三毛猫ミーのクリスマス 第7話 あんたに勝てないと思えば誰もいじめニャー

https://note.com/tanaka4040/n/n83b36a3b1dbfから続く

「おーい、大丈夫かーい?」
 黒猫クーと、アメリカンショートヘアのショーと、ロシアンブルーのシャドーの三匹が、あたしを心配して駆《か》け寄《よ》ってきた。あたしは舌《した》で毛繕《けづくろ》いしながら、
「大丈夫」
と答えたが、解《げ》せないことがあって、気持ちは塞《ふさ》いでいた。どうして、スケサーは、ブチ猫ブーにだけ、水を掛《か》けたんだろう?どうして、あたしには掛けなかったんだろう。  

 物思《ものおも》いに耽《ふけ》っていると、黒猫クーが、
「元気、出しなよ」
と短く鳴いた。優しくて、友好的で、面倒見《めんどうみ》が良く、協調性《きょうちょうせい》に富《と》んでいるが、寂《さび》しがりやで臆病《おくびょう》なのが玉に瑕《きず》な黒猫。
 あたしは袋《ふくろ》の中から“強《つよ》い心《こころ》”を取り出し、
「これ、クリスマス・プレゼント。メリークリスマス」
と手渡した。

黒い肉球《にくきゅう》の上で、発光体《はっこうたい》が黄色《きいろ》く光っている。
「なに?これ」
「めげそうになっても折《お》れない、強い心さ」
「ふーん」
「苦しくても立ち上がる、強い心さ」
「ふーん」
「いじめられても跳《は》ね返す、強い心さ」
「ふーん」
「わかった?」
「ううん」
 黒猫クーは、首を横に激しく振った。あたしは、言い聞かせるように、
「あんたはビビリだから、これから、いじめられる時があるだろう」
「え!どうして、いじめられるの?」
「いじめる奴が、いるからさ」
「どうして、いじめるの?」
「弱いものをいじめて、自分は強いって思いたいのさ」
「どうして、弱いものと比べるの?」
「勝てるからさ。勝てば優位《ゆうい》に立てるからさ」
 黒猫クーは「意味不明」といった面持ちで首をかしげている。
「強いやつを、いじめればいいのに」
「強いやつには負けるからね。負けたら、つまんないじゃん」

三毛猫

「ゲームじゃないのに」
「ゲーム?似ている。楽しいから、いじめるのさ。たった、それだけ」
「え?」
「いじわるにしても、からかうにしても、軽~い気持ちで始めるあたり、ゲームに似ている」
「ひどいや」
「いじわるや、からかいが、だんだん、エスカレートして、いじめにつながる」
 黒猫クーが、小首を傾《かし》げて聞いた。
「強いって、そんなに大事なことなの?」
「強いってことは、食べ物を、たくさん集める力がある証拠《しょうこ》なのさ」
「食べ物を集める力?」
「弱肉強食《じゃくにくきょうしょく》が動物の本能《ほんのう》だからね。ライバルよりも、たくさん食べ物を集めるには、強くなくちゃ」
「いじめなくても、強いやつは強いのに」
「本当に強い、ほんの一握《ひとにぎ》りは、いじめなくても、自分の強さを知っているから、いじめる必要がないのさ」
「強いやつは、いじめないし、いじめられないの?」
「そう。弱い奴ほど、いじめる」
「弱い者が、より弱い者を、いじめるんだね」
 あたしは何度も首肯《しゅこう》しつつ、
「強いかどうか、幸せかどうか、確かめるために」
「幸せ?」
「強さは、幸せの源《みなもと》だからね」
「いじめなくても、幸せになる方法はあるのに」
「誰かと比べなくちゃ、今の自分が、幸せかどうか、わからないものさ」
 ますます意味不明な様子の黒猫。
「比べる相手が必要ってこと?」
「比べて、初めて、今の自分が、幸せかどうか、分かるのさ」
「本当に幸せなら、誰かと比べなくても、幸せだから、比べる必要がないんだね」
「そう、幸せも、強さも、同じ。比べて分かる」
 まだ半信半疑な様子の黒猫。

