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火か光か

どもども!木下です^^ 今日もお疲れ様です。

突然ですが、皆さんはマイケル・ファラデーの『ロウソクの科学』って知ってますか?

私の大学の先生方がマイケル・ファラデーが好きな方が多かったので、何かの時にこの『ロウソクの科学』を読んだことがあったんですよ。読んでみると中々面白い本だなって感心しました。(『ロウソクの科学』はイギリスの科学者マイケル・ファラデーによって1861年に出版された書籍。)

細かい内容は忘れてしまったんですが、なんかすごく印象に残った部分がありましてね。それは、確か。ファラデーさんがダイヤモンドと蝋燭について自身の講演会で語る部分があるんですが…。面白い部分なので、その本からちょっと引用しますと…。

『ダイヤモンドの光は、炎にてらされて輝くまでは、何ものでもありません。ロウソクは、ひとりでみずからのために輝やき、また、ロウソクをつくった人のために輝やくのであります』

ってありまして…。中々深いことを言っている気がしませんか?

『ダイヤモンドは光がなければ輝けない。しかし、蝋燭は独りでに輝く。』私はこの部分が特に印象に残っていまして。100円ぐらいで沢山買える蝋燭って明らかにダイヤモンドよりも価値なんてない。って判断されるでしょうし、事実その希少性はダイヤモンドの足元にも及ばない事は確実なんですが。科学史上で超有名なマイケル・ファラデーさんはダイヤモンドよりも蝋燭を取るんですよね。

皆さんは、なんでだかわかりますか??


私は、希少性によって引き起こされるモノの価値よりも、現象的に摩訶不思議で美しく。本質的に価値のあるもの…。光を与えられなくても独りでに輝き、闇を照らす。そんな孤独でも力強い輝きの方が価値があり、意味があると言っているような気がするんですよね。

まあ、ファラデーさん自身その後、『ロウソクのように皆さんのまわりの人びとに対して光となって輝やいていただきたいということ、皆さんのあらゆる活動の中で皆さんが、皆さんとともに生きる人類に対する義務を果たすことにおいて、皆さんの行為を光栄あり、かつ効果あらしめることによって、ロウソクの美を正当化していただきたいということの希望であります。』と語るのですよね。

さらにこの部分から思うに、私は「ダイヤモンドのように希少性が高く、光で照らされて眩く輝くようなものにならなくてもいい。小さくても蝋燭の様に独りでに輝いて闇を照らす光になるべきだな」って思います。

最近では、人の価値がどうのってよく言いますけど、それはある部分では大事かも知れないのですがね。そこばかりに気を取られていると大事なところを見失うような気がしますね。

まあ、私自身ダイヤモンドの美しさがわからないほど鈍感なので、蝋燭の火ような人になりたいなって思います(笑)


てなわけで、デザイン作成作業に移らないといけないので今日は以上です^^

もし良かったら、また私の書いた記事を読んでくださいね。

ではでは!ノㇱ

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