たぶん一生モノの8月31日。
8月31日。毎月やってくる月の最後の日。
だけどやっぱり8月には、特別な響きがある。
小中高と12年間繰り返し過ごした夏休み最終日。「まだまだこんなに休みがある」と思っていたのに、あっけなくやってくる終わりの寂しさ。
携帯電話なんてない、お金だって持っていない。
毎日が出来事であふれていたわけじゃないし、「今日はなんにもしないでもう夕飯の時間だ」なんてこともザラにあった。
飽きるような平々凡々、ふつうの日。
ラジカセから流れる雑音混じりのラジオ体操、朝から食卓に差し込む強い陽差し、くたくたになった公営プールの利用カード…
12年のなかでも1番に思い浮かぶのは、小学生時代の夏休み。
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8月31日が近づくと、思い出す光景がある。
当時、アコーディオンカーテンで仕切って使っていた妹と合同の子供部屋。窓側には建物がないから、明るい光がレースのカーテンを透けさせている。
午前中の家事を終えたエプロン姿の母が、棒アイスを持って部屋に入ってくる。私と妹が1本ずつ受け取る。3人でベッドに腰かけて、アイスを食べ始める。
私はアイスを舐めながら、心の中で薄っすらと期待して母の言葉を待つ。
アイスを食べ終えるころ、母が言う。
「さて夏休みも最後だし、映画にでも行こう!」
いつから始まって、いつ途絶えたのかは覚えてないけれど、夏休みの最終日(母が外に働きだしてからは最後の日曜日)に、ドラえもんの映画を3人で観に行くのが"お決まり"になっていた時期がある。
母の運転する軽自動車。助手席に私、後部座席の右側が妹。それが親子3人の定位置。
私はいつも、車で出かけることが決まると好きなアイドルのCDを録音したカセットテープから「どれを持ち込むか」と悩んだ。夏休み最後の日は、いつもにも増して悩んだなぁ。
決めきれず2~3本を手に、ガチャガチャと助手席で出し入れ。妹が持ち込むのは決まって漫画かゲームボーイ。
そして2人とも飲み物。自宅から麦茶かオレンジジュースを蓋とストローがついたプラスティックのコップに入れて、ドリンクホルダーへ。いざ出発。
指定席なんてない時代の映画館。東照宮の赤い鳥居のすぐ隣、水戸の東映シネマは雰囲気があった。
行列に並んで、開場時間と同時に薄暗い館内へ。受付でもらった来場特典のちいさなドラえもんのマスコットと、わくわくを握り締めて。
館内は、親子でいっぱい。
子どもながら「自分たちと同じように、いくつもの家族がこの地上に住んでいて夏休みを過ごしていたんだな」と思った。
満席だと親たちは一番後ろにズラりと立ち並ぶ。今は見かけない立ち見の上映。
ドラえもんを見終えて、その後のミニドラのショートストーリーも見て、映画館を後にする。車で移動してファミレスでランチ。海が近かったから「海を見に寄って帰ろうか」なんてして。
夏休みの最後のスペシャルデー。
派手な旅行じゃないけれど、とっても楽しかった。たぶんずっと忘れられないあの夏。一生モノの8月31日。
8月の終わり、夏の終わり。
毎年、胸がちょっとだけきゅうってなるのは、もう二度と戻れない家族の時代を思い出すから。
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おとといは、8月最後の日曜日。
夕焼け空の下、秋へと吹く風。一瞬一瞬をちゃんと感じながら過ごしたいなぁと思いながら、娘とつないだ右手を握り返す。
娘が小学生になったら「夏休み最後だから」の続きをしたいな、と思った。
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*過去note*