【書評】是枝裕和 ケン・ローチ『家族と社会が壊れるとき』
両者を引き合わせたのはNHKのテレビ企画だったそうだ。
是枝はテレビマン・ユニオンをくぐって映画にたどり着き、ローチはBBCで仕事を重ねたのち映画に転じた。日英の公共放送界をよく知るふたりといえる。ローチは旗色くっきりの左派で、直っすぐに社会を告発する。すなわち階級対立と搾取の構造を。世の中には裁かれずに進む奴らがいるが、司法はしただけを叩く。そんな社会は正されるべき。彼はそう主張する。一方、是枝は、二項対立により、あいまいで混濁したものをすくい取ろうとする。あなたを範とするが、あなたにはなれないとローチに告げる。
真正のプロパガンダ映画をローチは作る。彼は善なるものを信じている。彼は自作の価値を観客の同意に求める。観客が彼の作品の登場人物たちを思いやり、彼らと共に笑い、彼らのトラブルを自分のことのように受け止めてくれることを願っている。
最初に観たローチ作品は「ケス」だった。アラン・シリトーの小説みたいだった。反骨の無産階級の気風を感じた。そして最初に観た是枝作品は「海街ダイアリー」で、どんな言い分もありませんというつつましさ。
両者は語り合い、そしてまた相互に考えを述べる。共通するのはテレビからキャリアをはじめたところ。どっちも「経営側も組合側も敵に回った」という経験をしたこと。
是枝はテレビマン・ユニオンについて語る。村木良彦と萩元晴彦という二人の創設者の名を挙げ、そして自由な番組製作が政治権力によっていかに侵害されたかを語る。ローチもまた、サッチャー政権の1980年代に「最悪の10年間を過ごした」と述懐する。作ったドキュメントのほとんどがお蔵入りになったそうだ。
「いまの社会システムは持続不可能。宅内で何でも買い続けるわけにはいかない」
最新作でローチはそう言っている。その映画「家族を想うとき」の決まり文句だ。「お会いできず残念です」
彼らの作品は、ちゃんとこれからも届くのか?
NHK出版新書 642 家族と社会が壊れるとき
NHK出版新書 642 家族と社会が壊れるとき | NHK出版 (nhk-book.co.jp)
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