【プロフェッショナルに聞く 第8回 後編】株式会社チャーム・ケア・コーポレーション 代表取締役兼会長 下村隆彦氏 × タミヤホーム 田宮明彦
不動産や税務、建築、労務など、さまざまなプロフェッショナルに、これまで積み重ねてこられたキャリアと実績をお聞きする「プロフェッショナルに聞く」。第8回は前回に続いて、株式会社チャーム・ケア・コーポレーションの下村隆彦様にお話を伺いました。
1年2か月に及ぶアメリカ滞在から帰国した下村様は帰国後、お祖父様から引き継いだ下村建設を経営。「ビッグよりもベストを目指す」という戦略で、バブル経済崩壊後の不況期を乗り切りました。そんな下村様は、還暦を迎えた時に大きな決断を下します。後編では、下村様が介護事業に進出した経緯や、未来への思いについてお話いただきました。
<プロフィール>
下村 隆彦氏
株式会社チャーム・ケア・コーポレーション 代表取締役会長兼社長
1943年、高知県生まれ。大阪工業大学工学部建築学科卒。1969年、祖父が経営する下村建設に入社。30歳の時、祖父から家業を継ぎ、経営者として手腕を振るう。その後、介護事業に進出。現在はチャーム・ケア・コーポレーションの代表取締役会長兼社長として、介護事業を中心に、不動産事業やAI分野への資本提携など幅広い事業を展開。
下村建設の経営に携わって30年。還暦を迎え、残された人生について考える
田宮「26歳でお祖父様が経営されていた下村建設に入社し、30歳で社長に就任された下村様は、堅実な経営で会社を守り抜いて来られました。そんな下村様が介護事業に着手しようと思ったきっかけは、どこにあったのでしょうか。」
下村様「下村建設の経営に携わるようになって30年が経ち、還暦を迎えた頃に、これまでの人生を振り返りました。やり残したことがあるような気がしたからです。このままで終わっていいのだろうか。もうひと踏ん張り、社会に貢献ができる“何か”に取り組みたい。そんな気持ちが、心の奥底からわいてきました。」
田宮「それで介護事業を?」
下村様「ちょうど時を同じくして介護保険法が改正され、民間企業が介護事業に参入できるようになったのです。私は『これだ!』と思いました。少子高齢化が進む日本では、これからますます高齢者の支援が必要になってくるだろう。ならば介護事業に参入して、社会に貢献していこうと思ったのです。」
田宮「そうだったのですね。」
下村様「ただ、妻には反対されました。『介護やろうと思うねん』と言ったら、『お父さん、何言うてんの? お父さんに介護は無理』と。『いやいや、私がやるのは、介護事業の経営だ』と反論しました。そして、『建設だろうと介護だろうと、根本にある経営の考えは同じ。お客様のニーズにいかに応えていくかだ』と、こんこんと説明しました。
田宮「奥様を説得して、介護事業でも経営の手腕を振るわれたのですね。」
下村様「どんなに素晴らしい商品でも、お客様のニーズとマッチしていなければ売れないでしょう。これは介護においても同じです。介護施設を建てるのであれば、そのエリアのニーズにマッチした品質と価格でなければなりません。」
田宮「最初に開設したのは、奈良県大和郡山市の『チャームやまとこおりやま』と聞いています。」
下村様「当初からドミナント戦略で、エリアを限定して施設を展開してきました。首都圏は東京・神奈川の1都1県、関西圏は大阪・兵庫・京都・奈良の2府2県に集中させて、『チャームプレミア』や『チャームプレミア グラン』など4つのブランドを展開しています。」
田宮「その後、東証プライム市場に上場し、誰もが知る一大企業に成長されました。」
下村様「もちろん、最初からうまくいったわけではないんですよ。銀行に相談したときも、良い返事がもらえませんでしたから。2度、3度と相談して初めて『社長、本当に介護事業がやりたいのですか?』とマジマジと私の目を見て言ってきました。『建設会社がうまくいっているのに』と。銀行は全然乗り気でなかったんです。
田宮「そうだったんですね。下村様が本気なのを知って、ようやく動いてくれたのですか。」
下村様「『その気なら、応援しましょう』と言ってくれました。その後はトントン拍子で融資が決まりました。」
2005年、チャーム・ケア・コーポレーションを設立。運を自らつかみ、事業を拡大する
田宮「バブル時代に堅実な経営を貫いたり、還暦を機に介護事業に進出されたりと、下村様は常に大きな決断を下し、成功に導いてこられました。」
