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傲慢と善良

辻村深月さんの『傲慢と善良』読み終わりました。以下大いにネタバレを含みます。

読み終えた瞬間に発した言葉は、「素晴らしい」でした。いや本当は「ブラボー」って言って立ち上がって拍手したかったです。

文庫版だと500ページと結構長いのですが、500ページだからこそ味わえる感動がありました。これは未だに本でしか味わえない感覚だと思いました。

文庫版を読んだのですが、解説を朝井リョウさんが担当している時点でタダでは済まない小説なのだと思っていましたが、全くタダでは済みませんでした。

朝井リョウさんが『何者』で就活という枠組みの中で人間の心情を描いたように、『傲慢と善良』では婚活という枠組みの中で人間の心情を描いています。

婚活で知り合った架(かける)と真実(まみ)は、結婚を目前に控えていた。そんな中で真実が突然姿を消してしまう。架は少ない手掛かりを元に真実の家族や知り合いから真実の情報を探そうとする。その中で架はこれまでの自分を見つめ直していく。真実も同じく自分を見つめ直す。

架も真実も、そこは直した方が良いよ、っていう考え方を沢山持っている。二人だけじゃない。登場人物の誰もが直した方が良い部分を抱えている。

そしてその登場人物を通して突きつけてくるんです。お前もそうなんだよ。お前はそれで良いのかよ。って。

親世代と僕らの世代の大きな違いは、与えられすぎていることだ。特に情報を与えられすぎている。物で溢れているだけでも頭がこんがらがるのに、情報が多すぎて手に負えない。何が正しくて間違っているのかもわからない世の中だ。選択肢が二つとかなら選べる。でも選択肢が多すぎると選ぶという行為を放棄する。

そして傲慢になっていく。

自分の考えこそが正しいと考えるようになってしまう。

自分と同じような考え方の人を過剰に褒め称え、考えが違う人を死の底まで批判し続ける。

そうやって自分を正当化していく。

または善良になっていく。何も考えなくなっていく。誰かに言われたことに従って行動する。それが正しいのか間違っているのかすら考えない。親がいい子を求めているのだったら、いい子でいる。そこに自分の意志は無い。

そんな人達が最近多すぎやしないか?と、この小説は問うてくるのだ。

本当にそのままでいいのかと。

親世代の考え方は否定するくせに、自分の事は見つめ直さない。

それでいいのか?って問うてくる。

良いわけない。

けど、どうやって治していけばいいのかすらわからない。

主人公の架も真実も自分をどう治していけばいいのかさえ分からずにもがいている。

他者からは悪意のない口撃を何度も浴びせられる。

お前たちは売れ残りなんだ、傲慢で善良なんだ、婚活で出会った間柄に真の愛など存在しないんだ、と。

人間はそう簡単に変わらない。相手の新しい一面を誰かから聞いたって劇的に何かが変わる訳ではない。心機一転何も持たずに新天地に行ったとて、全てが変わる訳ではない。

それでも進む。

架は真実が失踪する前、結婚したい気持ちは正直70%だと友人達に打ち明けている。その気持ちが果たして100%になったから、再度プロポーズしたのかと言われると、そうではないと思う。まだ迷いはあると思う。

それでも進む方を選んだだけなんだと思う。

プロポーズは真実への愛だけでは無く、いつの間にか傲慢になってしまっていた自分を変えるための選択肢であったのかもしれない。

こんな感じで突きつけてくるのだ。架や真実は傲慢で善良だが、じゃあお前はどうなんだと。

僕は架や真実ほどに傲慢では無いし、善良でも無い。そこまで上から目線じゃないし、思考停止していない。そう答えるし、そう思っている。

けど架や真実もそう思っているだろう。あの人と比べたら自分はまだマシな方だと。そうやって誰かと比べては安心する。本当は誰もが傲慢で善良であるのに。

少し考えればすぐにでてくる。

僕は結婚しているから、同じ年や年上の人が独身でいると、将来ひとりで大丈夫だろうか、と考えてしまう。自分の幸せを基準にして他者を心配する。傲慢だ。

新しい仕事に挑戦した方が良いのに、あれこれ理由をつけて結局同じ仕事をしている。考えることを放棄している。善良だ。

こうやって誰にだって傲慢で善良な部分はあるのだ。

人は皆、欠点を抱えて生きている。

その欠点諸共認めてくれたのが、終盤に出てくるおばあだ。

おばあは真実と架の婚活からスタートした、ある意味人工的な恋物語に対して、

「あんだらそれは大恋愛なんだな」

と言い切ってくれたのだ。

なんだか傲慢とか善良とかどうでもよくなった。こうやって自分たちの恋愛を大恋愛だと言ってくれる人がいる。それだけで前に進める。

そして実際に架も前に進む気持ちを持ってくれていて、プロポーズしてくれた。だから最後僕はあんなに感動したのだと思う。

正解が何かわからない。自分の気持ちもちゃんとわからない。それで良いんだよ。と最後は架にも真実にも作者の辻村さんにも言われた気がしたのだ。

そしてそしてトリックに気がつかなかった自分のヘボ探偵ぶりにも悔しさが残る。手のひらの上で転がされている。もしかしたら死んだのかもと思わせた真実が生きていた。それだけで嬉しいのに、意志のなかった真実が変わろうとしている所を見せつけられ、応援したい気持ちを最高潮まで上げられ、気づいたら結婚してた。そしたらもう訳も分からずブラボーって言うよね。

全てが辻村さんのトリックな気がしている。

終わり

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