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短編小説|月見布団


【1】

「ねぇルナさん、今日さぁ僕の家で月見…しない?」

と彼氏に言われて全私が小躍りした夕暮れ。

初めて彼が自宅に誘ってくれたからだ。

あぁ良いよぉでもなんで~?と上ずってしまいそうな声を何とか抑えて冷静ないつもの私の感じで答えた。

彼は今、家にいるらしい。

付き合って3ヶ月。やっと家に呼んでくれた。何にも他意はないみたいだけれど、まだ信用されてないのかなぁとか思ってたから嬉しい。距離が近くなれたような気がするから。

「今日さ、中秋の名月なんだよ。月見しよ」と電話越しの彼。

え~。良い。そういうの大事にするんだ。良い。季節の行事の中でもお月見をちゃんとする人なんて中々いない。

「あ~そうなんだ!わかった!お月見楽しみ!」

「お~。じゃあ準備しとくわ。じゃあLINEに住所送っとくわぁ。それでこれるかな?」

「あ、うん」

駅とかまで迎えに来てほしいけどなぁ…とは言えなかった。準備しといてくれるらしいし。私は一目散に駅へと向かった。


【2】

『いつもこの駅を使って仕事場に行ったり、私に会いに来たりしているんだなと思うと初めて降り立ったこの駅がもう愛おしい』


彼氏の家は京王線で新宿から15分ちょっと。私の家からも新宿乗り換えこそあるけれど、そんなに遠くない。

家がどの辺かは聞いていたし知っていたけれど、いざ彼の最寄駅付近まで来ると緊張する。

彼はいつもこの駅を使って仕事場に行ったり、私に会いに来たりしているんだなと思うと初めて降り立ったこの駅がもう愛おしい。
京王線沿いは自然も多くて良いなぁ。これから私は何回もここに来るうちにこの街を好きになって…着替えとか化粧品とか置いて良いよとかになって…彼よりスーパーとかのこと詳しくなって…なんかもうほとんど毎日いるねぇとかになって…え?…同棲?…え?マジ?…何区だっけここ?住民票うつすの?めんどうだけど悪くない~なんて妄想しちゃう。もうすぐ30になる女が知らない街でニヤニヤしててヤバイ。けどニヤけちゃう。

ニヤニヤしている私に「お待たせしました~」と店員さんが月見バーガーが二つとポテトの入ったテイクアウトの袋を渡してくれた。

やべ。

私、今、手ぶらもなんだからとマクドナルドによったのだった。

すげえコイツ、月見バーガー好きなんだろうなと思われたかもしれない。

私はソソクサとお店を後にした。

【3】


『エレベーターに乗り1…2…3と上がっていくだけで心臓がはち切れそうになる』

「705号室です。七階の一番奥。鍵開けときます。先に始めているね」と彼からのLINE。

えぇ…。
いや、いいけれど。
駅まで迎えに来てほしいとは言わないけれどお月見を先に始めとくってなんなん。

ちょっと嫌だったけれど、ここでスネたらダメだ彼氏の部屋に行きたいし。大人になったな私偉い。

彼の家までは駅から10分ぐらいらしい。

Google Mapが教えてくれる道なりは難しくもないので何とか行けそうだ。

「鍵わかったよ~。月見バーガー買ったよ!あと10分ぐらいでつきますっ」と返した。

彼とはマッチングアプリで出会った。

マッチングアプリにはコミュニティーがあって「読書好きが集まるコミュニティー」とか「カレー好き集まれ!」みたいな趣味が近い人が出会いやすくするルームがある。

お互い、お蕎麦屋さん巡りが好きだということで連絡を取り合うようになった。

マッチングアプリで出会ったカップルの初めて会う場所が蕎麦屋さんなんて私達以外にいるのだろうか。
初デートも調布からバスで行く深大寺の近くの彼オススメのお蕎麦屋さん。美味しかったし楽しかったけれど変わった人。特盛のもりそばと向き合う彼は無邪気で可愛かったな。

