話は動き出していた

医療系の研究施設で働いている。ここでの仕事は、もっぱら"お掃除"だ。ルーチンワークで始まり、ルーチンワークで終わる。イレギュラーもほとんどない。楽しい職場だが、生きがいや何やらを仕事に求める人にとっては、地獄のようなところなのかもしれない。

出社時間は8:30。タイムカードを押すのは居室。一応デスクは用意されているが、ここでの仕事はほとんどない。朝一のミーティングも行われるが、大した連絡もない。その日の業務確認が目的だ。僕ら委託業者は2人。オーナー側も2人。2組の混成チームで現場をまわしているが、2組が重なり合う場面は極僅か。ほぼほぼ2人で持場をまわしている。

相方はお家が大好きなインドア姉さん。仕事はできる。僕はリーダーだが、どちらが上長か分からないほどだ。コミュニケーションも良好だと思う。どうなんだろう。本当のところは分からないが、たぶん大丈夫だと思う。そう思いたい。

インドア姉さんはお喋りが好きな人だった。話してくれるのはサブカルチャー的なもの。僕も基本的にはそっちの人なので、楽しませてもらっている。漫画やゲームの貸し借りも生まれた。おそらく最低限の信頼関係はできているだろう。少なくとも僕は彼女を信頼している。信頼関係を構築するのに出来ることといえば、相手を信頼するしかないと思っているからである。

朝一の作業は、前日の洗物の片づけからはじまる。それが終われば掃除だ。最初に入る部屋だけ決めてある。その後の部屋は入れる者が入る。固定の担当は決めていない。この方式だと”忘れ”を防ぐことができるからだ。

これは『油断大敵』の語源となっている一説を間借りしたものだ。京都にある延暦寺には、『不滅の法灯』と呼ばれる火種がある。これは古くから途絶えたことのない炎らしく、歴代の僧侶たちによって守られてきたそうだ。燃料となる油を継ぎ足し続けているのである。だが、この油の補充係は決まった人がいないそう。全員が注意を払い、減ったと思った人が油を補充するそうだ。この方式を採用させてもらっている。

リーダーは難しい。あの手この手で職場をいい方向にもっていかねばならない。さまざまな小手先技術は、草野球のキャプテンという名の幹事を務めていたときに得たものだ。あの経験もいいものになっている。

けれども一番に必要なものは技術ではない。『運』だと思っている。結局、性善説が成り立つ職場は上手くいっている。ひとりでも”ずる”する者がいれば、モラル崩壊を起こして上手くはいかない。ルールだけが増えていく。そしてルールの穴を見つける者とのいたちごっこが永遠と続くのだ。

僕は運が良かった。インドア姉さんは”ずる”はしない。正直にいうと退屈な職場だが、問題が起きないことには感謝しかないのである。

この職場に来て、一度もお弁当は持ってきていない。社食があるからだ。格安でランチを頂ける。味は悪くないし、量も多め。本当はゆっくり居室で食べたかったが、昼食時はオーナー会社の社員さんとのコミュニケーションの場でもある。欠席するわけにはいかない。ただでさえ接点が少なく仲良く出来ていないので、「仲良くなりたい」との意思表示のためにも社食を頂いてるというわけだ。

午後の仕事は午前中の続き。それも3時ごろには終わる。そしたら2人で洗浄室をまわすのだ。洗い物をして、明日の準備をして、廊下を掃除すれば作業は終わり。定時まで待機して、時間になったらチェックアウトだ。

こんな日が毎日続いている。だが僕は年内の異動が約束されていた。それは秘密事項だが、インドア姉さんには伝えてある。相手を信頼するとはそういうことだと思っている。仕事は力を抜いて、写真に力を入れていることも伝えた。それを聞いたインドア姉さんは笑っていた。

しばらくして営業部の部長がやってきた。僕の異動の相談である。裏では話も進んでいた。異動先となる北海道への旅立ちまで、およそ残り3ヶ月となっていた。すでにオーナー会社には伝えてあり、了承も取得済みとのこと。そしてインドア姉さんが新たなリーダーとなるらしい。補充人員の選定にも入っていて、めぼしも付いているそうだ。

いろいろと動き出していた。しかし残り3ヶ月は長い。最後まで緊張感をもってやっていけるだろうか。もっと写真も頑張りたい。分かっていても焦ってしまう。心ここにあらずだ。だが、こんなときこそ淡々と。1日1日を意識的に楽しんでいこうと思う。

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