも部分的に米国に対抗することができます。技術優位は非常に重要な要素ですが、絶対的な要素では無いということです。

【21世紀の課題】

21世紀に入り、安全保障にも複数の課題が顕在化しました。次に課題を列記していきます。

・人材の問題

安全保障分野にもソフトウェアの技術者が必要とされています。しかし、能力が高い技術者は民間の高給な職に就きます。人材を一から育てたとしても、優秀な人材を内部に引き止めるのは非常に困難です。民間との給与格差という問題や組織の性格(縦社会・非自主性など)も課題になっています。

・メディアの問題

カメラを持ったジャーナリストが戦場にいることが当たり前になりました。1990年代初頭のソマリア介入やイラク戦争など、数々の戦争がメディアによって全世界へ放映されました。その結果、各国の軍隊やテロ組織はメディアを利用した対外的な宣伝活動に力を入れるようになりました。イラク戦争ではテロ組織がテレビ放送だけでなくインターネット上のウェブサイトに動画を投稿し、新しい支持者の獲得を図りました。軍事活動におけるメディア対策も重要な要素になっています。

・宇宙空間

現代の情報技術の多くが宇宙空間に依存しています。特に多くの防衛品が依存しているGPSは重要な技術です。宇宙への依存度が高まるにつれ、宇宙での戦闘発生リスクも高まります。相手国の衛星を無効化・破壊する兵器は既に開発されています。日本でも宇宙分野を専門に扱う「宇宙作戦隊」が創設されました。さらに、宇宙には「スペースデブリ」と呼ばれる「宇宙のゴミ問題」もあります。スペースデブリは古い人工衛星やロケットの部品などですが、最高速度28000km/hで地球の軌道を周回しているため、小さなモノでも宇宙船や人工衛星を破壊するほどの衝撃力を持ち、非常に危険です。「ゼロ・グラビティ」という映画を観た人なら分かると思います。宇宙空間の依存度が高まるにつれ、宇宙の安全保障はますます重要性が高まるでしょう。

・サイバー空間

サイバー空間の重要性は明白です。中国軍は3万人規模のサイバー攻撃部隊を持っていると推定されています。北朝鮮も6800人の部隊を持っています。日本はわずか約580人規模しかなく、文字通り桁違いの小ささです。令和5年度末までに千数百人規模へ拡大する方針を防衛省は出していますが、それでも比較すると圧倒的に数が足りていません。また、サイバー戦の難しさは「グレーゾーン」の広さです。どの程度のサイバー攻撃であれば、日本は自衛措置を取ることが可能なのでしょか。例えば、国家主導のサイバー攻撃により日本全国が停電し、数兆円の経済的被害が出た場合、日本は自衛権を発動できるのでしょうか。おそらく難しいでしょう。では経済的被害が数十兆円規模ではどうでしょうか。また、明かに国家主導のサイバー攻撃でも、サイバー攻撃の場合、複数のサーバーを経由すればサイバー攻撃の証拠が残りません。その場合、日本はどのように対処すべきでしょうか。サイバー空間における安全保障の法的解釈は非常に曖昧で、明確な線引きが困難です。

・先端技術

現在、既にナノテクノロジー、ロボット工学、人工知能(AI)を活用した軍事技術の開発が始まっています。特にAIの搭載の無人兵器である「自立型致死兵器システム(LAWS)」が問題となっています。LAWSは既にイスラエルや韓国では実質的に配備されているという報道もあります。正に映画「ターミネーター」の世界です。LAWSは人の判断が関与しないので、倫理的に問題があります。日本を含めて各国はLAWSの開発に規制を掛けようとしていましたが、残念ながらLAWSの開発は各国で水面下で実施されているのが現状です。

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日本における科学技術と安全保障の課題

2017年に防衛装備庁が研究費を支給する「安全保障技術研究推進制度」について科学者の代表機関である日本学術会議が「問題が多い」と指摘し、話題になりました。

もともと防衛装備庁の「安全保障技術推進制度」は民生技術と防衛技術のボーダレス化により、防衛省も先進的な民生技術の基礎研究を支援するという内容です。

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そもそも諸外国と比較して基礎研究費が圧倒的に少ない日本で、防衛省の予算がつくのは決して現場の研究者からすると悪い話ではありません。また、上記で見たようにGPSをはじめ防衛技術が民生技術に派生し、社会的に大きなインパクトを与える例もあります。一概に防衛省からの研究費は全く受け取らないというのは極端な意見です。

「技術優位」は絶対的ではありませんが、安全保障に大きな影響を与える要素の一つです。21世紀の情報化社会では、安全保障分野における科学技術の重要性は増しています。特に宇宙空間やサイバー空間など新たなドメイン(領域)で重要です。日本も改めて安全保障分野における科学技術のあり方を考え直す時期が来ているのではないでしょうか。


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