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シルビオ・ゲゼル入門 減価する貨幣とは何か/廣田裕之

デジタル通貨が普及はじめたいま、お金に色をつけることは可能になっている。

色をつけるとはどういうことかというと、誰がそのお金をいつどこで何のために使ったかを明らかにできるという意味でだ。色をつければ当然不正な利用、やましい利用はできなくなる。なぜ富む者がさらに富み、貧する者がさらに貧しくならざるを得ないかも明確になるはずだ。税金が何に使われ、支払った代金、寄付したお金の利用用途も明確になり、お金はいまより良い使われ方をするようになるのではないかと思う。

しかし、もはや技術は十分に利用可能なものになっているはずなのに、それが実現の方向に進まないのはお金のデザインの問題だ。
昨今、資本主義やら経済成長偏重を問題視する言説が目立つが、その問題が具体的にどういう問題かを言わず、お金のデザインの問題を問わないのは問題解決を目指そうとする観点からは明らかに片手落ちだと思う。そこを問わずにコモンズがどうたらこうたら言っても環境破壊の問題もその他さまざまな社会的課題の解決もはじまらない。そんな指摘はただの素人の文句と違いはない。

縁を切るお金と縁をつくるお金」というnoteを書いてからだいぶ間が開いてはしまったが、お金のデザインの問題はずっと気になっていた。

気になっているのは、リバー=利子をとることを禁止するイスラム世界における経済のしくみと、減価する貨幣の構想をたてたシルビオ・ゲゼルだ。

イスラム経済についての本も読んでいるが、まずは廣田裕之さんによる『シルビオ・ゲゼル入門 減価する貨幣とは何か』を読み終えた。

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お金は腐らない

シルビオ・ゲゼルは、19世紀後半から20世紀初頭を生きたドイツ人の実業家であり経済学者である。

20代で移り住んだアルゼンチンで事業を成功させつつも、インフレとデフレを繰り返して安定性を欠くアルゼンチン経済を問題視するようになり、金融問題の研究をはじめる。

1900年、38歳でヨーロッパに戻ったゲゼルは、1914年に出版された『自然的経済秩序』で、食品や衣料品、その他の物同様に、時間が経つとともにその価値が減価するお金=自由貨幣の構想を明らかにする。

なぜお金が減価する必要があるのか?

それはお金がほかの物と比べて価値の持続性という面で優位性があるからだ。時間が経てば腐って食べられなくなる食品や、きちんと管理しておかなくては劣化の可能性もあるし、そもそも保管コストがかかる品々も多いなかで、お金は時間が経ってもその価値が変わらない。

だから、たとえ同じ価値のものだったとしても、お金で持っておいた方が価値は長く保たれる。食品は余分にもってたら食べきれずに廃棄しなくてはならないだけだが、お金なら基本的にいつまででも持っておくことができる。であれば、特に直近で必要ないものは手元に持たずに必要になったときにお金で持っておいた方が得だということになる。そうであるが故に、多くのものより、人々はお金を求めることが多くなる。

さらにお金を持っていると得なことがある。

手元にお金がなければ、お金を持っている人に借りたり、労働と引き換えにお金を得たりする必要がある。借りれば利子が付くし、賃金労働はもちろん働いた労働者ほ収入にもなるが、同時に雇主の財布も潤うことになる。お金を持っていると自分で働かなくてもお金を増やせるようになる。お金が他の物より価値が減らない性格をもつために、富める者はさらに富みやすく、貧しい者はますます貧しくなる傾向が生まれやすい。経済格差が生じる根本的な要因だ。

いまから100年以上前に、そのことに気づき、その解決のためには、お金もまたほかの物同様に、時間とともに減価するデザインにしたらどうだろうかと提案したのが、ゲゼルだというわけだ。

減価する貨幣

「お金を交換手段として改良するためには、商品同様にお金を劣化させなければならない」とゲゼルは主張し、定期的に額面の何パーセントかのスタンスを貼らなくてならない貨幣の案を提示している。