下村様「これは私自身がいつも言うことなのですが、成功の鍵を握るのは“運”だと思います。ここでいう運は“ラッキー”という意味ではありません。運とは、“人に恵まれる”ということです。
田宮「人に恵まれるとは?」
下村様「自分と波長が合って、自分を信頼してくれる人と出会うことです。ただ待っているだけではだめですよ。自分を信頼してくれる人が、向こうからやってくると思ってはいけない。」
田宮「自分から“人のご縁”をつかんでいくことが大切なのですね。」
下村様「そう。西洋のことわざにも、“不幸せの神様は揉み手をしながらやって来るが、幸せの神様は素知らぬ顔して通り過ぎる”という言葉がありますから。幸せの神様を自分でつかみ取らなければなりません。
田宮「チャーム・ケア・コーポレーションを設立されてからも、下村様は幸せの神様とのご縁をたくさんつかんでこられたのでしょうか。」
下村様「2005年にチャーム・ケア・コーポレーションを設立して、12年にジャスダックに上場して、14年に首都圏に進出しましたが、常に人のご縁に恵まれてきました。特に首都圏進出時は、多くの方の力を借りましたよ。」
田宮「どのような方が支援してくださったのですか。」
下村様「まず、関西圏を拠点に介護事業を展開していた頃、全国介護付きホーム協会の常任理事に就任して、大手介護事業者とのご縁ができました。彼らに話を聞けば聞くほど、東京の介護施設は関西と比べて建物のグレードも介護の質も違うことがわかりました。」
田宮「それで東京進出を決められたのですね。」
下村様「『首都圏に出なければメジャーになれない』と思い、銀行に相談したら大手不動産会社を紹介してくれました。このご縁がつながって、東京の好立地に介護施設を建てることになりました。」
田宮「素晴らしいご縁ですね。」
下村様「当時はジャスダックに上場して間もなく、首都圏での実績もまったくありませんでした。大手不動産会社の社長はそんな私を信頼して、好立地の案件を次々と持ち込んでくれたのです。」
田宮「それはきっと、下村様ご自身が誰よりも“人のご縁”を大切にしてこられたからでは?」
下村様「結局のところ、事業も友だちづきあいも、一番大事なのは信頼関係なのだと思います。会社が大きくなれば、会社のブランド力と信用力で会社を経営していくことができるでしょう。けれど、中小企業の場合は社会の認知度が低い分、オーナーの信用力がものを言います。だからこそ、オーナーの人間力でいろいろな人と関係を構築していくことが大切なのです。」
建設業時代が第一の人生、介護事業が第二の人生。では、第三の人生は━━?
田宮「今後の展望についても、ぜひお聞かせください。」
下村様「私は今年、80歳になりました。下村建設を経営していた時代が第一の人生としたら、還暦を機に始めたチャーム・ケア・コーポレーションの経営が第二の人生です。80歳を迎えた今年からは、第三の人生を歩んでいきたいと考えています。」
田宮「まだまだ挑戦したいことがあるのですね。」
下村様「まずは、チャーム・ケア・コーポレーションの経営をより一層、盤石にしていくこと。これと並行して、社会貢献に取り組んでいくつもりです。」
田宮「具体的にどのような取り組みを考えていらっしゃるのですか。」
下村様「これまで、若手アーティストやヤングケアラーの支援などを行ってきましたが、これらの取り組みを引き続き進めていきます。加えて、スタートアップ企業の支援にも着手したいですね。基金を創設して、若く優秀な起業家を支援していくつもりです。」
田宮「下村様は本当にパワフルでいらっしゃる。」
下村様「80歳になってモチベーションが下がると思ったら、全然そんなことはなくて。やりたいことがどんどん出てくるから不思議です。」
田宮「今回、改めて下村様にお話を伺って、本当に多くのことを学ばせていただきました。下村様の生き様や志の高さ、人とのご縁を大切につむいできた姿勢など、すべてメモさせていただきました。私も下村様のように志高く生き、社会に貢献していきたいと考えています。」
下村様「世の中には、言われてもできない人がたくさんいます。逆に言えば、できる人は言わなくてもやる。田宮さんは、言われなくてもやるタイプだと思いますよ。ぜひがんばってください。」
田宮「少しでも下村様に近づけるよう、これからも精進してまいります。本日は貴重なお話をありがとうございました。」
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