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女子高生ホテルマンがぼくを救ってくれた

大学2年の頃、リゾートホテルで働いた経験がある。

働いた、といっても、当時あったインターンシップの制度を使って実習に行かせてもらったので、厳密には短期で無給だ。

期間は2週間で、大学が夏休みのお盆期間に受け入れてもらった。
つまりホテルの超繁忙期に無給で働くのだから、ホテルにとってはありがたい労働力だったろうと思う。

当時のぼくは、大学卒業後は観光業界に就職したかったため、この2週間の実習をとても楽しみにしていた。将来のために良い経験を積んでおけるし、業界を覗き見できるし良いことずくめだったのだ。

だがしかし、いざ働いてみると、実態は違った。

お盆の繁忙期はトラブルにまみれていた。アメニティが足りない、シャワーのお湯が出ない、部屋に髪の毛が落ちている、急いでいるのにホテルがチャーターしたタクシーが来ない、などなどお客様からのクレームが止まらない。

ぼくは何度もインカムで呼び出され、フロントと客室を往復した。
実習生なのにお詫びにも入った。実習先のホテルは、圧倒的に人手が足りていなかった。

そんな日々が毎日続き、ぼくはすっかり参ってしまった。
高校生の頃からうつ病も患っていたのもあり、気分はどんどん闇の中へと沈んでいった。


実習が始まって1週間が経ったある日、食堂でスタッフの女の子と一緒に昼休憩をとった。

その子はアルバイトの女子高生だが、歴が長かったのでぼくの教育係をしてくれていた。
ぼくより2つ年下なのに、その横顔はクールで頼もしく、わからないことがあれば何でも丁寧に教えてくれていたが、一緒に昼食をとるのはこの日が初めてだった。

テキトーな世間話の会話の流れで、ぼくはうつ病であることを話した。暗くならないように笑い話にしようとおどけながらカミングアウトするつもりだった。

すると、彼女はさっきまでの笑顔から一変、急に俯き、大粒の涙を流し始めたのだ。


焦るぼく。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
相手を泣かせてしまったのは、ぼくの人生ではおもちゃを取り合ってケンカした幼稚園の頃まで遡る。

「大変、だったんですね」

絞り出すように彼女が言った。
実は、と、静かにゆっくりと話し始める。

「実はわたし、前に親友を亡くしてて」

彼女は教えてくれた。
数年前に親友が自ら命を絶ったこと。
その親友も、うつと長年闘っていたこと。
自分は親友の前では無力だったこと。

ぽろぽろとまた涙がこぼれる。
休憩室の片隅、ぼくと彼女が座る机だけ時間が止まっているように思えた。

彼女は、親友のために何も出来なかったことを後悔しているようだった。

「わたし、決めました」
赤くなった目をキッと鋭くさせて彼女が言う。

「あなたがここにいる間、わたしがあなたを守ります」

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それからの1週間も、多忙な日々は続いた。
しかし、教育係の彼女が、僕の業務を常にフォローしてくれた。
クールな横顔が、とても頼もしかった。

あっという間の2週間が過ぎ、実習最終日の夜。
退勤のタイムカードを打刻したぼくに、教育係の彼女は言った。

「どうか、自分を大切にしてください。
そして悩んだ時は周りを頼って下さい」



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あの夏から10年経ち、僕はしがないサラリーマンになった。
結局観光業界には就職しなかったが、お盆の時期になるとリゾートホテルでの忙しかった日々をふと思い出す。

教育係をしてくれた彼女は今、どこで何をしているだろうか。


別れ際、彼女の最後の言葉は、ぼくだけでなく、亡き親友への言葉でもあったんだろう。

彼女の言葉を胸に抱いて、頼りないぼくは、今日も誰かを頼りながら生きている。

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