「真の強者《つわもの》は、比べない。その反対に、弱いから、比べる」
「比べるには、理由なんて、どうでもいいのさ。それが、いじめ」
「腕力《わんりょく》がないから、いじめられるんじゃないの?」
「腕力があったって、頭が悪けりゃバカだと言われる。太っていればデブだと言われる。毛が薄ければハゲだと言われる。小さければチビだと言われる。醜《みに》くけりゃブスだぁブ男だぁ言われる。齢《とし》をとればジジイだぁババアだぁ言われる。若けりゃガキだと言われる」
「何をどうしたって、言われるんだね」
 黒猫はケラケラ笑った。
「だから、いじめられないために、強い心が要《い》るのさ」
「強い心って?」
「強くなるための心さ」
「勝つために?」
「戦って勝つだけが強さじゃない。敵がいなければ無敵《むてき》だから」
 なるほど!と黒猫は目を見開いた。
「確かに、戦わなければ無敵だよね」
「だから、戦わない知恵《ちえ》も、強さなのさ」
「戦わない知恵?」
「逃げるが勝ちって、知ってる?」
「うん。勝ちを譲《ゆず》る。負けて勝つ。論《ろん》で負けても実《じつ》で勝つ」
 黒猫は目を輝かせた。
「それだけじゃないよ。自分が弱い分野では戦わないのさ」
「弱い分野じゃ勝てないもんね」
「だから、強い分野で戦う」
「僕が強い分野?」
「あんたにゃ、あんたなりの、強みがある。優しくて、友好的で、面倒見が良いのが強みだとしたら、それを鍛《きた》え上げればいいのさ」
「たとえば?」
「チームの中に入るんだね。そのうちリーダーに押し上げられるよ」
「ふーん」
「あんたの強みに勝てないと思えば、もう誰も、いじめないよ。いじめようとしたって、負けるのが目に見えているから」
「うん、わかった」
 強い心は、黒猫クーの左胸に吸い込まれて消えた。
「お礼に、島の中を案内するよ」
と黒猫クーは歩き出した。
「私も行こう」
と歩き出したショーの後を、シャドーも続く。
 猫ヶ森《ねこがもり》を抜け、猫ヶ原《ねこがはら》を横切り、しばらく歩くと、視界が開け、水平線を見晴《みは》るかす丘《おか》に出た。

ロシアンブルー

 ロシアンブルーのシャドーが、
「ここは、ネコロポリス」
と教えてくれた。
 マッチ棒を大きくしたような、頭でっかちの柱《はしら》と、背の低い木々が無数に並んでいる。
「ここは、猫たちの墓場なの」
 古代エジプトやローマでは、死者の都をネクロポリスと呼んだ。そのクをコに替えて、ネコの文字を当てた地名がネコロポリスだという。
「この島で亡くなった猫たちが、ここに眠っているのよ」
 柱には、「ココ」「ソラ」「レオ」「モモ」「リン」など猫の名前と、享年《きょうねん》ならびに没《ぼつ》年月日と、キジトラ、ヒマラヤン、白猫など猫の種類と、好きだった食べ物の四つが書かれてあった。
 柱の先端《せんたん》は、猫の掌《てのひら》のように丸い肉球の形になっている。これを猫柱《ねこばしら》という。卒塔婆《そとうば》(寺院で戒名《かいみょう》や経文《きょうもん》を書いて墓碑《ぼひ》に添《そ》える細《ほそ》長い板)のようなものであろう。
「この猫柱が、雨風に晒《さら》され、朽《く》ち果てる頃、一緒に植《う》えた墓木《ぼぼく》が、猫の代《か》わりに、大きく育つようになっているの」
と言ってシャドーは、目を閉じて冥福《めいふく》を祈《いの》った。
 その祈りが天国へ届いたかのように潮風《しおかぜ》が吹きつけた。その風の音は、
ニャフォオオオオオオオ
と、猫の鳴き声のように聞こえた。

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