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ディズニーシーがテーマパークを完全に変えてしまった。でも、どうやって?【ここがへんだよディズニーシー②】

この記事は、『激論!朝まで東京ディズニーシー【ここがへんだよディズニーシー①】』の続きもの。
前回は、東京ディズニーシーが「世界最高」として崇められてきた事実を紐解くため、ディズニーパーク独自の概念である「テーマエリア」について分析してきた。

「テーマエリア」とは、同一のテーマに従ってデザインされた施設を寄せ集めたエリア区分であり、エリア内の全ての施設はテーマにそったストーリーを持っていた。
他方、東京ディズニーシーの誕生前夜には、特定の場所や時代をテーマにとったエリアが複数存在し、そこでは施設同士のネットワークが一つの物語を織りなしていた。

この記事ではいよいよ、東京ディズニーシーがいかにして「完成」されたかを見ていく。


Did DisneySea Change EVERYTHING?

ここで一つの疑問がある。
こうしたエリアが既に存在したのなら、何故、東京ディズニーシーだけがもてはやされるのだろう?

その理由を、私は次のように分析する。

  1. 施設同士の関連付けを高い質で行ったこと

  2. 施設同士の関連付けに中心が存在しないこと

  3. すべてのエリアにおいて施設同士の関連付けが行われたこと

このうちの特に1と2を、以下の2つの例とともに検証していきたい。

蠢く欲望と政治を感じるか

施設間のつながりがわかりやすいのは特に、アメリカンウォーターフロントやメディテレーニアンハーバーといった都市をモデルにしたエリアであると思われる。というのも、各施設にはストーリー上で個別の所有者が仮想されており、それぞれの所有者は協力関係または敵対関係にあるからである。

アメリカンウォーターフロントは二つのサブエリアに分けられるが、うち一つは20世紀初頭のニューヨーク港をテーマにしている。このエリアで最も大きな影響を持つのは船舶会社「U.S.スチームシップ・カンパニー」であろう。豪華客船S.S.コロンビア号を所有するのが他でもない同社であり、エンディコット家による一族経営の下にあるという設定になっている。コロンビア号内にはコース料理のレストラン、ラウンジ、アトラクションがあり、いずれも同社の所有する施設という設定だ。また、同社の倉庫を改装したレストランとして「ドックサイドダイナー」も存在する。同社は「マグダックス・デパートメントストア」に広告を貼り出しており、この店は、「ディズニーシー・エレクトリックレールウェイ」の駅舎に広告を出している。他にもエンディコット家の名が見られる施設として、「ニューヨーク・グローブ通信」の社屋が再現された場所がある。

アメリカンウォーターフロント
左:ドックサイドダイナー
右:S.S.コロンビア号

エンディコット家と敵対した家系として、エリア内にはハイタワー家が登場する。ハリソン・ハイタワー三世が建設したホテル・ハイタワーは、アトラクション「タワー・オブ・テラー」の舞台ということになっている。ホテルの向かいにはウォーターフロント・パークという公園が整備されているが、そこのマンホールにはニューヨーク市水道局の名が見られる。「タワー・オブ・テラー」横のトイレは同局の事務所という設定だからだろう。さらに、「タワー・オブ・テラー」のツアーと「トイ・ストーリー・マニア!」の出し物は、同じオーソリティが窓口となってチケットを発券している背景もある。

アメリカンウォーターフロント
左:タワー・オブ・テラー
右:ドックサイドダイナー

両家が一切関係しないストーリーとして「ニューヨーク・デリ」や「レストラン櫻」がある。前者はさまざまな移民が展開した店舗を接収してダイニングを広げた……という設定のデリカテッセンで、レストラン内の内装が部屋ごとにがらりと変化するのが特徴だ。食事を載せるトレーは広告スペースとなっており、アメリカンウォーターフロント企業の名前がかず多く見られ、各企業の店舗が実際にエリア内に構えている。後者は日系移民が魚市場を改装して作った和洋折衷料理のレストランである。周辺には世界中の移民の名字を冠したフードサービス施設が立ち並んでいるが、「レストラン櫻」はその代表格なのだ。

