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怪物vsハナミズ星人/冒頭試し読み


5月19日(日)文学フリマ東京38に参加します。文学フリマ東京の詳細については、こちらのリンクからご確認ください。


さて、当日販売する同人誌は2冊です。

そのうちの一冊、『テレパシーはいらない』に収録されている「怪物vsハナミズ星人」冒頭を無料公開します。


それでは、どうぞ〜。



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『怪物vsハナミズ星人』


僕の父さんと母さんの話をしよう。

ふたりは北国の小さな田舎町で生まれ、それぞれ十八で故郷を飛び出し、その数年後、そこから遠く離れた都会の町で出会った。父さんが二十一歳、母さんが十九歳の時のことだ。

母さんはその頃、にぎやかしい町の片隅にひっそりと佇む、古びた喫茶店のウェイトレスとして働いていた。いや、訂正。その喫茶店でいちばんかわいいウェイトレスとして働いていた。そして、その店にウェイトレスは母さんしかいなかった。

父さんはその喫茶店の近所に住む三文小説書きで、原稿に煮詰まるたび、その店のドアを叩いた。理由は三つある。ひとつは、その喫茶店のアイスコーヒーがべらぼうに安かったから(美味しかったから、ではない。念のため)。もうひとつは、その店のマスターがコーヒー一杯で朝から晩まで粘る父さんのような客にも寛大だったから(母さん曰く、マスターはその時すでに高齢で、一日の大半の時間、夢の世界を散歩していた)。そして、繰り返しになるがその喫茶店でいちばんかわいいウェイトレスだった母さんに、一目惚れしたからだ。

父さんは口数が多い男ではなかった。良く言えば寡黙、悪く言えば口下手で、少なくとも、同年代の女性に魅力的な異性でなかったことは確かだ。注文ひとつとってもメニューを指差すだけ、会計ひとつとっても小銭を差し出すだけといった有様で、恋のアプローチなどできるわけがなかった。

そこで父さんはある日、母さんに一冊の本を手渡した。月を放浪する少年が一人の少女と出会い、恋に落ちて旅を終えるまでの物語で、つまりそれは、母さんへの思いの丈を綴った熱烈なラブレターだった。正直言って、正気の沙汰とは思えない。売れないフォークシンガーが、ろくに話したこともない女性に自作のラブソングを送りつけるようなものじゃないか。滑稽を通り越して、哀れだ。悲劇だ。絶望だ。

ところがどっこいその本は、予想に反して父さんに様々な贈り物をもたらした。めぼしいものを何点かあげるなら、例えば幾ばくかの売り上げ。名誉だったり不名誉だったりする、いくつかの賞。そして、母さんの愛だ。それは若いふたりが質素な結婚式を挙げ、つつましくも幸福な生活を始めるには、十分なプレゼントだった。

ふたりが故郷を後にして十回目の夏、神様はもうひとつのプレゼントをふたりに与えた。母さんのお腹に新しい命が宿ったのだ。それが、僕だ。

僕はその七ヵ月後、母さんのへその緒が首にからみつくという災難に見舞われながらも、奇跡の生命力でどうにか産道からの脱出に成功した。母さんは言う。あんたは生まれた時から、挨拶だけはしっかりできていたって。僕は、僕が生まれたその病院で、誰よりもいちばん大きな声で世界にはじめましてを泣き叫んだそうだ。

ただし、その挨拶は同時に、父さんへのさようならにもなった。あまりのうれしさから、生まれて始めて雄叫びを上げた父さんは、その勢いで脳の血管が破れて死んでしまった。僕がこの世界に向かって産声を上げた、わずか七秒後のことだった。

父さんが死んで、そのついでに喫茶店のマスターも死んだ。母さんは店を辞め、僕を連れて実に十一年ぶりに生まれ故郷の土を踏んだ。それがこの町だ。

それからさらに十年、たくさんの出来事が母さんの前を通り過ぎた。それは母さんの父さんや、母さんの母さんの死であったり、父さんによく似た男の人との淡いロマンスだったりした。しかしそれでも、ラブレターを受け取ったあの日から今に至るまで、母さんの愛する人は父さん一人であり続けた。

母さんはよく、父さんの死を僕にこんな風に語ってくれる。父さんは、階段を上りきったのだ、と。

「地球上には数え切れないほどの人達が生まれて、その数だけ死んでいくけれど、生きている間は誰もが天国への階段を上らされているの。けれど神様はとっても意地が悪いから、頂上の景色なんか見せない内に自分のそばに連れていっちゃうのよ。ひどいでしょう。けどね、神様の目を盗むのがうまい人達は、こっそり階段を上りきってしまうのよ。父さんは無口なのがよかったんでしょうね。でも、最後の最後で気づかれちゃったのが父さんらしいわ。あの人って詰めが甘いから。」

父さんの話をする母さんは、いつも少女の瞳をしている。それを言うと母さんは、こう返す。

「母さんの話をする父さんの目も、いつだって少年のままだったのよ」

死んだその時まで少年であり続けた父さん。父さんは、人生の終わりにどんな風景を見たんだろう。無口な父さんが、思わず声を上げてしまうくらいだ。さぞ美しかったに違いない。

ここでようやく、僕の話をひとつ。父さんの血だろうか。僕は人よりおしゃべりが苦手だ。正確に言うと、家の外でのおしゃべりが苦手だ。付け加えるなら、家での僕はとってもおしゃべりだ。

家で生まれた言葉達はすらすらと、首都高を駆けるタクシーみたいに、喉を通り抜けて外へ飛び出す。たまに、トラクターみたいな重機とか、ちょろQみたいなおもちゃとか、およそ首都高には似合いもしない乗り物も飛び出す。それを見て、母さんが笑う。母さんの笑顔がうれしくて、僕はますますおしゃべりになる。しかしどうだろう。学校へ登校した瞬間、僕は途端に貝になる。

話したいことはたくさんあった。けれど言葉達は、渋滞よろしく喉を徐行し、歯の裏でつっかえ、逆流したあげくにどこかへいってしまう。みんなは、いつまで経っても口をパクつかせている僕を見て、気味悪そうに僕から離れる。それを見ると僕は、とても悲しい気持ちになり、次に腹立たしい気持ちになった。ちくしょう言葉、僕を裏切ったな。お前達のご機嫌なドライブ、いつも誰が面倒みてるっていうんだ。お礼も言わず、僕の前から消え去って。

いや、それにしたって不可解なのは、消えたお前達の行方だ。僕のどこから抜け出して、どこへ行ってしまったと言うんだよ。それを聞くと、母さんは笑ってこう答えた。

「あんたのお尻の穴に決まっているでしょ。おなかのガスと一緒に、ぷーぷーお尻から飛び出して、あんたが鼻から吸ってるの。わかったらお肉ばっかり食べてないで、目の前のサラダを片付けてちょうだい。食物繊維は腸にもいいんだから」

さて、僕の話をもうひとつ。僕は体の中に、ハナミズ星人を飼っている。




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無料公開部分はここまでです。


いやらしい切り方しちゃってすいません!!!


続きが気になる方は、文学フリマ東京38 ブース:第一展示場Z01〜02(出店名:ミモザブックス)にて、こざわたまこの同人誌『テレパシーはいらない』をお買い求めくださいませ……!


テレパシーはいらない/書影


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