三毛猫ミーのクリスマス 第11話 後悔したところで遅せえ!時間は売ってニャア

https://note.com/tanaka4040/n/n2eb15e3db100から続く

 港を埋め尽くす観光客の九割が、船内に一泊し、明日のクリスマスに帰る。
 残り一割は、次の船まで一週間、あるいは、それ以上、長期滞在する。
「観光客は、どれくらい来るの?」
「船が週に一往復ですから、月間五千人。加えて、各国からの視察や、旅行。ペット業界が主催するツアーなどで、年間十万人くらいです」

「道理で、観光産業が成り立つわけね」
「一泊二日の客単価を三万¥とすると、観光だけで三十億¥の収入になります」
「三万¥じゃ済まないでしょ」
「少なく見積もって、です。長期滞在の食費や、船賃を含めると、それ以上の金額が確実に島に落ちます」
「一日に百人くらい宿泊できる施設はあるの?」
「ホテルや旅館があります」

「そういうところで働いているのね、この島の人たちは」
「ここは火山島で、温泉が出ますから、長期滞在者には、湯治場《とうじば》のような、安いセルフサービスが人気です」
「温泉も、観光の目玉なのね」
「そうです。高級温泉ホテルもあれば、素泊りできる民宿もあります」
「いろいろな客層に合わせているのね」
「倉庫の中に常設されている屋台村で、二十四時間、食事することもできます」

「この島が、クリスマスイヴでも暖かいのは、火山島だから?」
「いいえ。北緯《ほくい》三十度に位置しますから、冬でも泳げますよ」
「ということは、海水浴や、長期バカンスの客も、いるわけね」
「そうです。島全体が、手付かずの自然のリゾートですね」
「手付かずの自然な姿を保つため、ペット業界の看板や、広告が、一切ないのね」
「オフィシャルスポンサー制度ですからね。天然の景観を壊してまで、看板を作って広告しなくても、自然な形で宣伝できるようになっています」
「オフィシャルスポンサー制度?」
「オフィシャルスポンサー制度とは、島の発電や、上下水道といった社会基盤インフラの運営を、スポンサー企業へ一任する制度で、島を訪れるビジターに、商品名や企業名を、売り込むことなく、伝えられます」
 たとえば、発電を担当している企業ならば、
「この猫ヶ島の電力は、ペットフードAを作っているB社が発電しています」

と、島のパンフレットや、観光案内に載る仕組み。
「コマーシャルにも使えます。猫ヶ島の名称、猫の写真、ビジュアル、キャラクター、ロゴマークを、スポンサーのみ使用できます」
「スポンサーを巻き込んで、島を運営しているのね」
「はい。島へ物資《ぶっし》を運ぶ船舶、船が出入港する港湾、ヘリポート、上水道、下水道、電気、ガス、電話、道路、診療所、郵便、公園、ごみ処理、廃水処理、消防、車両、銀行、物流、それら建造物すべてがスポンサー企業の寄付で運営されています」

「へえ。こんな小さな島に、ヘリポートまであるとは、ね」
 とはいえ、しょせんは絶海の孤島。銀行とはいえ、ATMが一つあるのみ。郵便局とはいえ、警備員の詰所《つめしょ》と一体になった交番の規模に過ぎない。
 車両は主に自転車で、自動車は電動のエコカーのみ。ガスを排出する車両は一台もない。
 小さな村と何ら変わりない規模だが、猫が好きで移住してくる島民の雇用を確保し、それによって、猫ヶ島を運営するシステムだった。
「その仕組みを作ったのが、ローコーとスケサーとカクサーです」
「あの人たちの前身は、何者なの?」
「ローコー大統領が、現役の社長だった頃、右腕と左腕だったのが、スケサー専務とカクサー専務です。本社の重役でありながら、子会社の社長も兼任していましたが、ローコー大統領が会社を売却するとき、彼を慕《した》って一緒に辞めて付いた来た腹心《ふくしん》中の腹心です」

「彼らが計画的に作った島なのね」
「彼らの財力、発想力、行動力、営業力、人脈あっての猫ヶ島《ねこがしま》なのです」
 そう言って、もの知りリューは、人差し指を突き立て、
「解説して、お腹が空きましたので、何か食べてきます」
と、人混みの中へ紛《まぎ》れていった。
 入れ替わるように、ぼやき猫のモンクーが、
「なんや、三毛猫ミーはんやないけ」
と、ふらふら、千鳥足で近づいて来る。かなり、またたびを舐《な》めた様子。

