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宮沢賢治「銀河鉄道の夜」読書感想文

油断した。
挫折しそうになった。

しかも、読み終えてからは、久しぶりに自己嫌悪もきてしまった。

だって、あの宮沢賢治の、あの名作といわれる「銀河鉄道の夜」がおもしろくなかったなんてヤバイではないか?

共感もせず、とくに感動もしなかっただなんて、ああ、自分はまともな人間じゃない・・・とまたウネウネしている。

もちろん、宮沢賢治は知っていた。
「雨ニモ負ケズ」の詩も読んで、いいと思ったこともある。

小学生のころには児童書で「注文の多い料理店」も読んでおもしろかった記憶だってある。

が「銀河鉄道の夜」は、ついに今まで読んでない。
読む気がおきなかった。

そこで気がついたけど、小学生のころからファンタジーっぽいのが好きじゃなかったのだった。

「川にしょんべんするとチ○コが曲がる」とか「食べてすぐ横になると牛になる」とか、ありえないことを話されるのが大嫌いだったのを思い出した。


1回目に読んだ感想

いや「銀河鉄道の夜」はよかった。
描写に美しさがあるだろうは感じる。

一緒に収録されている、その他の6編がきつい。
鳥やウサギが主人公だったりで、読む力が入らなかった。
星とか草や鳥の会話もきつかった。

そりゃ、中卒の自分だって “ 擬人化 ” ってのはわかる。
ヒバリやサソリやカラスが話すわけない。

星が泣いた、ヒトデが怒ったというのも、人間を指しているだろうはわかる。

しかし、受刑者にはキツイ。
そういった高尚な技法は、冷暖房完備の中で、コーヒーなどが傍らにあって、クッキーでもカリッとしながらページをめくるから優雅に想像できるのであって、室温5度の独居の中で、冷気がしんしんと肩やあぐらの太腿に降ってくるのを感じながらの読書ではそこまでは辿りつけない。

昼間の作業では「オイ!」と「オマエはバカか!」とか「オマエは日本語わからんのか!」などとカマされてもいるし、そんな日に、お星さまが泣いたなんていう話などには没入できない。

読んだことは読んだ。
でも、感想文は書く気もしなくて返却した。

3日もすると、ほとんどの内容は忘れていた。

文庫|1969年発刊|264ページ|角川書店

2回に読んだ感想

それから1年半が経った初夏に、また再読した。

けっこう本が読めていたけど、感想文が書けなかったのは、この本だけとなっていた。

読めなくて挫折したのは、夏目漱石の「我輩は猫である」のみとなっている。

はやり、動物が主人公の小説ってのは無理なようだ。
読解力が必要なのか?

でも、この本の感想文は書きたい。
宮沢賢治の生き方には興味がある。
小説はどうかと思うけど。

前回の読書で、巻末の年譜を読んで、その印象だけが残ったままになっている。

学校の先生をしながら、地元の農業の指導しながら、創作活動をするなんて渋すぎる。

“ 晴耕雨読 ” ってやつだ。
ちょっとちがうか?

