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フィリピン滞在中に得た教訓(命の選別について)

以前記事にも書いたが、私は2年ほど前にフィリピンで語学留学をしていた。

よく「フィリピン?何語を勉強するの?」と聞かれるがフィリピンでは英語を勉強できる。

フィリピンは7,107もの島からなる国で、それぞれの島や地域で喋っている言語が違う。言語の統一を図るために、タガログ語と共に英語が公用語として用いられている。
そのためフィリピンの人は生まれ育った地方の言語、タガログ語、英語などと3〜4つの言語を使いこなす人が多い。

フィリピンは気候も暖かく、人もやさしくて陽気だ。優しい先生から自分のペースで英語を学ぶことができる、最高の環境だった。


今回はそんなフィリピン留学中に垣間見えた医療の話をしたい。医療といってもごくごく一部だが、日本で看護師をしている私には、頭を鈍器で殴られたような衝撃があった。


フィリピンの授業はマンツーマンが基本で、先生への挨拶や自己紹介から始まる。「私は日本で看護師をしていて、仕事を辞めてフィリピンに来たの。」その授業もこんな話から始まったと思う。

先生は私よりも若くて20代前半くらい。「日本の医療制度はすごく整っているんでしょ?」と聞かれ、「うーん。整っているけどそれでも問題はたくさんあると思うよ。」私は一丁前にそう答えた。

6年間の看護師経験の中でも、本当にこの治療をすることが患者のためになるのかと疑問に感じることが何度もあったからだ。話が脱線しそうなので、ここではあえて細かい表現は避けたいが、その時の私は「延命治療とは?」「生きるとは?」みたいな沼にはまって、ちょっと病んでいたのかもしれない。

でも先生の次の言葉で自分の無知を思い知らされた。「私の叔父は数年前に脳梗塞で緊急入院になって、手術しないと助からない状態だったけどお金がなくてできなかったの。」

先生が言うには、フィリピンではお金が払えるかどうかで受けられる医療が変わってくる。俗にゆう命の選別だ。私もその言葉自体は聞いたことがあった。

先生の叔父さんは呼吸状態が悪くて呼吸器(呼吸の助けをしてくれる機械)をつける必要があったがそれも、お金がないと言う理由でつけることができなかった。呼吸が十分にできない叔父さんに、呼吸器の代わりにバックバルブマスク(手動で人工呼吸を行う器具)をつけて家族が交代で空気を送り込んだそうだ。

看護師の私は容易に想像ができるが、バックバルブマスクは介助者が患者の呼吸にタイミングを合わせる必要があり、上手く合わないと苦しくてむせる。その苦しい様子は見ている側もとても辛いのだが、家族なら尚更だろう。

私は自然とその場に看護師として立ち会う自分を想像していた。家族になんて言葉をかけたらいいか想像もつかない。手術を望んでいる家族に、お金がないならできないと告げ、バックバルブマスクを手渡してその場を去る。想像しただけで胸が苦しい。

先生の叔父さんの年齢は私の親世代で、長寿国で生まれ育った私からするとまだ若い。

日本では医師は患者と家族に、患者に必要な医療処置の話をする、その処置のリスクも説明する。家族が金銭的な不安がある場合はお金の話になることもあるが、それは稀である。だからその時まで、お金が原因で医療が受けられない状況を想像したことすらなかった。

命の選別は、患者と家族はもちろんだが、見ていて何もできない医療従事者も辛いだろう。


フィリピンの先生はもちろん英語で話すが、この話をサラッと会話できたわけではない。恥ずかしながら私はまともに英語が話せない。先生は言葉を調べたり紙に書いたりして丁寧に話してくれた。医療用語は難しい単語も多いから尚更だ。

赤ちゃんレベルの英語を話す年上の日本人に、自分の辛い記憶をじっくりと話してくれたのだ。

その話を聞くまでの、全てを知っているような口ぶりの自分をぶっ飛ばしたい。全部知ったような気になって、私から見えていたのはごく一部だったのだ。

日本では誰にでも施されている医療が、そもそも受ける選択をできない人がいる。私のはまった沼はそもそも贅沢なものだったのだ。


医療の話は重たいし、暗くなりがちだ。正直書くか迷ったけど、その時の気持ちを残しておきたかった。

どっちの国が良い悪いというだけのことが言いたいんじゃない。いつだって都合のいいように考えようとするし、都合のいいことしか見えていないという私の教訓だ。

底無し沼にはまった気になっていても、周りを見渡してみると案外その沼は浅かったりする。

最近、命の選別という言葉をニュースで聞く機会が増えたのもこの記事を書こうと思ったきっかけだ。命の選別……その言葉を聞くたびに私はそこに医療従事者として関わる自分を想像してゾッとする。

大きく世の中を変えることは難しいが、自分の考えや振る舞いは自分で正すことができる。この教訓を得て自分ができることはなんだろう?そうやって自分に問いかけていこう。

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