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内田康夫「イタリア幻想曲」読書感想文

はじめての内田康夫。
最初の1冊。

読売新聞の “ 好きな作家調査 ” に載っていた。
たしか19位だった。

官本室には何冊かあるので、試しに1冊を手に取る。
副題の「貴賓室の怪人Ⅱ」からするとミステリーのシリーズものらしい。
が「Ⅰ」がない。

選ぶ時間は5分。
最初の1冊は慎重にいきたいが、ゆっくりもできない。
表紙の遺跡のイラストに惹かれて借りてみた。

そしたら、すごいすごい。
おもしろい。

だって、作品中に内田康夫が登場してくる。
作品中の探偵が「内田康夫を絞め殺したい」と言っている。


ミステリーなのに笑えて終わりとなる

イタリアで殺人事件がおきる。
現地の警察が捜査をする。

内田康夫は旅行者として、ちょいちょいと登場している。
ノリは軽い。
かなりのケチらしい。

とにかくも、日本からきた名探偵が、犯人も特定できた。
犯人も神妙に犯行を認めている。

が、犯人は逮捕されることなく解決する。
名探偵の差配で、警察の捜査は終了に向かうのだ。

そうしたのちに探偵は知る。
この依頼には、内田康夫が絡んでいたのだ。

最後は、笑えて終わりとなる。
楽しい読書だった。

で、副題は「貴賓室の怪人Ⅱ」となっているが「Ⅰ」とは別物なので難なく読めた。

単行本|2004年発刊|344ページ|角川書店

感想と解説

イタリアのトスカーナに行きたくなる本

巻頭には、5ページのカラー写真がある。
トスカーナ各地の素敵な写真。

地図も2ページある。
檻の中で読んでいる身でもイメージがつきやすい。

あとがきには、内田康夫は、トスカーナを中心に1週間の取材旅行をしたとある。

なので、本文の3分の1弱ほどは「内田康夫とトスカーナ」という趣もあるが、それだっておもしろい。

あと、もうひとつ、イタリアのトスカーナに行きたくなるのは、実在のホテル(ヴィラ)が舞台となっているから。

ホテルだけだったらなんでもないけど、そのホテルを経営する家族4名も実名で登場させている。
犬と猫も実名だという。

もちろん、実際には殺人事件などはおきてないのはわかるが、よく了承したものだ。

芸術に、日本赤軍に、聖遺物にという展開

トスカーナ地方は、イタリアの “ 膝” のあたり。
“ 芸術の都 ” のフィレンツェが真ん中に位置する。

そんなこともあり、この物語も芸術が絡んでくる。
芸術についての小話も多くある。

そして、事件には日本赤軍の残党も絡んでいる。

しかも “ 貴賓室の怪人 ” とは「聖骸布」である。
処刑されたキリストを包んだとされている布。

聖遺物とされてトリノ教会に保管されているが、実は盗まれてましたという大がかりの展開だ。

その聖骸布は、ルネッサンスのミケランジェロが、ウランを使って製作したともなっている。

これだけ、いろいろと放り込まれているのに、ごちゃまぜ感や広げっぱなし感もない。

ネタバレ登場人物

※ 筆者註 ・・・ ミステリーですが、トリックらしきものはないのです。推理も飛び抜けてすごいというわけでもないのです。勘だよりで過去のしがらみを解いていくのが主です。読書録をみると頑張って書いているのですが、しがらみが多い分、ややこしくなってしまいました。読みやすさはある本です。

