モンブランの皿(ショートショート)
歯ブラシ。焦げ付いたカレーを鍋から削ぎ落とすかのように力任せに磨くからさ。ほら、案の定、ぼろぼろだよ。
ひよこ。つぶらな瞳が私と似ているね、って盛り上がって、2000円もかけて手に入れたのに。ディズニーのぬいぐるみの横に並べてみたらさ、可愛さの格差に愕然として。
マスタード。特製ポテトサラダを作る時にだけ使うからさ、いつも使い切る前に賞味期限が切れちゃって。10月だから大丈夫だって一安心したのに、よく見たら去年の10月。冷蔵庫の中だけ時間が早く過ぎてる説、立証されたんじゃないかな。
スターバックスのモンブランを乗せてたお皿。
モンブランを食べるつもりで立ち寄った訳じゃないのに、モンブランが完売しちゃってるの目撃した途端に、モンブラン食べたくなっちゃうんだから、人間って単純で勝手。
それでね、この時不思議な感覚になったんだ。
モンブランは確かに無かった。完全に完売してた。だけどね、あったの。あったのよ、モンブラン。本当は無いんだけどね。
ああ、ここにあったモンブラン達。それぞれ、モンブランを求めた人の所に旅立ってて、それぞれ、モンブランを求めてた人を満たしているんだ。
そう思うとね、私のじゃないのに、モンブランの事、やたら誇らしくなっちゃって。
なんなら私が変にモンブランを手に入れなくて良かった、よかった、とも思えたわけよ。
この考え、なんか素敵でしょ?人の幸せを優先できてるって感じ。
モンブランになら、そう思える。
でもつっつんには、まだ、そう思えない。
私じゃなくて、他の人を幸せにすることを選んだつっつん。今、この瞬間も、その人のことを幸せにしてあげててえらい、なんて思えない。
思いたいのにね、思えない。
忘れたいのにね、忘れられない。
この部屋に、つっつんは、もうとっくに居ない。だけど歯ブラシに、ヒヨコに、マスタードが、ある。だから、いないのに、いる。
ねえ、いつになったらいなくなってくれる?
いなくならないつもりならさ、せめてモンブランの一個でも買ってきてくれてもよくない?
うん、いいよね、それくらい。
終わり
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