アメリカンウォーターフロント
レストラン櫻

以上のように、アメリカンウォーターフロントのストーリーには、人物ドラマや技術革新、そして財界サスペンスと移民の物語といった複数の物語が含まれる。ただし、それらのすべてが直接語られることはほとんどないことに注意されたい。それらは、「各施設のインテリアの中に登場する架空の法人・個人がどのように登場しているか」という形式でさりげなく示されるのである。「ドックサイドダイナー」の舞台である倉庫の礎石から、「U.S.スチームシップ・カンパニー」の所有者がエンディコット家であることが理解できる。更に同じ名前が「ニューヨーク・グローブ通信」にも登場していることがわかる……といった具合に、エンディコット家は主役または脇役として様々な施設に登場し、ストーリーは広がっていく(①高い質)。
また、東京ディズニーシーの“凝ったストーリー”の代名詞といえば「タワー・オブ・テラー」だが、それは即座に「タワー・オブ・テラーに乗ればアメリカンウォーターフロントのことがまるわかり」となることを意味しない。このエリアに渦巻く陰謀を理解するためにはむしろ、各レストランやアトラクションで具に情報を集め、コーネリアス家やハイタワー家をはじめとした多数の家系を整理しなければならないのである(②中心が存在しない)。

“N”の一文字が世界を変えてしまった

アメリカンウォーターフロントの例では、言語化された広告やストーリーから、各施設の結びつきを証明できた。しかし、東京ディズニーシーにはそうではない事例も存在する。

その代表例がミステリアスアイランドである。ミステリアスアイランドはSF作家ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万里』『神秘の島』を原作としつつ、ウォルト・ディズニー製作の映画『海底2万マイル』にも強く影響を受けているエリア。舞台は「南太平洋に浮かぶ火山島」であり、ゲストの立ち入れるエリアとしては、カルデラの内側にかけられた鉄橋と洞窟が二、三あるのみである。こう聞くとショボいが、これこそがこのエリア最大の魅力とも言える。つまり、このエリア内からは他のすべてのエリアが視認不可能であり、しかも環境音には海鳥の鳴き声と並みの音が選ばれているから、ゲストはあたかも自分が孤島に置き去りにされたように感じるのである。
アトラクション「海底2万マイル」「センター・オブ・ジ・アース」は、どちらも天才科学者ネモ船長が主宰する調査旅行という体裁である。「ヴォルケイニア・レストラン」は発電施設と研究員の食事処を兼ねているのだが、どちらも地熱エネルギーの活用を試みている点で共通項がある。土産屋「ノーチラス・ギフト」と軽食店「ノーチラス・ギャレー」は、ネモ船長の最高傑作である潜水艦ノーチラスに関連づけられている。

ミステリアスアイランド

さて、「海底2万マイル」には「センター・オブ・ジ・アース」に登場するダイナモ発電機の設計図があり、ノーチラス号内に持ち込まれる食料の栽培施設も見られる。一方、「センター・オブ・ジ・アース」のノートでは、ネモ船長が海底調査に言及している。また、海底と地底を調査する彼の次の興味は空にあるようで、飛行船の模型や設計図が見られる。この飛行船はどうやら島内の発着場から飛び立っているらしく、ミステリアスアイランドの床面にはタイヤの擦れた跡が残っている。「ヴォルケイニア・レストラン」の発電施設から伸びる電線は各施設に接続されており、青色のコイルを備えた無線送電対応型照明が、島の至る所で見られる。
こうしたつながりは瑣末なものだが、何より、これらすべての施設には共通して「Nマーク」と呼ばれる紋章が見られ、同じ人物が所有する施設であることが示唆されているのだ。

ミステリアスアイランド
Nマーク

ミステリアスアイランドのストーリーを見てみると、それらが直接的にストーリーを引用しあっている例は稀である。しかし、重要なのはネモ船長という個人が全ての施設を管轄(そしておそらく設計)しているという設定の存在である。これにより、各施設は全く同じ紋章を掲げ、全く同じ装飾を纏い、互いに視覚的特徴を引用しあっている(①高い質)。
全ての施設にネモ船長という人物が登場する点から「彼がこのエリアのハブになっているのでは?」と考える読者もいるかもしれない。ところが、ネモ(Nemo)がラテン語でNobody「誰でもない」ことを意味するように、彼の人柄や謎めいた目的は決して明らかにされることなく、しかし全ての施設を巡ることでなんとなく推察できるようになっているのである(②中心が存在しない)。

余談だが、“10 Reasons Tokyo DisneySea Is Disney’s Best Park"「東京ディズニーシーがディズニーの最も優れたパークである10の理由」では、第10位に「ミステリアスアイランド」がランクインしている。

You may think putting this at the top of the article is a way to avoid burying the lede by putting this at #1. Quite the contrary. Almost every Disney fan who yearns for a visit to Tokyo DisneySea cites Mysterious Island as their top reason for wanting to visit.

