超短編小説「キャンディボーイ」
口の悪い男が生まれ変わったら口の中の飴だった
生まれ変わったら口の中の飴だった
ぼくは常に何かにイライラしていて、飴を食べると大抵舐め終わる前に噛んでしまう。
それに僕のイライラは他人に嫌な思いをさせないとスッキリしない。
まず、ファミレス。店に入ると一言言わないと気が済まない。
「ったく、待たせるんじゃねえ」
数分入り口で待たされただけでこの文句。
「ファミレスの店員は日本語話せねえのかよ」
店員に文句。
料理が出ると
「うわ、まずそ」
食べる前から文句。本当は不満なんてないくせに。
そしてコンビニ
「暇そうな店だな」
何もしていないのに文句。
次に電車
「満員に乗るんじゃねえ」
自分も乗ってるくせに文句。
仕事も、日常も全てに文句、文句文句。
僕のフラストレーションは文句を言う事で発散される訳ではないがそれでバランスをとっていたのだろう。「いたのだろう」ってなんで過去形に?って?文句言うなよ、文句を言っていいのは僕だけなんだぜ。
実は僕はもう生きてない
と言うのも、僕はさっき死んだ。厳密に言うと刺された。
今日も、駅は混雑していて僕の乗ろうとしている電車も肩がぶつかり合うほど混み合っていた。僕にさっきからカバンが当たっている。そして、カバンのある方向を見た。どうやら僕より若そうだ。カバンを胸に抱えている。
「こんなに混雑した車内ででかいカバンを持つんじゃねえよ」
舌打ちまで付けた。そしたら次の駅で、電車から降りてホームに足を下ろした途端後ろからナイフのようなもので刺された。
いつも、小さな事でも、大声で聞こえるように文句を言うから、トラブルは慣れっこだった。だけど刺されたのは初めてだ。
僕がホームに倒れ込むと、人の動きは止まり、周囲がふわりと明るい光に包み込まれ何か声が聞こえた。
「お前はもう一度やり直し。人間に生まれてくるのが早かったなぁ」
何言ってんだこいつ、と思った。
そうしたら、包み紙に包まれた飴と、口の中にある飴とどちらに生まれ変わりたいか聞かれた。そりゃあ、包み紙の外に出たくないか?
誰かの舌の上に乗っている
そう思っていたら
今、知らない奴の口の中にいる。舌で転がされている。どうやら僕は、舐められている飴になったらしい。
「生まれ変わり」
とまた声がする。生まれ変わったのはいいけれど、飴かよ。しかも、舐められている飴かよ。そう思っていたら
「ガリガリ、バリバリ、ガシャ」
「サクサクサクサク」
「ごくん」
知らないやつに噛まれて飲み込まれた。
なんで飴なんだよ
「お前はまた口の中にある飴をやり直し」
そう聞こえた。せめて、その意味を教えてくれと言った。
「人間には早い、生き物にもお前はなれんだろう。通常五年は修行して小さな生き物としてやり直せる」
はあ?
「お前は文句を言って周囲を大切にしてこなかった、だから口の中の飴くらいがちょうどいいのじゃよ」
僕は聞いた。ならいつ人間になれんだよ、するとまた声がした。
「次は空から降る雨だな。一から洗い流した方が良いようじゃ、そのあと、地面になってしっかりと固まったら考えてやろう」
僕は気がついた。気がつくのが遅かった。人間に生まれてくるのはこんなに難しいのか。僕は人間として生きるチャンスを失ったらしい。それに親を悲しませた。
飴としての目標が出来た
僕は飴として、何度舐められて噛まれたら雨になれるか分からない。
その次は地面だ。
長い時間かかるかも知れないが、いつか人間に生まれ変われたら、次は優しい人間になりたい、そう決めた。そして、僕は飴として人間に舐められて、噛まれるたびにそんな風に思っている。
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