▼ ヤスオ・ウチダとその仲間たち

内田康夫
“ 軽井沢のセンセ ” と呼ばれる小説家。
豪華客船「飛鳥」に、真紀夫人と乗船して世界一周の旅行を楽しんでいる。

が「私以外の乗客は金持ち」ということらしい。
お金を節約できると喜んでいる。

浅見光彦を乗船させたのも、内田康夫の仕業である。
1円も払うことなくやってのける。

浅見光彦
33歳。
フリーのルポライター。
名探偵としても知られる。

出版社から『旅と歴史』という雑誌の取材の依頼があり「飛鳥」に乗船している。

その船上で、イタリア在住の若狭裕子から、依頼の手紙が届いたことを家族から知らされる。

「貴賓室の怪人」の謎を解くため、イタリアに船が到着したにちトスカーナへ向かう。

浅見陽一郎
浅見光彦の兄。
警察庁刑事局長。
弟に頼まれて、身元照会などの協力をする。

警察庁のナンバー3という影響力は大きく、それを知ったイタリア警察も遠慮気味となっている。

27年前にイタリアを旅行しており、久世寛昌にも偶然に会っていて、頼まれて帰国後には妹に届け物もしていた。

▼ ヴィラ・オルシーニの人たち

若狭優子
イタリア・トスカーナで『ヴィラ・オルシーニ』を経営するディーツラー家の妻。

『ヴィラ・オルシーニ』は、中世の貴族の館を改装したホテルとなる。

「貴賓室の怪人に気をつけろ」「浅見光彦に頼め」という差出人不明の手紙がきて動揺する。

ハンス・ペーター・ディーツラー
『ヴィラ・オルシーニ』のオーナー。
若狭優子の義父。

若い頃、画家になろうとフランスで学生をしていたころに、日本赤軍の残党の久世寛昌と知り合う。

スイスの生家に帰ってからは、家業の時計工場を継いでいたが、『ヴィラ・オルシーニ』が売りに出されていることを知り購入。

一家でイタリアに移り住み、廃墟同然だった館を修復してホテル業をはじめる。

石渡章人には、地下室にある絵画の引き取りを、強引に迫られていた。

ついにその日、石渡章人が地下室に無断で入り込み、絞殺するに至る。

ダニエラ・デ・ヴィータ
近くの教会に住む画家。
アルベルト・デ・ヴィータの娘。

ハンスから『ヴィラ・オルシーニ』の地下室に、父のアルベルトが描いた絵があることを知らされる。

たびたび絵を観にいくが、その日、石渡章人に後を尾けられて地下室で脅される。

ハンスが遅れて入室してきて、石渡章人を絞殺する場に居合わせることとなる。

▼ 牟田広和と、その身内

牟田広和
実績ある画商。
イタリアに停泊中の「飛鳥」から下船して、トスカーナを巡り『ヴィラ・オルシーニ』に宿泊する。

浅見とは行動を共にしていたが、フィレンツェでは3時間ほど行方不明になりかける。

実は、以前に画才を見込んで支援していた石渡章人から、商談を持ちかけられていたのだった。

フェルメールの絵を買わないか。
聖骸布もあるので、フィレンツェまできて頂けないかという内容。

両方とも確実にインチキだとわかりながらも、興味本位で出向いたのだった。

結局は聖骸布は見れず。
石渡章人は直後に殺害される。

イタリア警察の捜査で、お互いに連絡を取り合っていたことが判明。
犯人に疑われる。

浅見と2人で『ヴィラ・オルシーニ』に足止めされる。

堂本修子
久世寛昌の妹。