とにかくも、2回目を読み終えた。
が、やはり読書録は書けなかった。

だって、花や鳥が星になったとか、空から宝石が降ってきたとか、そこに王さまとか神さまがどうしたとか、さらに釈迦が登場してきたり、やっぱりきつかった。

でも、本当はいい本なのだろうな、とは感じる。
文壇の大御所が技巧を披露しましたという小説よりは、生き生きとした想像をさせかけている。

3回目に読んだ感想

また、1年経った初夏に読み直した。

3回目だ。
やっと頭の中に入ってきて、やっとイメージが沸いた。

岩手の花巻にもいってみたくなる。
夜空を見上げたい。
で、読書録が書けた。

そうすると、今まで使われてなかった頭の領域が、少し開いた気がした。
読み直した甲斐があった。

気がついたことは、この本は冬には読んではいけない。
読むとしたら、室温は10度以上なければいけない。

草花、小動物、木々、夜空、法華経、鉱物、そのあたりに興味がないとおもしろくないかも。
知識や読解力よりも、想像力が必要かも。

あとは、なんといっても、心がきれいでないといけない。

受刑者となってから読んだのでは遅すぎたと、反省した読書だった。

7編のネタバレあらすじ

【1】おきなぐさ〔 8ページほどの短編 〕

おきな草は、赤ワイン色の花をつける。
その花の下を通る蟻に、私は問いを投げた。 

「その花は好きかい?」
「大好きだよ」
「けど花が真っ赤だよ」
「お日さまの光が降るときは赤く見えるよ」

私は、1年前のことを思い出した。
そのときは “ 2人 ” のおきな草と会話していた。

「雲がでてきたね」
「風が吹いたね」

すると、2人のおきな草の脇に、ひばりが降りてきた。
1人のおきな草は、ひばりに話しかけた。

「空を飛びたいな」
「もうすぐ飛べるよ」

2ヶ月が経って、また私は、2人のおきな草に会いにいく。
おきな草は、花を銀色の毛の房に代えていた。
ひばりが飛んできた。

「もうすぐ、遠いところへいきます」

おきな草が話かけると、風が吹いた。
毛の房は空に舞い上がる。
ひばりは少しさえずる。

私は考える。
ひばりは、別れの歌を贈ったのだ。
空に上がった2人のおきな草は、2つの変光星になったのだ。

なぜなら、変光星は黒く見えないときもある。
あるときは、蟻がいったように赤く光ってみえるからだ。

【2】双子の星〔 27ページほどの短編 〕

天の川の西の岸には、小さな精のお宮がある。
お宮には、チュンセ童士とポウセ童士という双子のお星さまが住んでいる。

双子のお星さまには、役目がある。
夜になるとお宮に帰り、一晩中、銀笛を吹くことだった。

ある日、夜が明けて、双子は西の野原の泉に遊びにいく。
大烏(おおがらす)もやってきて丁寧に挨拶をして、泉の水を飲む。

すると、大烏のことを阿呆鳥だと小バカにしながら蠍(サソリ)がやってきた。
怒る大烏を無視して、蠍は泉の水を飲む。

大烏と蠍はケンカをはじめた。
双子が止める間もなかった。

蠍は、頭を突かれて傷を負う。
同時に大烏は、胸を毒の鉤で刺された。
両者は気絶した。

双子は、大烏の胸の毒を吸いだして命を助けた。
大烏はお礼をいって帰っていく。

蠍のほうは重傷だった。
大分たってから、蠍はかすかに目を開く。

双子は、蠍を家まで送るが、体が重くてなかなか進まない。
昼間が終わりかけていた。

そのうちに、夜になりかけの時間となってきた。
お宮に戻って、役目に就かなければだった。

が、ポウセ童子は、疲れでバッタリと倒れてしまう。
親切にしてもらった蠍は、自身の悪事からこうなってしまったことを泣いて謝る。

このときだった。
水色の光の外套を着た稲妻が、ギラッと閃いて向こうから飛んできたのだ。
すべてを知る、空の王様の命令でやってきたのだ。

空の王様は、どういう訳か喜んでいるという。
蠍に飲ませる薬も持ってきていた。

双子は稲妻に連れられて、あっという間にお宮に到着する。
時間通りに銀笛を吹けたのだった。

そんな、ある晩のことだった。
双子は騙されてしまう。

騙したのは、乱暴者の彗星だった。
お宮から空の旅に出て、海に落とされてしまったのだ。

海の底では、ヒトデに話しかけられた。

「どこの海の人ですか?」
「自分たちは星です」

その答えが、海のヒトデを怒らせた。
ヒトデだって、元々は、みんな星だったのだ。
悪いことをして、海の底に追放されたのだ。

「新米のくせに、星だなんて鼻にかけるな!」

鯨もやってきて怒っている。
ここに来るのは、なんやら書類が必要だったのだ。

「追放の書き付けを持ってないとは、実にけしからん!」

鯨は、双子を飲み込みかけた。
寸前のところで助けたのは海蛇だった。

双子は天から追放されたのではない。
災難にあったのではないか。
双子の頭の上の後光から、そのように見抜いたのだ。

助けられた双子は、海蛇の王の元へ連れられた。