 またたびは、安全が確認されていないため、あげ過ぎは良くないのだが、それを知らない観光客が持参してきて、欲しがるだけ、あげてしまう。
「ミーはんも、どや?」
 モンクーは、またたびの粉が茶色く附着《ふちゃく》した肉球を差し出した。

「いらんわ。あんたの肉球を舐めろと?くれるなら、猫として喰えるものを、喰えるように出せ」
「もらえるものは、もらっておきなはれ。くれるだけで充分やんか」
「キミ。それ、私が君へ言ったセリフじゃないか」
とショーの笑い声が聞こえた。
 人の背中に乗るのが好きなアメリカンショートヘアが、ハリウッド女優に生き写しな金髪美女の背中の上に乗っている。
 黒猫クーは?というと、聖母マリアのように優しげな老年の女性に抱きかかえられて、御満悦の様子。
「男って奴ぁ、どいつも、こいつも」
と舌打ちすると、
「そう、とんがるなよ」
と声をかけてきた白猫がいる。

「猫と女は、相性がいいんだぜ?オレたち猫に似て、人間の女は、声が高いからな」
「誰だい?あんた」
「問われて名乗るも、おこがましいが、ガキのころからパンチが強く、ご意見無用の喧嘩《けんか》一代、無法無頼ぶらいの一匹狼、白猫ジョーってえのは、オレのことさ」
「一匹狼?あんた、狼じゃなく、猫でしょ?」
「うっ」
 白猫ジョーは、気まずそうに、視線を逸《そ》らして座った。
 そこへ、黒い眼帯《アイパッチ》で片目を覆《おお》った不細工な出っ歯でっぱ猫がやってきて、

「ジョー!ロードワークの途中だぞ!こんなところで油売ってんじゃねえ!」
「そう、とんがるなよ、おっつぁん」
「うるせえ!さっさと立て!立つんだジョー」
「だって、みんな楽しそうじゃねえか。それを横目に、ただただ走り続けて、汗水たらして、これで本当に、チャンピョンになれんのかよ?え?おっつぁん」
 おっつぁんと呼ばれたアイパッチ猫のダンペーは怒って、
「バカヤロー!チャンピョンになれるかどうかなんて、お天道様だって知らねえや。おめえ、知ってんのかよ」
「知らねえよ。おっつぁんは知ってんのかよ?」
「ワシも知らん。誰も知らねえから、やってみるんじゃねえか」
 それを聞いたあたしは、
「待ちな」
と割って入り、白い袋の中から、群青《ぐんじょう》に光るパワーキャンドルの“ダメ元の心”を取り出した。

「チャンピョンになれなくたって、いいじゃないさ。何したって、どうせ九割はダメなんだ。世の中すべからく、ダメで元々さ」
「おいおい。それじゃ、夢も希望も、ねえだろう」
と、白猫ジョーは不服《ふふく》を申し立てたが、構わず、
「ダメで元々だからと諦《あきら》めて、何も取り組まず、何も挑まず、ダラダラと生きるのは自由」
「うん」
「だけど、逆に、ダメで元々だから、結果なんざ、運を天に任せて、本気になって打ち込んでみるのも自由。さて、どっちにしますか?ってことさ」
「ダメで元々かあ」
「やれば失敗。やらなければ大失敗ってね」
「やっときゃ良かったって、いつか後悔したところで、遅せえ!時《とき》は取り戻せねえ。時間は売ってねえ」
「平均寿命十三年のうちの、一年間だけ、毎日毎日、徹底的に挑戦してみたって、バチは当たらないよ」
「ダメ元だと思えば、気持ちも軽くなるしな」
「一年間でいいから、燃え尽きてみなよ」
「わかった。オレ、燃え尽きてみる。真っ白に」
「あんた、もともと白い猫じゃないの」
「う」
「これ、クリスマス・プレゼントに、あげる」

 群青《ぐんじょう》色の中心部から白い光を放つ球体“ダメ元の心”は、ジョーの白い左胸に吸い込まれて消えた。
 その光景を見ていたアイパッチ猫のダンペーが、
「もしや、あんた、ブチ猫ブーとやりあった三毛猫じゃねえか?」
「そうだよ」
「女だてらに度胸あるじゃねえか。面白れえ。あんたなら、猫パンチのチャンピョンになれるかも知れねえ。もし、猫パンチングやる気になったら、ワシのジムに来な」
「ジム?」

「ああ。猫パンチングのジムと言やあ、誰でも知ってらあ」
と誘ってから、
「ジムへ帰ったら、シャドーボクシングだ!」
と、ジョーの尻を叩いて走って行った。
 彼らが走り去った後、
「シャドーボクシング?」
 あたしは、また違和感を覚えた。

https://note.com/tanaka4040/n/n024ea4bb2770へ続く





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