ミステリアスアイランドを記事の最初に置いたのは、これを最初に置くことで本当の理由のネタバレを避けるためだと思うかもしれない。全く逆だ。東京ディズニーシーに憧れるディズニーファンのほとんどが、行きたい理由として真っ先にミステリアスアイランドを挙げている。

10 Reasons Tokyo DisneySea Is Disney's Best Park - Disney Tourist Blog(訳はDeepLによるものを筆者が修正)

ミステリアスアイランドはディズニーシーのエリアのうちの単なる一つに過ぎない。逆説的に言えば、一つのエリアの質の高さが、東京ディズニーシーを“Disney's Best Park"たらしめているのだ。

ディズニーシーとは「共謀関係」または「循環参照」である

ディズニーは東京ディズニーシー以前にも、一つのエリア内の複数施設を共通のストーリーで束ねようと試みていた。ただし、これらはあくまでひとつのストーリーラインが存在せず共通の場だけが提供されたケース(「ウエスタンランド」)や、特定の施設が中心となってストーリーが複数の施設へと展開されるハブ型のエリアであった(「フロンティアランド」「クリッターカントリー」「トゥーンタウン」)。
前者はストーリーのつながりがあるとは言い難いし、後者は一つのアトラクションがクローズすることでテーマエリアがテーマエリアとして成立しなくなってしまう。

他方、東京ディズニーシーが異なっていたのは、こうしたつながりを高い品質で保ったこと、言い換えれば綿密かつ多層的に引用しあったことである。また、それにより複数の施設同士がネットワークを形成しており、「中心的」な施設こそ存在すれど、「中心」を定義するのが困難である点である。

「タワー・オブ・テラー」はミステリアスでエリア全体を巻き込む物語が人気だが、アメリカンウォーターフロントのすべてを語っているわけではない。実はむしろ何も説明されておらず、謎が謎を呼ぶばかりである。
「センター・オブ・ジ・アース」に乗らねば「海底2万マイル」のネモ船長は理解できないが、ネモ船長の本業は地底探検ではなく海底探検である。それぞれの施設は互いに互いを引用し合い、そのことによって両者の施設は謎を抱えている。
これこそ、ディズニーシーの「共謀関係」または「循環参照」なのである。

その後のディズニーパーク

東京ディズニーシーが実現したのは、①高い質で、②中心の存在しないストーリーのネットワークを、③すべてのエリアに築き上げるということだ。こうした素地が、東京ディズニーシーの各施設を魅力的にし、「世界最高のテーマパーク」たらしめていたのではないだろうか。

このようなストーリーのネットワークが存在するのは、他のディズニーパークを見ても、非常に珍しいと言えるだろう……否、厳密に言えば、「珍しかった」と言える。

というのも、東京ディズニーシーの開園以後、世界各地のディズニーランドではトレンドの変化が見られるからだ。つまり、抽象的な概念「トゥモロー(未来)」「ファンタジー(御伽噺)」などを扱うエリアよりも、特定の映画をテーマにした画一的で具体的なストーリーネットワークを持つエリアを優先的に作りはじめたのだ。
そのムーブメントは現在も加熱し続けており、2019年以降は「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」や「アベンジャーズ・キャンパス」等の大規模エリアが現れた。ご存知の通り、東京ディズニーランドも2020年にファンタジーランドの一部を拡張し、通称「美女と野獣エリア」をオープンしたのである。これらはいずれも、特定の映画または映画シリーズの世界をまるごと再現したものであり、施設間のストーリーネットワークは映画内でのそれに対応している。

ファンタジーランド
『美女と野獣』をテーマにしたミニエリア

サービススケープ

さてここで、非常に根本的な視点の転換を行なってみよう。すなわち、ディズニーシーをストーリーではなく、サービスの側面から見るという転換である。

視点を変えると、そこには一つの問題が見えてくる。
これまでに見てきたように、東京ディズニーシーは他に類を見ない密度の高いストーリーのネットワークを築き上げている。しかし、よく考えたら……「ストーリーのネットが緻密だからといって、ベストなテーマパークになるとは限らない」のではなかろうか?

ディズニーテーマパークは、ディズニーという映画会社が作っている以上、映画的な演出や発想が盛り込まれている。しかし、映画とテーマパークの最大の違いは、映画は物語を伝えるが、テーマパークはあくまで遊園地であるということだ。ディズニーの創り上げる物語は、遊園地のサービスにどのようにかかわっているのだろうか?

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