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牛乳屋になった男の話

ミュージシャンのことを「アーティスト」と呼ぶようになって久しいけれど、僕はアーティストにはなれないと思っている。まあ、作ることはできるだろうが人の心を動かす表現はできない、と思っている。

だけど僕の友人に、彼は間違いなくアーティストだ、と思う人がいる。

春日という人だ。

彼の人生が動く時、そのとき動いた感情を、彼は歌にする。

たとえば大学時代、バイトが辛くて仕方なかった時。それから高校時代に行ったホームステイ先でガラクタ(中古のジャッキーチェンのDVDとか、黄ばんだ枕カバーとか)を120ドルで買わされた時、彼は歌を書いた。
ほかにも知覚過敏で大好きなアイスを食べられなくなってしまった時、枕元の抜け毛を見て老化に怯えた時。そして15年連れ添った愛犬が死んでしまった時も、彼は歌を書いた。

そんな彼にはある短所があった。

彼は普通じゃ考えられないくらいの音痴なのだ。

「俺音痴だからさぁ・・・」
「またまた~」
のやり取りのあと、いざ歌うと「ははは!ホントに音痴じゃんww」とはならず、「あっ、ホントに音痴なんだ・・・」と場が凍り付くタイプの音痴である。

作曲家にとって「音痴」は、ベートーベンや、佐村河内守の「耳が聞こえない」を上回るレベルの壁だと思う。だって音感そのものが無いのだから・・・。

それでも彼は、彼の音感が彼の作曲をどれほど邪魔しようとも、歌を作ることをやめない。

彼の場合、「言いたいことがあって歌を作っている」というよりも、「整理のつかない感情を言葉にすることで折り合いをつけている」、ということのような気がする。

彼の愛犬に宛てた鎮魂歌「花束」は音痴な人が作ったとは思えない15年間の想いが詰まった名作なので是非聞いてほしい。。。
(聴けば明白ですが、春日ではない別の歌い手です)


そんな彼が人生の岐路に立たされたのが就活の時。

食品系の会社を受けていた彼は、2社の内定を獲得した。

一つは誰も知らない小さな専門商社で、もう一つは誰もが知る大企業だった。給与や安定度など比べてみれば、大企業がいいに決まっている。小学生の頃から「オラのモットーは『長いものには巻かれろ』だ・・・」と口にしていた彼だったから、当然大企業を選ぶものだと思っていた。

だけど彼は小さな専門商社を選んだ。

なぜなら、そっちのほうがやりたいことに近づけると思ったから、と言うのだ。

彼はボールペンで何かを書く時、必ず鉛筆で下書きして、その上をボールペンでなぞって消しゴムをかけるような慎重な人だ(花束のMVでもそうしていた)。そんな冒険をして大丈夫なものか、揺れに揺れたらしい。

迷った末、やっぱり彼はその気持ちを歌にした。そして出来上がった歌を見て、大企業の内定を蹴る決心を決めたという。

その時の歌がこの「牛乳屋になりたくて」。

初めて聞いた時は狩野英孝の「インドの牛乳屋さん」オマージュだと思っちゃったし、単なるおもしろソングでしかないと思っていた。

牛乳屋になりたくて 牛を飼った
溜め込んだ貯金を切り崩して
そう 牛乳屋になりたくて賭けに出た
俺とモー太郎 一緒にやっていけると

貯金はたいて牛を飼うのはファンタジーすぎるし、牛乳屋なのに雄牛飼っちゃってるし・・・

だけどこの歌に真に込められていたのは、

「牛乳屋」=人とは違う生き方、だけど自分が本当にやりたかったこと

というメッセージで、牛乳屋として生きることそれ自体に幸せを感じる主人公が描かれている。この歌を書くことを通して、彼は自分の本当の気持ちに気が付いたのだ。

それからというものの、彼は毎日営業車で取引先に出向きノルマをこなし、失敗したらお客さんからキツく怒られ、仕事の傍ら、死ぬほど酒が弱いのにソムリエの資格を取り、いろんな食材を試食し、最終的に体格がガッチリした。

それから5年。

地道な営業が実を結び、彼はついに全国規模の新規案件を獲得したのだ。

彼の仕事は上司や役員に褒められただろうし、これから行きたい部署への異動も通るかもしれない。

それまでの道のりはどれほどの山道だっただろうか。たまに電話こそすれ、彼が一人で頑張っていた様子を見ることはできないから、僕には何も分からない。職種も自分と違いすぎて想像すらもつかない。

だけど結果が証明している。

彼の仕事が、日本国民に美味しい料理を届けている。

そう・・・

彼は牛乳屋になったのだ。

いつの日か終わりが来るとしても
蹄で刻め 今ここにいること

あぁ 牛乳屋であり続けるいつまでも
白い流れ星 彼方に描き続けよう

そんな春日の最新作は、なんと僕のソロ曲です(結局宣伝)

僕の作った仮の詞(見るに耐えない)を、95%くらい手直ししてもらっています。

3年後の将来像が見えない社会人3年目くらいの苦悩を描いた「ミライ」がその1弾目です。

ルーティンワークの繰り返しで、転職するかメンタル病む同僚ばかりが目についてしまう。けど、一歩踏み出して幸せになれるかどうかは、環境じゃなくて自分を変えなきゃいけないのかもしれない……。

そんな気分を歌った歌です。

第2弾はそれからさらに3年後の姿です。

責任と言い訳の狭間を行ったり来たりしている情けない自分に腹が立つ、でも出来ないもんはできない。けど、そんなこと言ってると社内外の競争では生き残れない。

3年前から変わっちゃいない自分が、より深い霧の中に迷い込んでいくような、そんな気持ちを歌にしています。

歌にしています、というか、春日に歌にしてもらったのですが。

聴いて少しでも共感してくれたり、「ふ〜ん、こんなこと考えてる情けない人がいるんだな」とか「こいつとは働きたくないな」とか、「自分だけじゃなかったんだな」とか思ってくれたら嬉しいです。

曲ももちろんですが、ぜひ95%春日作の詞を味わって欲しいと思います。

いつもきれいにお使い頂きありがとうございます。 素晴らしい音楽を作るための費用に使います。