部長に聞いてみた

医療系の研究施設で働いている。僕は短期転勤族だ。今お世話になっている事業所は6ヶ所目。次の異動先も決まっている。北海道だ。それに先だって顔見せを行うことになった。つまりは日帰り北海道の旅。はじめての北海道が日帰りになるとは思わなかったのである。

その日は始発電車に乗り込んだ。スケジュール的にはぎりぎり。おそらく向こうでの滞在時間は1時間ほど。帰宅予定も22時を過ぎる。けれども楽しみが勝っていた。

羽田空港で営業部の部長と待ち合わせた。チケットの取得から搭乗手続きまで、すべて部長が行ってくれる。ありがとうございます。僕は会社の商品だ。それをこのときほど強く実感したことはなかった。

無事に千歳空港に到着。せわしなく汽車に乗り込む。札幌駅で乗り換え。この間に駅弁を買う。部長はあいかわらず一番安いものを買っていた。僕も同じものを選ぶ。やはりおごってもらってしまった。「仕事の頑張りで返してくれよ」。どこかで聞いたセリフだが、妙に懐かしく思えた。

目的地に近い駅で降り、そこからはタクシー。20分ほどで現場に着いた。部長はネクタイを締めなおす。僕も真似して締めなおしておいた。

顔見せの1時間はあっという間だった。職業病だろうか、施設の隅々を見てしまう。とてもきれいな施設だった。それに加えていい職場とも思えた。なんとなくだ。きれいの方向性でなんとなく分かる。上長になる予定の人とも仲良くなれそうでよかった。心配ごとは無くなり、いっそう異動が楽しみになったのである。

帰りは来た道を逆戻り。千歳空港に着いた頃には暗くなっていた。正直、気は緩んでいる。さすがに部長と1日一緒だと緊張をとおり越して最後は緩んでしまう。それは部長も同じようだった。

せっかくなので聞いてみた。前々から気になっていたことがある。

会社は委託業者だ。顧客となるオーナーから代金をもらって、僕ら社員がサービスを提供する。サービス料から僕らの給料を差し引いた額が会社の利益になるわけだ。

だが僕らの給料は上がっていく。社員の平均年齢は僕よりすこし高いだけの30代前半だ。このままだと会社の利益が無くなるだろう。故にどこかで給料が上がらなくなるのかもしれない。

一方で30代で辞めていく社員も多い。その辺のバランスで会社は上手くまわっている気がする。つまり会社はある程度の年齢で辞めていく社員を見越しているのかもしれない。それが気になっていた。

部長は困った顔で答えてくれた。「その節もある」。だが別の節もあると教えてくれた。

この業界は売り手市場だ。新規開拓の営業はしていない。現状は断り営業の連続だ。それほど人手が足りていない。とはいえ経験の無い者を派遣することは出来ない。うちの会社は高品質が売りだからだ。競合と比較してもサービス料は高いが、それでも売り手市場なのだ。故に会社に必要なのは、人材を育成できる人材だ。できれば将来的にはタモツもそこを担ってほしい。

つまりはどこかで短期転勤が不可能になる。僕はこの話をそう捉えた。おそらくそれはまだ先のこと。けれども、そのとき僕はどのような判断をするのだろうか。頭によぎるのは写真のことだった。

少々不安だが、今は北海道での仕事を頑張ろう。もしかしたら永住できるかもしれないから。ここで人材を育成できる者になれればいいのである。

またひとつ部長との距離感が縮まった気がした。自宅に着いたのは予定通り22時過ぎ。僕にとっての仕事ってなんだろう。そんなことを考えながら、この日は床に就いたのである。


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