あの時、京王線で調布まで行ったのに、彼の家に呼んで貰えなくてバイバイして帰ったんだから前進よね…と自分を納得させた。

彼の家はオートロックとかはないけれどしっかりしたマンション。同い年なのにちゃんとした部屋で一人暮ししてるんだなぁ。

エレベーターに乗り1…2…3と上がっていくだけで心臓がはち切れそうになる。なんだろ。凄く何かを期待してしまっている私がいる。エレベーターの中に月見バーガーの匂いがモワッと広がる。お月様が空に昇っていくみたいと思ったけれど、あんまりお洒落じゃなくない?と思ってたら七階についた。


【4】

『それからというもの私は満月を見上げると…私はこの人の家にいった冒険を思い出すのだ』

扉の前。

705号室の扉の前。

私は705号室の扉の前にいる。

開けたら彼の部屋だ…どんな香りがするのだろう変態か私…などと訳のわからない妄想をまたしちゃったけれど、ついにノックして開けた。

扉を開けると、通路があって奥にお部屋があるみたい。

「し、失礼しまーす」と声をかけると奥から「おぉ~ルナさん来たかぁ~どうぞ~初めてるよ~」と彼氏の声。

少し安心した。色々妄想しちゃったけど、いつも電話したりお蕎麦屋さんに一緒に行く時のあの優しい声だ。いつもどおり…。

ん。

ん?

ん???

「いらっしゃい~ルナさん~好きに荷物とか置いてね~」

とニコニコしながら…布団に入っている彼氏がいた。

「お、お邪魔します」

「月見バーガー買ってきてくれたの?ありがとう~いいのに」

「あ、うん。私も食べたかったし。手ぶらもなって」

「月見バーガーなんか今年さ、すき焼き味みたいなのあるらしいね」

「あ、うん。それと普通のひとつずつ買ってきた…」

「わ!うれしい!シェアしよう!」

「あ、うん。それはいいんだけど…ねぇ。そのお布団何?」

聞いた。私は聞いてしまった。

「え?」

「え?だから…お布団」

「あ、ベッドじゃなくてお布団で寝てるよ」

「そうじゃなくて」

「えぇ??」

「なんか玉子とかネギとか蒲鉾…」

「え?あぁ月見布団」

「月見布団?」

「月見布団」

「お月見だから?」

「え?うん」

どうしよう。布団にネギや蒲鉾、なんと言っても生卵を真ん中にドーンとやった布団「月見布団」を彼氏はして待っていてくれたのか。

いや、なんだ月見布団。駄洒落じゃないか。

ってかこの人…うどん食べてるとこみたことないんだが?それはいいのか??

先になんで始めてたかったんだこの人。私を待てないほど月見布団に早く入りたかったってことかよ。それはなんか可愛いな。

「ルナさんも早く」

布団パンパンするんじゃねぇよ…玉子が布団から少し溢れちゃってるよ…もう。

「ありがとう」と良いながら布団に入ると鰹と醤油の香りが布団の中からフワッとした。

「あったまるねぇ」と彼氏が言った。生き返るねと返しておいた。

「月見バーガーありがとう」とまた彼が言う。

「お腹減ってる?月見団子と月見蕎麦も作ったからベランダでお月見しながら食べようね。今年はね、満月らしいよ」と彼が続ける。

あ。団子とか蕎麦もね。知ってるし食べるんだなと思った。

月見布団というモノは私の生きてきた文化圏にはなかったし、付き合って3ヶ月。お家にはこれたけれど月見布団が何なのかはまだこわくて聞けない。

でもなんか、ワケわからなすぎてこういうところ好き。

「用意してくれてありがとう」と言いながら私は彼の頭をワシャワシャした。犬コロみたいな彼氏はキャッキャした。

「そろそろベランダに机と椅子出してくるわぁ」と彼が布団から出ようとした時に布団の上の生卵が思いっきり私の顔に落ちてきた。


ゴメンを連呼しながらバスルームから彼が持ってきたバスタオルには色んな天婦羅が描かれていた。

ワケわからなすぎてこういうところ好きだわやっぱ。

「結局普通の月見バーガーのがうまいなぁ」と言いながらすき焼き味を私に一口もくれなかったのは、流石に好きじゃないけどね。可愛い。

お月様はとても綺麗だった。

それからというもの私は満月を見上げると…私はこの人の家にいった冒険を思い出すのだ。