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猫が好き

福助との出会い

もう5年前か。人生に欠かせない存在となった福助を拾った。今風に言えば保護したと言うのだろうが、状況は本当に「拾った」と言う表現が的確だった。
家賃1万円の部屋を10年前から借りていて、そこでは趣味(本業にしたいくらい)の陶芸をしている。昼間はサラリーマンだから主に夜、休日前の夜中が作陶時間だ。
帰り支度をしていると窓の外から「ミャー、ミャー」と必死に鳴く子猫の声。
外へ出て、スマホの明かりを頼りに辺りを探すとチリトリの中でその声は聞こえた。
猫だと思うけど変な生き物だったらどうしようと急にビビり、チリトリごと回収した。ゴソゴソと動く音がする。チリトリの中では僕より怖い思いだろう。大丈夫だから安心しなとまだ見ぬ後の福助に声をかけた。
アトリエに戻りゆっくりチリトリの蓋を開けた。ゴソゴソと必死に奥へ逃げようとする黒い物体。可愛い鳴き声に混じって「シャー」と威嚇する。
恐る恐る手を突っ込む。手のひらサイズですっぽり収まる温かい物体。
「顔を見せて」と思わず声が出た。

初めましての福助
福助が隠れていたチリトリ

手のひらサイズの生き物ってどんな生き物だろう?本当に猫かと一瞬疑ったがそこには小さな小さな目が開いたばかりの、本当に小さな黒猫ちゃんだった。おどおどしてたかと思えば「しゃー」と威嚇した。
次の日赤ちゃん猫用のミルクと哺乳瓶を買った。当時住んでいたアパートはペット禁止だったのでしばらくアトリエをシェルターにした。誰かに引き取ってもらうつもりでいたから情が移るとまずいので名前はつけずにいた。しかも子供のようにカミさんには内緒で世話をすることにした。

2つの贖罪

僕には猫に対する贖罪が2つある。
社会人で20代頃、草むらにいた子猫でずっと今でも覚えている。カミさんと付き合いはじめた頃だ。一人暮らしをしていたアパートで飼うことにした。今思えばなんの知識もなく、無責任だった。夜中に「にゃーにゃー」鳴くのがあまりうるさくて玄関の外へ出した。ずっとドアのそばにいるだろうと思って小一時間経ってドアを開けたらいなくなっていた。鳴き声も聞こえない。一晩中周辺を探したが見つからなかった。今でも後悔している。カミさんがまだ彼女だった頃、その猫と一緒に写った写真がある。今もそのページをめくると胸が痛い。

もうひとつ、大学生で20歳頃か。同じアパートの友人が拾った猫。その猫はなんと妊娠中で(後からどんどんお腹が大きくなった)、友人の部屋の押し入れで6匹出産した。その母猫は人懐こいが人間に媚びす、しっかりディスタンスを保っていた。子育てがひと段落し子猫も独立した。子育てが終わった母猫は理由はわからないけど僕の部屋に居着いてしまい、いつの間にか僕が世話をするようになった。
ある日、よほどお腹が空いたのかしつこく鳴いた。月末で奨学金の支給前だったので金欠だった。与えられるような餌を買ってやれなかった。友人はスロットで自滅しており、貧乏な僕に借金をするくらいの大金欠だったので、友人には頼れない。
そうこうしているうちに講義に行く時間になった。遅刻しそうだったが体がだるくゆっくり歩いていたと思う。後ろに何か気配を感じた。振り返るとなんと!僕に付いてきていた。(歩いて行ける距離に住んでいた)
やはり今でも覚えているんだが、僕を信じて学校まで付いてきた。黙々と着いてきたのだ。そんな健気な猫に対し僕は何をしたか。あまりにもまとわりつくのでウザくなり、早足で歩き距離を空けた。猫は慌てて小走りで付いてきたが、最後は付いてこなくなった。振り返ると遠くでポツンと立っていた。アパートの方に帰るだろうとそのまま学校に行った。
夜、友人がスロットに勝ったからと大量にキャットフードを買ってきた。昼間のことを友人に話をしたら「もう帰ってこんばい。なんでそんなことしたん?」と泣きそうな顔で僕を怒鳴った。友人の言う通りそれきりとなった。

