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デンマークのスマートシティ: データを活用した人間中心の都市づくり/中島健祐

あー、こういうデンマークのような都市をつくっていきたいな、と読んで思った。

中島健祐さんの『デンマークのスマートシティ: データを活用した人間中心の都市づくり』は、タイトルから連想されるような単なる「スマートシティ」に関する本ではない。いや、むしろ日本におけるスマートシティのイメージがあまりにハード的、技術的、産業的すぎるから、このタイトルから想像される内容が、社会的、人間的、創造的、環境的なものを含んでいないように思えてしまうのかもしれない。

しかし、デンマークの場合、そもそもにおいて民主主義だったり格差の少なさだったり、環境面においてサステナブルであることやクリエイティブであることは含まれているからこそ、スマートシティをデザインする際にも当たり前のようにそうした視点が入ってくる。

そのあたり日本の感覚とは違う。

だから、読みながらワクワクしどおしで、こういう都市づくりを考えていきたいなと思ったのだ。

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ランキングでみるデンマークの先進性

デンマークは、世界の民主主義指数ランキングで2018年には5位にランキングされる(ちなみに上にはノルウェー、アイスランド、スウェーデン、ニュージーランドが並ぶ)。日本は22位だ。

デジタル化の浸透度に関する調査「デジタル経済と社会指数」では2014年から2018年の5年連続で1位になっていたり、世界電子政府進捗度ランキングでも1位となっている。

ほかにも政治におけるクリーン度が高く腐敗認識指数で180カ国中で1位の汚職の少なさだったり、教育費の対GDP比率も1位、年間労働時間もドイツに違い2位の少なさで1392時間(月平均116時間、週換算なら26時間だ)というのを見てもなんともうらやましい。

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循環型社会のための産業共生モデル

気候変動に対する政策も、2011年に、2050年までに化石燃料からの完全な脱却をめざす「エネルギー戦略2050」を発表。2050年に風力、バイオマス、バイオガスなどによる再生可能エネルギー100%を達成するためのマイルストーンを設定している。そのマイルストーンでは2020年に電力消費の半分を風力発電に賄うとされ、洋上風力発電の分野ではデンマークのアーステッド社が自国だけでなく、ヨーロッパや台湾での洋上風力発電推進をリードしているという。

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サーキュラーエコノミーを実現するために、さまざまなデザイン分野での取り組みが進展していて、もともとデザインを強みとしていた自国の特徴を活かしている。「サーキュラーデザインは経営資源の有効活用、生産コストの低減、収益力の向上など企業にも経営上の価値をもたらしており、近い将来、環境に配慮した循環型モデルとサーキュラーデザインに取り組まない企業は、大きな遅れをとる」ということが浸透して、すでに多くの企業が取り組んでいるあたり、日本企業における循環型モデルに取り組みたくてもコストになるという認識とは大きく異なっている。

しかもサーキュラーエコノミーへの転換は、企業単位で取り組まれているのではなく、自治体単位で進められてこそ意味がある。実際、コペンハーゲンの西110kmに位置する人口1.6万人のカルンボー市では「企業間で工業の廃棄物を資源として融通し有効活用する産業共生モデルを構築」しているという。これは「自然の生態系システムに経済的システムの原理を統合」したもので、「地域社会における公的セクターと民間セクターの協業」により「廃棄物や残留物の売買、そして経済的な相互利益を実現しながら環境に配慮したしくみを構築」し、そこに世界的な先進企業とともに小企業も参加しており、世界で最も有名な産業共生モデルとして知られている。

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自転車での移動を増やす

デンマークでは、生産の面でエネルギー対策を見直すだけでなく、エネルギー消費の面での対策もしっかり行われており、都市における自動車利用を減らすため、公共交通機関の利用のほか、自転車での移動を推奨し、そのためのさまざまな対策が行われている。

たとえば、コペンハーゲン市では2012年に策定した「CPH2025気候プラン」において「市内の移動の75%を徒歩、自転車、公共交通機関にする」という目標を定めたうえで「コペンハーゲンにおける自転車道を80%増やす」「サイクリストの走行時間を15%低減する」「自転車で大きな怪我を負うサイクリストを70%削減する」「自転車文化が都市環境に良い影響を与えていると考える市民を80%まで高める」といった自転車に関する目標も定めている。