27年前、イタリアから帰国した浅見陽一郎から、兄からの届け物を受け取る。

中身は指輪。
「貴賓室の怪人に気をつけろ」というメモが1枚。

以来「貴賓室の怪人」とは、義兄の牟田広和だと、長く悪感情を抱いている。

その牟田広和が、イタリア旅行にいく。
宿泊する『ヴィラ・オルシーニ』も記憶がある。

この際に正体を暴いてやろうと、名探偵といわれる浅見を同行させることを考えついて、内田康夫に相談する。

牟田美恵
牟田広和の妻。
久世寛昌の姉でもある。

「貴賓室の怪人」は誰のことなのか気になっている。
今回のイタリア旅行で、それをはっきりさせたいと思ってもいた。

妹に言われるがままに、夫の牟田広和には内緒で、浅見の取材費の300万を負担もした。

▼ 聖骸布盗難事件の面々

久世寛昌
27年前、フランスに逃亡していた日本赤軍のメンバー。
義弟でもあるし、画家としても有望だったので、牟田広和が支援をしていた。

が、絵画には身を入れずに、トリノ教会で一般公開された「聖骸布」を3名で盗みだす。

聖骸布は、廃墟となっていた『ヴィラ・オルシーニ』の地下室に隠される。

そこで3名は、半年ほど潜伏もする。
が、聖骸布は、ウランを用いて製作されていた。
放射能を含んでいたため、3名は白血病で衰弱。

ちょうど知り合った浅見陽一郎に、日本への届け物を託す。
4日後に、ダム湖で溺死する。
大雨による増水の事故だった。

堂本
「聖骸布」を盗みだした共犯。
白血病にかかり、3名のなかでは最初に堂本が死を迎えた。
堂本修子の夫でもある。

アルベルト・デ・ヴィータ
「聖骸布」を盗み出した共犯。
イタリアのマスコミの実力者の息子だったので「聖骸布」のテレビ撮影の際にすり替えに成功する。

『ヴィラ・オルシーニ』の地下室の聖骸布を隠すために、大号の絵画を描く。
のち、ダム湖で久世寛昌と共に溺死する。

娘がダニエラ・デ・ヴィータとなる。

石渡章人
イタリアに長く在住する画家、兼カメラマン。
日本でおきた “ 三菱重工ビル爆破事件 ” に関与の疑いもあるが、美術留学生としてイタリアに渡る。

日本では芸大の学生で、画家として有望だったので、牟田広和が支援をしていた。

『ヴィラ・オルシーニ』の地下室で殺害される。
地下室の絵画を売るように迫ったためだった。

▼ イタリア警察と関係者

グリマーニ警視
石渡章人殺人事件を捜査する。
牟田広和に疑いを持ち『ヴィラ・オルシーニ』に留まらせる。

パウロ・ファルネーゼ
トリノ教会とバチカンは、聖骸布の盗難を認めてない。
が、27年間、追い続けている担当者。

ネタバレあらすじ

トリノ教会の聖骸布は盗まれていた

1973年。
久世、堂本、アルベルトの3人は、トリノ教会から「聖骸布」を盗み出した。

過激派の活動家でもある彼らは、体制側に打撃を与えるために聖骸布を盗んだのだった。

3人は、廃墟となっていた『ヴィラ・オルシーニ』の地下室に潜伏。
聖骸布も、その地下室に隠された。

が、トリノ教会側は、聖骸布を盗まれたとは認めない。
交渉にも応じない。

一方で、秘かに奪還する探索を続けていた。

半年を過ぎる頃には、3人は計画を断念。
キリスト教徒のアルベルトの主張で、聖骸布は地下室に隠されたままとなる。

聖骸布はどこに隠されたのか?