海蛇の王は、双子が、蠍の悪い心を命がけで直した話も知っていた。

海蛇の王は竜巻をおこして、双子は天に帰された。

乱暴者の彗星には、追放の罰が与えられた。
空の王様によってバラバラにされて、海に落とされて、ナマコとなったのだった。

お宮に戻った双子は、見えない空の王様にお礼を述べる。
海の底のヒトデたちや、ナマコたちのお許しも願い出た。
そして、銀笛を吹きはじめたのだった。

【3】貝の火〔 33ページほどの短編 〕

子兎のホモイは、ひばりの子供を助けた。
川で流されていたのだ。

後日、ひばりの親子がやってきて「貝の火」という宝石をプレゼントされる。

不思議な宝石だった。
中には、チラリチラリと火が燃えているのだ。

あまりのプレゼントに、ホモイは受け取るのは断る。
が、ひばりの親子も譲らない。

ひばりの王様からの贈り物だという。
ホモイは「貝の火」を受け取った。

家に持ち帰ってから、父親に見せると「これは大変な宝石だ」と驚く。

これをこのまま、一生にわたって満足に持っていることができた者は少ないというのだ。
「貝の火」は戸棚に保管された。

翌日、野原に出たホモイは驚く。
「貝の火」を持つことは、得たいの知れない権威をも帯びるのだった。

野馬は泣く。
リスは堅くなって口も開けない。
悪党のキツネは家来になった。

その翌日には、子馬も家来になる。
リスは、鈴蘭の実集めを願い出る。
モグラを脅して泣かしもした。

ホモイの父親は「そんなことではダメだ。貝の火は怒っている」とたしなめた。

戸棚にしまってある「貝の火」を確めると、中は前よりも赤く燃えていたのだった。

それから数日のうちに、ホモイの振る舞いはエスカレートしていく。

家来のキツネが言うがままに、モグラをいじめるのを許したり、人家から盗んできた角パンや天ぷらを受け取ったりもした。

父親は、再度、ホモイをたしなめるが「貝の火」の中は、ますます美しく燃えているのだった。

6日目だった。
「貝の火」の中の火は消えた。

心当たりはあった。
前日に、家来のキツネが「動物園をやろう」と言い出したのだった。
キツネは、木の間に網を張って、鳥を捕りはじめたのだ。

泣くホモイから、その話を聞いた父親は、網を張ってある場所へホモイと出向いて、キツネに決闘を申し込む。

キツネは逃げた。
捕らえられていた100匹ほどの鳥は解放された。

お礼をいう鳥たちに、ホモイの父親は「貝の火」の中の火が消えたことを明かした。
鳥たちは「拝見したい」という。

皆を連れて家に戻って、ホモイの父親が、ただの白い石になってしまった「貝の火」を見せたとたんだった。

「貝の火」は、カチッと鳴り、2つに割れて、煙のようにして砕けて、ホモイの目に砕けた粉が入ったのだ。
ホモイは「アッ」と叫んで倒れた。

すると「貝の火」は、煙がだんだんと集まり、また元通りに固まって、夕日のように輝きながら窓の外へ飛んでいったのだ。

ホモイの目は、さっきまでの「貝の火」のように白く濁って、まったく見えなくなっていた。

母親は、泣くばかりだった。
父親は、ホモイの背を叩いて、静かに慰めを言っていた。

※ 筆者註 ・・・ 巻末の解説によれば「貝の火」とは、オパールがモデルとのことです。

【4】四又の百合〔 7ページほどの短編 〕

信心深い王様が治める町があった。
町の境には、ヒームキャ河が流れている。

あるとき、町の人々が噂をしていた。
明日の朝、ありがたい教えを説く高僧が河を渡り町にくるというのだ。

噂は王宮にも伝わる。
信心深い王様は、高僧を迎え入れる準備を次々と出す。
準備は整った。

翌朝。
王様は、ヒームキャ河まで迎えに出向く。

高僧には、百合の花を捧げたい。
そう思い立った王様は、林へいって一茎見つけてくるように大蔵大臣へ指示。
が、林には百合はみつからない。

すると、林の陰にある一軒家の前にいた少年が、百合の花を持っている。

その百合は「高僧に贈るつもりです」と少年はいう。
それならばと、大蔵大臣は、その百合を一銭で買った。

喜んだ大臣は、高僧のあとについて、お城へくるように少年へ言った。

王様もお礼をいい、百合を受け取ったときに、高僧が現れる気配が。

2億年ばかり前、どこかであったことのような気がします。

※ 筆者註 ・・・ 最後から2行目はほぼそのまま、1行は原文ママです。この短編は突然に謎の終わりかたをしているのです。

【5】ひかりの素足〔 37ページほどの短編 〕

冬。
山には雪が積もっている。

山中には、炭焼き小屋があった。
一郎と楢夫の兄弟は、父親がいる炭焼き小屋にきていた。

明日の月曜日からは、学校にいかなければならない兄弟は、山を下りなければならない。

炭俵を受け取りに、馬を引いてきた村の人と一緒に下りることとなる。

村までは、1時間半ほどの道のりだった。
しかし、兄弟は、知らぬ間に道を間違えてしまって、村の人とはぐれてしまう。