この本では、わかりやすく日本円を例にして、

たとえば一万円札の場合には毎週決められた曜日になるとそのお札に額面十円のスタンプを、まな千円札の場合には額面一円のスタンプを貼らなければなりません。

と説明されている。
この例だと、週に額面の0.1%減価されていることになる。10週間経つと、一万円札は9900円分の価値に変わっているというデザインだ。

実際、ゲゼル自身が生きているあいだに減価する貨幣は実践されることはなかったが、死の直後、1932年から33年にかけて、オーストリア西部チロル地方のヴェルグルという小さな町で、ゲゼル型の減価する貨幣が導入された例があるという。

時代はまさに世界大恐慌の真っ只中。小さいながら鉄道交通の要衝として栄えていたヴェルグルの町も、大恐慌の影響を受けて、それまで町の主要産業であった鉄道、セメント、繊維などの産業のいずれも働き口が大幅に縮小して、何百人もの人が失業の憂き目にあっていた。

そうした状況で新市長のミヒャエル・ウンターグッゲンベルガーが導入したのが、労働証明書と呼ばれた地域通貨で、これがゲゼルの減価する貨幣の考え方が応用されたものだった。

新しい次になるたびに額面の100分の1のスタンプを貼らないと使えないお札が、1、5、10シリングという3つの額面で発行されたのです。

この労働証明書はスピーディーにヴェルグル町内で流通。発行した金額の5倍を超える経済効果がたった3日のあいだに生じたという。

町役場はこの地域通貨を使い、道路や学校の補修、建設などの公共事業を発注。持ったままだと減価するし、地域通貨内のみでしか使えないので、発注を受けた業者も地域内の労働者に仕事を与えて、同じ地域通貨で給与の支払いをすれば、収入を地域通貨の形で得た労働者も、町の商店や農家で買い物をする。誰もが持っていれば減価するだけなので貯蓄しようとせずに、どんどん使うから、あっという間に町の経済は回復したという。

コロナ禍の助成金などもこうしたゲゼル型の通貨が使えれば、貯蓄に回されることなく、市場にお金が回ったのだろうなと思ったりする。

地域・地方の経済圏のインフラとして

このヴェルグルの町での例のように、地域内の経済を活性化するためのツールとして、ゲゼル型の減価する貨幣の可能性を感じる。

もちろん、いまなら紙幣にスタンプなんて貼らなくてよい。スマホで使えるデジタル通貨としてデザインすれば、減価の管理も、流通も簡単だ。

実際、すでにピースコインなどのインフラサービスもある。

前に紹介した『人口減少社会のデザイン』で、著者の広井良典さんは、こんなことを書いていた。

”次のS字カーブ”があるとすれば、それは①高齢化の中でその規模が急速に拡大している福祉・医療(ないしケア)、②様々な対人サービス、③自然エネルギーなどを含む環境関連分野、④文化、⑤まちづくりやデザイン、⑥農業等の領域であるだろう。
そして、読者は気づかれたと思うが、いま指摘したような領域は、実はいずれも一定の「場所」や「コミュニティ」に根ざした基本的に「ローカル」な性格のものであり、つまりこれからの時代は、経済構造の変化という点からも「ローカライゼーション」が進んでいく時代なのだ。

このローカライゼーション、あるいは広井さんが地方分散型と呼ぶ社会システムのシフトを実現しようとすれば、いかに地域内、地方内での経済圏をある程度、独立した形で維持できるようにするかは重要な課題となる。その際、従来型の「富める者はますます富む」かたちの貨幣をベースにしていたら、経済的にも力のある東京にはかなわず、一極集中は変わらない。東京あるいは海外の都市、そして、グローバル企業に、利子や利益という形でお金を奪われないようにするためには、地域内でお金を回した方が有利な仕組みをつくる必要があるだろう。

ようするに、これも前に紹介した『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』で、岸本聡子さんが助成金してくれたヨーロッパを中心としたミュニシパリズム=自治主義の基盤となる仕組みとして、ゲゼル型の減価する貨幣はインフラとして相性がよいはずだ。もちろん、ミュニシパリズムのひとつの鍵ともなる労働協同組合の設立や運営においても。

当然ながら、この新しい地域内経済は、サーキュラーエコノミーを基本として資源や商品の地産地消を目指すことになる。カーボンフットプリントの減少も図れるだろう。

このような観点から、新しい経済・社会のデザインを考える直してみることが、とても重要なことだなと思っている。今後も引き続き、新しいお金のデザインについて考えていきたい。



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