後年になって、石渡が聖骸布の隠し場所を知りたがる。
久世とアルベルトと話し合われた。

水量が下がったダム湖に現れた廃墟だった。
そこで、2人はキャンプをしながら絵を描いていた。

が、急に増水。
白血病で衰弱していた久世とアルベルトは溺死する。

助かった石渡だったが、聖骸布はあきらめなかった。
残されたアルベルトの妻に目をつける。

生活の面倒を見てプロポーズもしたり、母娘と新たな生活をはじめたりしたが、すべて不調に終わる。
彼女らは、本当に何も知らなかったのだ。

27年経た2000年、石渡は『ヴィラ・オルシーニ』の地下室に聖骸布が隠されている見当をつけた。

そこに向かうダニエラを目にして、後を尾けて、地下室に入り込んだのだった。

推理はできたが、本当の解決はこれからだ

浅見は、それらを大まかには推理できた。
「貴賓室の怪物」とは、地下室の聖骸布だとは、早い段階で掴んだ。

地下室の壁にある絵、牟田の行動、犬の鳴き声、通路に付着した泥、妙な音、などから推理したのだ。

ハンスとダニエラは観念した。
詳しい部分も、自らの犯行も、すべてを話したのだった。

謎も解けたし、殺人事件の犯人も判明した。
が、浅見はいう。

「なにがあったのかよくわかりました」
「・・・」
「しかし、警察はきませんから安心してください」
「え・・・」

全員が驚いて顔を上げた。

「石渡氏が死んだのは、神の意思によるものだからです」
「・・・」
「それによって善良な人々が傷つくことは、神も望んでいないでしょう」
「でも、それで警察が引き上げるでしょうか・・・」

そもそも、聖骸布が盗まれたことは警察も隠しているし、トリノ教会もバチカンも認めてもない。

教会の影響力は大きい。
教会が了承すれば、警察としても、それ以上は動かない。
そこを利用するしかない。

浅見は平静を装っていたが、内心はそうではない。
思いどうりの結末を迎えることができるのか。
身震いする気分だった。

偽者に対しての教会の強い懸念

翌日。
『ヴィラ・オルシーニ』の一室では、捜査の責任者との話し合いになった。
グリマーニとファルネーゼだ。

「聖骸布は16世紀以降トリノにあるのです」

そう、ファルネーゼが口を開いた。
教会としての公式な発言だった。

「仮に、そのようなモノがあったとしても偽者でしょう。しかし偽物であっても、そういうモノが存在していることに、強い懸念を感じます」

要は、条件を受け入れるということだ。
グリマーニ警視も同意している。

浅見が出した条件はこうだ。
聖骸布の在り処を教えるが、事件は不問にすること。
つまりは、何もなかったことにしてほしい。
でなければ、マスコミを通じて一切を世界に公表する、というもの。

約束されたあとは、一同は地下室へ下りる。
壁にあるアルベルトの大きな絵は外された。

分厚い額縁の裏側を見た。
パラフィン紙に包まれた布があった。

「今後とも貴国との親交が永続することを祈ります」とグリマーニ警視は挨拶して帰っていき、教会にあった捜査本部は撤収した。

エピローグ

牟田と浅見は『ヴィラ・オルシーニ』をあとにした。
ローマを観光してから、飛行機に乗る。
出航してマルタ島に停泊していた「飛鳥」に合流した。

飛行機代は教会が負担。
それも条件に含まれていた。

解決はしたが、もう1点、浅見は確めたいことがある。
若狭優子への手紙は誰が送ったのか、だ。

状況から推測して、おおよそ差出人はわかっていた。
2人きりになったときに直接に聞いてみたのだったが、やはり牟田の妻だった。

が、浅見を乗船させるための費用は出版社に出したが、あとのことを考えたのは妹だという。

「浅見さんに、探偵みたいな仕事をストレートにお願いしても、絶対に引き受けてくださらないだろうって」
「・・・」
「でも、出版社を通じて『旅と歴史』の雑誌の取材という形で依頼をすれば、浅見さんだって断れないはずだからって、費用は姉さん出してねって」
「・・・」
「出版社に頼むのは、喜んで引き受けそうな人に心当たりがあるって」
「まさか・・・」

不吉な予感がした。
内田康夫の名前を口にした。

「まあ、やっぱり、おわかりなのねぇ、そうなんですのよ」
「・・・」
「なんでも、あのセンセ、小説を書くネタに苦労していて、浅見さんを動かしては事件簿をちょうだいしているんですってね」
「・・・」
「そんなのインチキじゃないかしらって言ったんですけど、でも、事実そうなんだから仕方ないって」
「・・・」

差出人不明の手紙は、その件を内田康夫が引き受けてから、念には念を入れて妹が送ったという。

とどのつまりは、あの狡猾な作家の手の平の上で踊らされていたというわけか。

できることなら、あの男を絞め殺すか、それともこの海に身を投げて死にたいくらいだ。

地中海の抜けるような青空に、にわかに暗雲が立ち込めてきそうな気分になった。


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