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一歳児が車のオーナーになった話

「お土産買ってきたわよ」

と義母が我が家に着くなり言った。ばあばが大好きな1歳9ヶ月の息子は、ばあばの膝にちょこなんと乗っかり、鞄から出てくる手のひらサイズの小さな箱に目を見張った。SUBARUのフォレスターである。非売品のキャンペーン商品だ。悪路走行を演出する紙製の坂道コースまでついている。箱には「登る!止まる!」と誇らしげに書いてあった。

「チョロQですか、ありがとうございます」と義母にお礼を言うと、「違うのよ、チョロQじゃなくてプルバックカーって言うのよ」と返ってきた。チョロQは商標登録で、チョロQ以外のゼンマイ式のミニカーはプルバックカーというらしい。リサイクルショップで500円で調達してきたと、義母は自慢げだった。

これまでミニカーは買ってあげていたのだが、現物の車模型に近い、精巧なタイプで、ゼンマイ式のミニカーはまだ買い与えていなかった。理由は、一台2000、3000円と想像以上に高かったからである。我々夫婦はチョロQ、プルバックカーの高級さに若干引いて、二の足を踏んでいた。

息子は興味津々で、早く箱を開けろとソワソワしていた。何か特別なモノをもらえることが分かって、目がキラキラする子供の姿は不思議な美しさがある。

義母が「ほら、ブーブだよ」と箱からフォレスターを取り出し、床にタイヤを擦り付け、勢いよく前に発進させた。ギューンとひとりでに走っていく車を見た息子は大興奮で、目を白黒させ、何も言わなかった。

すると僕にもやらせて欲しいと、前のめりになってフォレスターを追っていく。小さな手で車を捕まえて、大人の真似をして、床にタイヤを擦りつけ、パッと手を離した。フォレスターは走っていく。息子は歓声を上げた。

もう一回!と車を追っては捕まえて、床に擦り付け発進させ、車が走っていく姿を「ほーう!」と歓喜の声で見守っていた。三度、四度と同じことを繰り返し、車が走るたびに可愛らしい声をあげて喜んだ。床に四つん這いになって車が走るのを観察している。

車が走るたびに歓声を上げる姿があまりに可愛かったので、私は動画を撮ろうとスマホを探した。フォレスターが走るゼンマイの音がリビングに何度も響く。

さあ動画を撮ろうとすると、もう息子は歓声を上げず、初めて車を走らせた感動の姿を記録に残すことは叶わなかった。そういうもんだな、と私は少し寂しくなり、息子がフォレスターを走らせて「ほーう!」と喜ぶ姿が、私の記憶にいつまでも残ってほしいと願った。

息子の今の1番のお気に入りは、このフォレスターになって、家にいる時は常に手に持っている。「ちょうだいな」と手を差し出してみても、首を横に振って逃げいてく。これば僕のものだぞっと、笑って走っていくのだ。無理矢理奪おうとするものなら泣いて猛抗議をしてくる。

小さな片手で握りしめ、自分の体にタイヤを擦り付けたりして、一度手にしたらなかなか離さない。寝る時も離さず、寝室に持ち込み、部屋を暗くしても眠りに落ちるまでフォレスターを見つめている。こんなに気に入ってくれるならば、もっと早く買ってあげれば良かったと思った。

息子が成長し、車を運転するようになったら、「あなたが初めて手にした車はSUBARUのフォレスターだった」と教えてあげたい。息子が自分のモノとして、ずっと側に置いておこうと、初めてモノにこだわった大切な記憶として。

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