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田舎暮らしに慣れた都会人の新東京生活#6 「だから言うたやん、素人やもん俺」

16日13時頃、某音楽Pのお手伝いで下北沢のスタジオに行くことに。
下北沢の音楽スタジオ。
静岡に住んでいた頃は、まさかそんなところに行くことになるとは夢にも思っていなかった。
人生って、何があるかわからないなぁ。
楽しみだ。

スタジオ到着。
壁にはたくさんのミュージシャンのポスターが飾られており、小さめのピアノ、その上にCDがたくさん置いてあった。
まさに音楽スタジオ。

スタジオのエンジニアさんにもご挨拶。
エンジニアさんの部屋には大きいスピーカーが5台も6台もあって、メモリみたいなものが数え切れないぐらいあって、まるでコックピットのようでカッコよかった。
”ミキシングルーム”というらしい。
「なんか、宇宙船みたいっすね」
「そう、昔パイロット目指しててね」
「え、そうなんすか?!」
話を掘り下げてみると、かなり浅かった。
ちょっとしたジョークだったらしい。
お調子者で楽しい人だ。

18時頃、某音楽Pのお手伝いを終える。
そろそろ帰り支度でも始めようかな~と思っていると、
「ヤマネコくん、ちょっとレコーディングしてみる?」
と某音楽Pに言われる。
ゲリラレコーディング。
「いやいや、僕今日そんなつもりで来てないですし!」
「いやいや、絶対やっといた方がいいから!23日にぶっつけ本番でやるより、今練習でやっといた方がいいでしょ」
そう、実は23日に、先日ボイストレーニングで歌った課題曲2曲をレコーディングすることになっていた。
「今からレコーディング…マジすか?」
「マジマジ。やってみよう。練習だから。ね?」
半ば強引にレコーディング体験をすることに。
どうなってるんや。

4畳半ほどのスタジオに入る。
「とりあえず、自由に歌ってみて」
自由にって言われても、何もわからない。
なんかマイクに網みたいなものが設置されていて、ヘッドホンをしながらそれに向かって歌うらしい。
このヘッドホンから何が聴こえてくるかもわからない。
ガチャンと重い扉が閉まり、1人にされる。
もう、歌うしかない雰囲気だ。

しばらくするとヘッドホンから声が聞こえてきた。
「今から音楽を流すので、それに合わせてとりあえず歌ってみよう」
「はい」
この「はい」という自分の声がクリアになってマイクを通してヘッドホンから聴こえてくる。
何これ?
音楽が流れてきた。
とりあえず歌うしかない。

とりあえず歌ってみる。
何が正解なのかもわからず、とりあえず以前に某音楽Pとカラオケに行った時のように歌ってみる。
カラオケとは違い、壁に声が反響して聴こえるわけではなく、ヘッドホンから直接自分の声が聴こえてくる。
いつもと調子が違うので、違和感を覚えながらも歌っていく。

1曲を歌い終え、某音楽Pがレコーディング室に入ってくる。
「どう?」
どう?って言われても、よくわからなかった。
あまりにもわからなすぎる。
「いや、ちょっとよくわからないですけど、この間カラオケで歌ったように歌ったつもりです」
「そっか。もっと、自由に歌っていいんだよ。遠慮せずに!」
自由に遠慮せずに歌ったはずだけど…。
「もう1回歌ってみよう!」
なんかあかんかったんかな。

ガチャンと扉が閉まり、再び1人にされる。
何もわからないが、この瞬間、心細くなることはわかった。
ヘッドホンから音楽が流れ始め、歌う。

「ちょっと一緒に聴いてみようか」
エンジニアさんのいる部屋に行き、某音楽Pとエンジニアさんと僕の3人で聴いてみる。
僕の歌声が流れてくる。
なんか小っ恥ずかしい。

「どう?」
正直言って、全然わからない。
ただひとつ言えることは、全然良くなかったということだけ。
その理由がわからない。
答えに困っていると、某音楽Pが口を開いた。
「うーん…なんか”歌ってる”って感じだったね」
…歌ってる??
どういう意味??
そりゃ歌ってる。
歌いに歌っている。
「結構練習したでしょ」
「はい」
音楽のド素人である僕ができることは練習しかなく、部屋や風呂の中でとにかく歌いまくっていた。
「変なクセがついちゃってるかもしれないね」
自分では全くわからなかった。
あの時テスト的にカラオケで歌った歌い方と何が違うんだろう。
でも、確実に良くなかった。
ちょっとショックだった。

「オッケー、じゃあ次の曲歌ってみようか」
再び、1人でレコーディング室に入る。
1曲目を歌う時と比べて、不安が倍増している。
少し、歌うのが怖くなっていた。

ヘッドホンから音楽が流れ始める。
先程のアップテンポの曲とは違い、ゆるやかな曲調。
勢い任せで歌うことも出来ず、とにかく歌い上げることを心がけた。

ガチャンと重い扉が開き、某音楽Pが入ってくる。
「…なんか嫌な歌い方かも」
「…」
なんでだろう?
さっぱりわからない。
いや、やっぱり無理だ。
こんなド素人が、いきなりレコーディングだなんて。
心の中で、
「だから言うたやん、素人やもん俺」
と呟いた。
「とりあえず聴いてみる?」
「…はい」

ミキシングルームへ行き、再び聴いてみる。
その3分半は、とても長く感じた。
「…どう?」
「いや、わからないっすね、何も」
何もわからない。
ただ、良くないということはわかる。
「なんか、練習したことで変なクセがついちゃってるね。とりあえず練習しすぎないようにしようか」
今の僕には”練習”しかすることができないのにそれを封じられた。
不安だ。
「でも、初めてにしては立派に歌ってたよ!初めてとは思えないぐらい!」
慰めの言葉が、とても痛く心に突き刺さった。

初めてのレコーディングは上手くいかず、落ち込んだ気持ちを持ち帰った。
このままではたくさんの人の時間とお金が無駄になる。
プレッシャーが重くのしかかる。
「だから言うたやん、素人やもん俺」
部屋で1人、呟いた。

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