見出し画像

初めて一人で飛行機に乗った

私の地元・岡山県には「日本で最初に空を飛ぼうとした」と言い伝えられている先人がいる。

浮田幸吉という江戸時代にいた人物で、木を組んで紙を貼った自作の羽を背中に、岡山城にほど近い橋から飛ぼうと試みたらしい。

空を飛ぶ、という行為は、人間の身体では不可能である。

同郷の先人は壮大な夢を求めて飛ぼうと試みたのか、もしくはそれなりにお騒がせで目立ちたがりだったのかもしれない。ちなみに、飛ぼうとしたものの残念ながらすぐに落下したらしい。

それから200年以上経ち、人間は空を自由に飛ぶようになった。

空を飛びたい願いが形になった、飛行機によって。

その飛行機に、久しぶりに乗った。



行き先は熊本。仕事で行ってきた。

別の仲間は、一日早く別の便で前入りし、帰りも別の便だった。

人生で初めて、一人で飛行機に乗った。

これまで飛行機に乗ったことはあるが、数えるほどしかないし、家族や友人、あるいは仕事の関係者が一緒だった。

一人で電車に初めて乗ったとき、それなりに緊張したはずだけど、いつだったか、どんな目的だったか、まったく覚えていない。たぶん小学生の頃だったと思う。

一人で初めて新幹線に乗ったのは高校生の時だったと思う。東京へお年玉で旅行した。

初めての一人飛行機は、30歳のこのタイミングで訪れた。



朝早くにもかかわらず、羽田の広いフロアには人がごった返していた。どうやら天候不良による遅延が重なり、乗るのを待つ人で溢れかえっていたようだった。

不慣れなことが多すぎて、搭乗券を買うのにもあたふたしてしまったが、空港職員さんが丁寧に対応してくれた。

保安検査場の列に並んでいると、横を子どもが叫びながら走り去り、その母親が後を追いながら叱っていた。

分かる。空港は叫びたくなる。30歳の私も。

それくらい、胸が躍る場所である。



乗ったのはボーイング737型という機種で、真ん中に通路が一本あり、その両側にシートが3列あった。

行きの飛行機は朝早かったこともあり、3列シートの真ん中の席で、ぐっすりと寝てしまった。

「天候次第では福岡空港に着陸するかもしれない」という条件付きのフライトで、そこだけが不安だったが、目が覚めたら熊本空港に向けて着陸態勢に入っていたので安心した。

風に揺られ上下しながら、窓の外の下側に建物やら道路やら見えてきた。

やがて管制塔と滑走路が見えかと思うと、ドンっという衝撃音とともに、機体が大きく揺れた。思わず拍手をしたくなった。



一泊二日で熊本での仕事を終え、帰路についた。

熊本空港はリニューアルされたばかりなのか、とても清潔感があり、広々としたつくりになっていた。

保安検査場を抜けた先に、イートインスペースやらお土産売り場やら、とても充実していた。搭乗までの数時間、仕事をしたり、お土産を見て回ったりと、退屈せずに過ごすことができた。


帰りの飛行機は寝ずに機内で過ごすことにした。

離陸の時、エンジンの音が数段階一気に大きくうなり、体が後方に持っていかれそうになる、あの瞬間にとても興奮する。

地面を離れ、足元がフワッとした。

電車のようにレールもなければ、車のように道があるわけでもなく、ただただ夜の闇へ飛んでいく。

地上の灯りが遠ざかっていくのが見えた時、日常を置き去りにしてどこかへ連れてってくれるのではないかと、思わず期待したくなった。



やがて、飛行機は私が住む東京に降り立った。

定刻よりも20分ほど遅れての到着となり、そのせいか空港の端の方にある飛行機の駐車場のような場所で降ろされ、バスに乗ってターミナルビルまで向かった。

窓の外では、空港で働く人の姿が見えた。

荷物が載っているであろうコンテナを列車のような車で運んでいる人。

降り立った飛行機を誘導する人。

燃料を入れている人。

めったに飛行機に乗らない私にとっては飛行機は束の間の非日常だが、ここで働いている人たちにとってはこれが日常である。

誰かの非日常は、誰かの日常の行いに支えられている。



空港には色んな人の色んな人生の場面が行き交う。

「白い恋人」を片手に楽しそうにモノレールの乗り場へ向かうカップル。

スポーツバッグを重そうに肩にかける、同じジャージ姿の集団。

小さな子供がいる家族連れをむかえる、初老の夫婦。

みんな空を飛んで、ここにやって来た人たちだ。

この景色を、200年前に岡山で空を飛ぼうとした人が見たらどう思うだろう。



これから先、もしも飛行機に乗る機会が今よりも増えたら、もう飽きてしまうのかもしれない。

だけど、30歳にしてはじめて一人で飛行機に乗った今回のことは、忘れないだろうし、忘れないでいたい。

そんなことを思って、書いてみた。



追記(2024/2/29)

これを書いた数日後、ANAの職員さんからツイッターでDMをいただきました。

書いてよかった。

自分の思い出の記録として書いたもので、誰かと通じ合えた。

うれしいです。ありがとうございます。




この記事が参加している募集

旅のフォトアルバム

いただいたご支援は、よりおもしろい企画をつくるために使わせていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。