この目標の具現化に向けての対策が素晴らしい。ひとつは自転車ハイウェイを整備する施策だ。こんな風に市の中心部から放射状に伸びる道と環状線が整備されている。

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これは走行時間の低減や怪我のリスクの削減に通じるのだろう。しかも、これらの幹線は、サイクリストが走行中、景色を楽しみながら走行できるよう、コースが選定されているというから、なんとも人間中心的だ。この人間中心のデザインもデンマークの特徴のひとつだそうだ。

また興味深く感じたのは、グリーンウェーブというセンサーシステムを用いてサイクリストの走行速度を20kmに保つために、交差点をつねに青信号で通れるようコントロールするしくみだ。これもきわめて人間中心で考えられたデザインである。交差点に接近中の自転車が5台以上の場合、その一団が通過するまで青信号を延長することで、サイクリストの走行速度を20kmに保たれるように導くものだ。これも先の目標達成のためにデザインされた施策であるが、交差点で止まって信号待ちせずに済ませたいという人間の心理にうまく働きかけるデザインになっている。

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民主主義の伝統とデジタル化の融合

こうしたデンマークの施策の実行を可能にしているものが、格差をつくらない民主主義的な文化の伝統と、その伝統を現在においても有効に機能するよう下支えする電子政府などのデジタル化の浸透度なのだと読んでいて感じた。

デンマークは、GDPに対する税負担が50%を超えておりフランスに次いで2番目に税負担が高い国だ。この高い税負担に対して国民がそれを不満に感じないのは、先にも挙げたような腐敗の少ない透明性の高い政治が市民とのコンセンサスを重視しながら、市民にとって有意義な政策を打ち出し、実行できているからでもある。こうした民主主義的な対話重視の政治を可能にしているのは、単に政治家がよい人ばかりだからというより、多くの市民が小学生の頃からコミュニケーション力を伸ばしたり、自分の考えを言葉で表現し討論ができる自立した人間になるための教育を受けて育っているからだ。格差のすくないデンマークという場合、年齢や組織内での役職の差も関係なく対等に議論できるということも含んでいる。

こうした文化的な基盤があるうえに、電子政府によるオープンガバナンスが可能になっているのだという。

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デジタル国家のトップランナーとして評価されるデンマークの電子政府では、政府の公共サービスが電子化されて提供されているだけでなく、先のようなエネルギーや交通サービスの運用や、農業、福祉、医療、教育に関連するサービスもデジタル化された形で提供されている。

医療サービスのデジタル化とオープン化

なかでも、医療ポータルのsundhed.dkは、市民に過去の検査、通院、入院、投薬履歴などの医療情報を提供し、医療従事者と患者が対等な立場で連携し、治療にあたるために開発されたものだ。医療従事者側が一方的に情報をもつのではなく、患者側も同じ情報に触れられるようにすることで、無駄な検査をなくしたり、過去の病歴から正確な治療を施せることを可能にしている。これがすでに2004年から運用開始されているというから驚きだ。

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このプラットフォームとこれを運用している政府や自治体に蓄積されたオープンデータをベースにして、遠隔医療のプロジェクトも進められているという。高齢化が進む社会で、家族も主体的に治療に関わりたいという要望や増加傾向にある高齢者の治療コストを削減することが目的となる。人口密度が低いデンマークでは、地域の病院も限られているため、患者が簡単に病院に行くこともむずかしい場合があり、これを遠隔医療によって在宅治療を可能にすることで通院の負担を減らすことも視野に入れられている。

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この医療の問題も含めて、多くの環境、社会課題は日本でもほぼ同じであるが、それに対する社会としての対応は天地ほどの差があって驚愕する。民主主義、デジタル化、デザイン、サステナビリティへの取り組み、どれをとっても大きな違いがありすぎてびっくりするが、同時に、あー、がんばればこういう社会づくりも可能なんだなと思ってワクワクしたし、新たな目標にもなった。

実は買って2ヶ月ほど放置していたのだが、よいタイミングで触れられてよかったなと思えた。


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