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超短編小説「ホヤボーイ」

若くして亡くなった男がホヤに生まれ変わって恋人に捕獲される

生まれ変わったらホヤだった

僕は気がついたら海を漂っていた。ゆらゆらと岩に張り付いて揺れている。さっきツヤツヤと黒光りするワカメが僕の身体に触れ、ウニはじっとこちらを見ている。

海の中は静寂で、幻想的だ。昼はのんびり魚が泳ぎ、海藻がさやさやと囁き、海底を甲殻類がそーっと歩く。夜になれば魚達は遊び、貝がふわりふわりと揺れる。

僕はホヤに生まれて一年位らしい。小さくてなかなかかわいい赤ちゃん時代を経て一年経ったらしい。

なぜ急にこんな事を話しているかと言うと、昨日急に僕に「意思」というものが出来た。そしてその時から急に脳内に記憶や知識が湧いてきた。僕が今ホヤである事、ここは三陸の自然豊かな海である事。

僕は平凡な青年だったのに突然死んだ

そしてさっき思い出したのは、僕がホヤとして生まれる前の記憶。6年前僕は人間だった。僕は三陸の小さな町の役場職員で、確か年齢は26歳。恋人は海女だった。マシロという名前だ。その日はデートの日でいつものように待ち合わせ場所の、町に一軒しかないカラオケ店に車で向かった。その途中、僕の運転する車は大型トラックと衝突した。僕は身体を車外に投げ出され、そしてコンクリートに叩きつけられた。それから記憶がない。気がついたら海を漂っていた。

気がついたら海の中だった

僕の脳内に沸いた記憶によると、死後5年でホヤに生まれ代わり、そして一歳を迎えた。僕は神様に願った。
「もう一度、恋人のマシロに会わせて」
マシロに会いたい、僕が亡くなった時、マシロは何を思っただろう。僕がいない間何をしていたのだろう。

マシロ

そんな事を考えていると、急に僕らホヤがくっついている岩の方にブクブクと綺麗な泡が音を立てて近づいてくる。どうやら海女達だ。
僕にはすぐにマシロと分かった。
「マシロ僕はここだ」
声にならない声を絞り出す。マシロが近づく。そして僕を捕獲した。

僕は捕獲された。マシロの腰籠に収められ、久しぶりに海の外に出る。
夜になると、目を覚ますと僕はマシロの家だ。見覚えのある家だ。だが、なにか変だ。
「なにこれ気持ち悪い」
小さな子供の声だけ。
「それはホヤだよ、ママが獲ってきたホヤだよ」
マシロの?マシロの夫と子供か。子供は2歳くらいだろうか。マシロ、良かったよ。幸せならそれでいい。
その後の記憶はない。だけど、マシロが夫や子供と笑い合いながら楽しく食事をしている食卓だ。
そして僕は望み通りマシロに会う事が出来た。それどころか、僕はマシロに噛み砕かれ、飲み込まれ、食道を通り、胃の中だ。消化液で消化される。僕はマシロの一部になれた。望み以上の望みが叶った。
次の目標はまた5年後。次は何になろうか。

(MacBook)

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