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感情の取捨


 この惑星は争いで満ちている。もう何千年も前から争いが世界から消えた日は存在しない。指導者は口をそろえて「平和」というが誰も完璧に実現できるなんて思っていない。裁判所なんていかにも「平和」な顔をして人を言葉や文書で裁いているが、そもそも裁判所自体が争いの象徴みたいなものだ。だから人々はせめて自分の周りだけでも争いが起こらないように毎日神経をすり減らして暮らしている。だが確かに皆どこかで世界の平和を望んでいるのも事実である。


 そんなある日、世界に衝撃が走った。神と名乗る存在から全人類の脳に直接メッセージが送られてきた。その内容は、この世界は昔から負の感情が渦巻きすぎているので、今から一週間後に「負の感情という存在事態をなくすか、否か」という投票を行い、多数派の意思を尊重するというものだ。メッセージが終わるや否や、世界はもう大混乱の渦に巻き込まれた。誰も神を疑うものはいなかった。全人類に一度に干渉できる存在などもう神と称するほか無かったからである。テレビや新聞などのメディアは連日この題材を取り上げ、専門家による討論会や巷での調査、指導者による演説など様々な形で特集を組んだ。また各国の指導者たちも毎日のように会議を開き綿密な話し合いを重ねた、もうそこには自国の利害など考えているものはいなかった。この他にも宗教団体や活動団体、巨大企業などもこの問題に乗り出した。皮肉にも世界が同じ方向を向いた瞬間であった


 そして一週間後の正午全人類は皆、頭の中で自分の立場を念じた。結果は「なくす派」の勝利となった。やはり皆どこかで平和への憧れがあったのだろう。その瞬間世界から負の感情は消えた。この結果に不満を覚える人もいなかった。なぜならもう結果を不快と感じる感情はないのだから。そこから世界は絵にかいたような平和な世界に変わっていった。紛争はぴたりとやみ、そもそも争いが起こらないので裁判所は無くなり、法律ももはや遺産と化した。弁護士やヤクザなどの争いに関する職は無くなったし、宗教や活動団体も自然消滅した。もちろん負の感情が無いのでこの変化に異を唱える者はいない。


 そうして2か月がたち、皆負の感情自体を忘れかけていた時である。アノンと言う、いわゆる地球外生命体が地球に突如降り立った。そして彼らは以前と同じように全人類の脳に「地球をもっと良くしたいので自分たちの言うことを聞いて欲しい」という提案を投げかけてきた。人類はもはや疑うことを知らなかった。良くしてくれるのならと是非と世界を簡単に明け渡した。


 1年後、笑顔でアノンの奴隷と化した人類がそこにはいた。

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