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終わりを想像する

いま読んでいるジョーゼフ・キャンベルの『千の顔をもつ英雄』の下巻に、中世のスコラ学者トマス・アクィナスの次のような言葉が紹介されている。

聖トマス・アクィナスは、こう述べている。「賢いと呼べるのは、宇宙の終わりに思いをめぐらせる者だけである。宇宙の終わりは、宇宙の始まりでもある」

終わりを想像できる人は確かに賢いと思う。
そういう人は、変化に敏感になれるし、変化を拒まず素直に受け止めて自分も変化しようと考えることができる人だからだ。
終わりは始まりであり、それゆえ変化でもある。

保守を倒す英雄

変化を強引に拒んで保守的になるといろんなところで歪みが生じるものだ。
キャンベルの本でも指摘されているが、神話の英雄に共通するのは、保守的に過去にこだわろうとする存在(たとえば父)を倒す役目を負うという点だ。

「なぜなら、神話の英雄は、すでに生まれたもののために戦う戦士ではなく、これから生まれるもののために戦う戦士だからである」とキャンベルは言っている。

英雄に殺される龍は、まさに現状を守る怪物であり、過去の守護者にほかならない。英雄は闇から現れるが、英雄の敵は巨大で権力の座にある。竜であり専制君主である敵は、自らの権力を利用する。過去を守る者だからではなく、過去を守り続ける者なので亡者と呼ばれるのである。

『流れといのち 万物の進化を支配するコンストラクタル法則』で、物理学者のエイドリアン・ベジャンが「動くもの、流れるもの、突き進むものはすべて、配置や道筋やリズムを変えることによって、しだいに動きやすくなる傾向と、動き続ける傾向を示す。進化するこの流動構成とその終焉(死)こそが自然であり、生物・無生物の2領域を網羅する」と書いていたのを思い出す。

死んだ状態の反対が生きた状態であり、今度はそれを定義しよう。生きた状態にある系は、環境と平衡状態にない。温度と圧力(と、その他の属性)の違いは、いたるところにある。系の内部にも、外部にも、系と環境のあいだにも。その結果、系は押されたら引かれたり、熱せられたり冷まされたりし、系の中には流れが、そして何より構成が見られる。系は全体が動き、また動いたり流れたりしながら自由に形を変える。

生物だろうと無生物だろうと自然にあるものは、変化を求める。変わらずに現状を維持しようとするのは、死=終焉なのだから。だから英雄に倒される「過去を守り続ける者」は、終わりを想像できないものなのだ。

だからこそ、終わりを想像できないくせに、あらゆるものを終わりへと導いていく龍=専制君主を倒す役割を担う「英雄という生ける神は、頑迷な重々しさにではなく、変容や流動性にその特徴がある」のだ。

宇宙の死を想像する

それにしても、キャンベルの本を読んでいると、神話の時代の人々の想像力というのは、すごいと思わされる。
現代物理学がようやく到達したのに近い世界観、宇宙観を当たり前のように宇宙創生の神話のなかで語っていたりするからだ。そして、現代の人間が終わりを想像できなかったがゆえに陥っているような持続可能性の問題にも、宇宙スケールの想像力で視野に入れている。

たとえば、それはキャンベルの次のような指摘でもわかる。

個の意識が、夜の海で眠り込んで水中に潜り、不思議と目を覚まして浮かび上がるように、神話の比喩表現で、宇宙は無時間の世界から忽然と現れ、そこに漂うと、また無時間の世界に沈んで消滅する。さらに、個の心身の健康が無意識の闇から白昼の覚醒した領域へとよどみなく流れる生命力に左右されるように、神話における宇宙秩序の連続性は源泉から生まれる力の統制された流れによってのみ保たれている。神々は、この流れを支配する法則の象徴的な化身である。世界の夜明けとともに誕生し、黄昏とともに消えていく。神々は、夜が永遠のものという意味合いで永遠なのではない。人間の寿命という短い期間から見ると、宇宙の半永久的な時間の円環が、いつまでも続くように思えるにすぎない。

最後の一文。
短い人間の寿命が宇宙がいつまでも続くように思わせるが、神話のなか、何百年も当たり前に生きる巨大な神的人間が登場する世界を想像できる神話時代の人々にとっては宇宙もまた人間同様、生まれては死んでいくものとしてイメージできていたようだ。いまの僕らとは違う環世界をもつ生き物であったかのようである。

キャンベルの言うように「存在の本質は形ではなく夢を見る者の中に宿る」のだろう。
サステナブルであろうとするなら、形ではなく、うつろう儚い夢のほうに想像力を向けることが大事なのかもしれない。保守的で変わらない形なんかを信じすぎず、それを新たに生まれ変わらせることを夢見て戦う英雄のように。

終わりへの想像力をもっと持たないとダメだ。
いや、想像力全般か。
未来、他者、非人間。
とにかく自分の外にあるものへの想像力。それを持たない者が英雄に倒される保守的な怪物なのだから。

という感じで、たまには短めに。


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