この2つの出来事が僕の人生で猫に対する負い目となった。
もし何か縁があれば今度はしっかり最後まで面倒を見ると言い聞かせた。縁があればと消極的な態度だったのは自分の償いのためにわざわざ猫を探して飼うのは少し違うと思ったからだ。それに恐かった。本当に責任を取れるかどうかと。
もし偶然に出会ったりする猫がいたら、その時はその出会った猫を責任持って世話しようと思った。自分で飼えないなら飼える人を探そうとそう決めていた。
逃げの、卑怯な理屈かもしれないけど、償うために積極的に猫と関わっても猫が不幸になるだけだと思った。僕から接触しても猫にとっていい事はない。そう言い聞かせ40代半ばまで過ごした。その間猫を飼いたいと言う気持ちがなかったわけではない。若干話が逸れるが、僕とカミさんの間に子供は授からず、ずっと2人で生活を送っていた。子供の授からない夫婦がペットを飼うという話は耳にする。カミさんも飼いたい気持ちがあった節はこれまであった。
それでも僕の猫との関係がこんなだから、2人の都合の為に生き物を飼おうなんて言えなかった。それに先にも述べたがペット禁止のアパートだったからもあるが。

引越し(マンション購入※中古)

福助を拾って1週間が過ぎた。神様がこの猫を育てなさいと差し出されたものに違いないと思うようになった。最初は飼ってくれそうな人を探すまで、見つけるまで面倒を見ようと思っていたが、ミルクを飲む福助を見ていると「飼うしかない。いや、一緒に人生を送りたい」と思うようになった。そう気持ちが固まると後は早い。速攻でカミさんに福助を見せた。ルールに厳しいカミさんは当然反対したが、とりあえず「飼えそうな人を探すまで」と懐柔策をとり、それじゃ少しの間、見つかるまでという条件で承諾を得た。ペット禁止のアパートだから早めに見つけてと釘を刺されたが、「少しの間」、これが曲者でまんまとカミさんは福助の愛らしさに心を打たれ、飼おうと宣言する。(この時福助と命名した)しかもペット可の物件を探そうとまで言い始めた。
こうなると加速する。次の日健康診断のため動物病院に連れて行った。さらに半年後、盛りがつく前に福助は去勢されすっかり飼い猫となった。
その間物件を探したが年齢が年齢だけに賃貸だと保証人の問題が発生し、面倒くさくなったので、思い切ってマンションを買うことに決めた。買うと言っても40代の中年が30年ローンを組んだだけだけど、ローンを組む時保証人とかなかったので賃貸よりある意味楽だった。
それにしても、まさか不動産を所有するとは思いもよらなかった。
僕もカミさんも賃貸派だったから。それは子供はいないし財産残したところでどうなる?という考えと、ローンに縛られるイメージがプレッシャーだった僕達にとってこれは大英断だった。住みはじめた結果はどうだったか。もっと若いうちに買っておけばよかった、である。賃貸と分譲、全然作りが違う。特に床と壁。何?この防音。全然静かじゃないか。夏は涼しいし、冬は暖かい。光熱費も賃貸より安くなった。
福助を拾わなければずっとあのアパートに住んでいたのかと思うと今でもゾッとする。思いがけない人生の分岐点。大袈裟と突っ込まれるかもしれないが、僕、いや僕らにとってはそれくらい表現しても足りないくらいだと思う。

そして福助は成長した

現在の福助
現在の福助

そして現在福助は5歳。今年の10月には満6歳になる。この間に何があったかはまた別の機会に書くとして、この福助のおかげで仕事を頑張れるようになり、弱音が減ったように思う。僕はメンタルが弱くちょっとでも仕事が辛くなると辞めたくなり(辞めることが多かった。転職魔だった)そんな僕がマンションを買うという、世間的なことができたのも福助のおかげだ。

ただ辛いのは明け方必ず散歩をせがみに僕を起こしにくる。散歩といってもマンションの廊下を何往復するくらいだけどもうずっとルーティン。名前の通り、福助は男の子だからどうもナワバリ意識が高く(強く)パトロールしないと気が済まないらしい。何とかならないかとネットで色々解消方法を探したが決定的な方法はなかった。
若い頃、2匹の猫にしたことを思えばこれくらいはと思い朝3時半_4時半の間起こされ散歩をしてるが、熟睡中に突然起こされるのはいささか厳しくなってきた。それでも何とか今のところ頑張っているが年齢的にいつまで続けらるか。
こうして福助のことを長い長い文章で書いてみたが、その傍でスヤスヤと寝ている。熟睡だ。間違いなく朝3時半に起こしにくるだろう。
それでも福助のいない生活はもう想像ができない。

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