楕円の島
岡山県に長島という、小さな島がある。
ハンセン病の療養施設「長島愛生園」があり、明治時代から平成初期まで続いた国の強制隔離の実態を、今に伝えている。
年に数回、岡山の実家に帰省するたびに島まで足を運び、お目当ての喫茶店「さざなみハウス」で過ごす。
さざなみハウスは島の総合案内所の一角にあり、窓から瀬戸内海を一望できる。ちょうど冬は牡蠣のシーズンでもあり、水面には「牡蠣筏(いかだ)」が浮かぶ。
水平線の先まで何も見えない大海とちがい、瀬戸内海は大小いくつもの島々が、視線の奥まで重なって見える。
この日は天気が悪かったこともあり、いつもは見える島がどこかへ行ってしまい、まるで太平洋に航海にでているような眺めだった。
ここに来たら、店主の鑓屋(やりや)さんと世間話をするのがいつもの楽しみだ。
さざなみハウスは喫茶店であるが、ハンセン病の歴史を伝える資料や、患者さんがつくった絵画作品が、店内にいくつも置いてある。
ハンセン病の歴史を学びに、日本全国から人が訪れることもめずらしくない。
昨年はシンガーソングライターの寺尾紗穂さんがコンサートをされて、大盛況だったらしい。
寺尾さんは社会問題をテーマに歌をつくられることもあり、ライターとしても活躍されている。
コンサートの様子や裏話を興味深くうかがった。
この『楕円の夢』という曲の歌詞がとてもいい。
「楕円」は、きれいなまん丸の円とはことなり、一つの中心が定まらない形をしている。
それが世の中の複雑さや多面さの比喩となっているのだ。
長島の隔離政策も、今では国の過ちだったとされているが、始まった当初は最善策として受け入れられていた。その中心で政策を進めた一人であり、長島愛生園の初代園長の光田健輔(1876-1964)は文化勲章も受賞している。
何か問題が起こったときに、その問題をどう解決するかを「AかBか」の二項対立で論じたり、問題の責任を「あいつが悪い!」と誰かに押し付けて、敵をつくるのはかんたんだ。
でも、「本当はBがいいけど、Aじゃないと生きていけない、しかたない」と、嫌々ある決定方針に従ったり、「あいつが悪い」と言いながら、実は責任の一端が自分にもあるうしろめたさを隠し持っていることもあると思う。
長島のハンセン病の歴史も、「光田が悪い」と言うのはかんたんではあるが、当時は社会全体でハンセン病への理解がなく、偏見や差別もすさまじかった背景もある。
長島に来ると、傍観者として過去にこの島であったことを学ぶだけではなく、人ってあいまいでどうしようもないなあと、感じるようになる。まさに楕円だ。
矛盾に引き裂かれ、割り切れないモヤモヤを抱え、モヤモヤしたまま楕円のごとく生きていく人間。ああ哀れ哉。という話を鑓屋さんとひとしきりして店をあとにした。
長島にいて、海を見ていると、モヤモヤしていてもいいんだと思わせてくれるから不思議だ。
またモヤモヤしに来よう。
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