晴れていた空は曇ってきて、雪が降ってきた。
風も強く吹き付けてくる。

弟の楢夫は泣く。
突き当たった岩の前で、兄弟は抱き合って座りこんだ。

そうしているうちに、一郎は夢を見る。
恐ろしい夢だった。

大勢の子供が、ムチを振り回す鬼に追い立てられる。
たくさんの叫び声と泣き声がおこる。

傷ついて血を流しながら、子供たちは逃げるようにして前に進んでいく。

一郎も泣きながら、鬼から楢夫をかばう。

そのとき、法華経がかすかに流れる。
いきなり、釈迦が向こうから歩いてきたのだ。
鬼たちは平伏した。

子供たちの傷も、いつの間にか治っている。
周りの景色も穏やかな明るいものに変わっている。

釈迦は、楢夫の頭を撫でながら「兄さんとしばらく別れなければならない」と話している。

一郎が気がついたときは、探しにきた村人たちに発見されたときだった。
雪はやんで、空は青くなっている。

楢夫は死んでいた。
顔はかすかに笑っていた。

それは、さっきの夢の中で、別れたときのままだった。

【6】十力の金剛石〔 22ページほどの短編 〕

ある霧が深い朝だった。
2人は、森に金剛石を探しにいく。

王子と大臣の息子だ。
同じ年同士だった。

森は真っ暗だった。
イバラのトゲが服に引っかかりもする。
王子は剣をいきなり抜いて、バチンッと切りもする。

蜂雀の歌声が聞こえて、雨が降ってきた。
歌っていた蜂雀の案内で、2人はさらに森の奥へはいる。

「ここからは、私共の歌ったり飛んだりできる場所です」と蜂雀は言ってもいる。

森を抜けて草の丘に出た。
蜂雀が、また歌いだすと、雨の代わりに降ってきたのは宝石だった。

トパーズ、サファイア、キャッツアイ、ルビー、ジャスパー、アメジスト、ターコイズ。

2人は拾うのも忘れて、見とれて、立ち尽くす。
続けて、リンドウも野バラも歌う。

その歌詞には「さびしい」とある。
不思議に思った王子は「さびしい」について野バラに訊く。

野バラは、十力の金剛石がまだ来ないからと答える。
蜂雀も、リンドウも、口々に十力の金剛石を讃えている。

皆は、叫ぶようにして歌いだす。
やがて十力の金剛石は、丘いっぱいに下りてきた。

すると、すべての花も葉も茎も、めざめるばかりに立派に変わったのだ。

十力の金剛石とは、霧だったのだ。
そして、霧ばかりではなく、空や太陽、花や草、丘や野原も十力の金剛石だと2人は知る。

丘の下からは、2人を探す家来たちの声が聞こえてきた。
2人は丘を下っていく。

そのとき、王子の足にイバラがまとわりついた。
王子は屈んで、それを静かに外したのだった。

※ 筆者註 ・・・ 注釈によると、十力とは仏教用語。悟りに到達した者が、如来となったときに持つ10の超能力。あるいは如来の別名。ここでは、如来になりうる可能性、要素のこと。また、剛石とはダイヤモンドのこと。ここでは、最も壊れにくい知恵の比喩とのことです。

【7】銀河鉄道の夜〔 76ページほどの短編 〕

ジョバンニは目を覚ました。
丘の草の中だった。
牧場に行く途中だった。

朝に配達されなかった牛乳を、学校が終わってから受け取りにいったのだけど、途中で丘の上で寝てしまったのだ。

もう、夕方が過ぎていた。
夜になりかけていて、いくつかの星が出ていた。

牛乳を受け取って家に帰りかけたが、町の人たちの様子がおかしいのに気がついた。

橋の上には、明かりがいっぱいある。
その方を見ながら、ヒソヒソ話をする人もいる。

友人のカンパネルラが、川に落ちのだ。
行方不明になっているという。

だいぶ時間が経っていたが、カンパネルラの父親も、町の人達も、川をじっと見ていた。

どこか川の中州にでもいるのではないか、泳いで戻ってくるのではないか、そんな気がして仕方がないらしかった。

が、ジョバンニは、もうカンパネルラはこの世にいない、銀河のはずれにしかいない、という気がしてならない。

さっき、丘の草の中で寝ていたときに夢を見たのだった。

銀河を走る列車の夢だった。
そこでカンパネルラと乗り合わせて、遠く旅をしたのだ。

最初は不思議だったのだけど、タイタニック号の沈没で死亡した人々が乗ってきたときから、ただの夢ではないと感じていた。

少し時間が過ぎた。
「もう駄目だ」と、あきらめたカンパネルラの父親だった。
人々は解散となる。

そのカンパネルラの父親の前に立ったジョバンニだったが、なにも言えない。
逆にお礼を言われもする。

そして、ジョバンニの父親から手紙がきていて、今日にも帰省の船が着くのを知らされる。

ジョバンニとカンパネルラの父親同士は、昔からの友人でもあった。

父親が帰ってくるのだ。
母親にそのことを、早く知らせよう。

ジョバンニは、走って家まで帰ったのだった。

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