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サイドカー

あくまで凡人的な生活を送っている私ですが、稀にフィクションのような出来事もある。

ずっと友達だった年下の男の子とセックスした。(よければ前回記事もどうぞ!)普通の女の日常にも、こんなキラッとした瞬間があるんだな、世の中ってちょっと面白いかも。そう思ってもらえれば本望です!

***
いよいよ東京から旅立つ日が近づいてくる。

その日はもう明後日には引越しというタイミングだったので、おセンチな気持ち全開でバンビ君との会合に向かっていた。東京で彼に会うのはこれで最後かもしれない。

お魚料理が美味しい和食屋さんのカウンターに並んで座る。大将のこだわりが溢れる創作和食で、甘く澄んだ日本酒が進んだ。

お腹を満たした後、続けてバーに向かう地下階段をおりる。苗字がそのままお店の名前になった、ハードボイルドなバーの入り口を潜る。たどりついた地下空間は予想以上に天井が高く、ウィスキーの瓶が積み上がっていて、異世界に迷いこんだような雰囲気を漂わせていた。

私はそれほどお酒が強くないので、邪道と知りながらもソーダ割りに会うスコッチウイスキーをもらう。バンビ君は「俺はサイドカー!」と潔く一杯目を決めて、二杯目にマティーニも注文した。

可愛らしい顔立ちのバンビ君が渋いカクテルを嗜むギャップに萌えて、007級のハードボイルドに仕立てあげようと、モノクロ写真をとって遊んだ。

その夜バンビ君は「一緒にお風呂はいる?」と可愛いすぎるオファーをしてきて私を悩ませた。好きな人と一緒にお風呂にはいるのは、わたしとしてはとっても難易度が高い。何も隠せないしスッピンになるし、女としての尊厳を保っていられるのかかなり怪しい。

ただ、バンビ君はこれまでも何度かお風呂に誘ってくれていたのを、私はなんだかんだ断ってきた。彼の気持ちを汲みたいのもあって、数分悩んだ末に『お風呂一緒に入ろう』とやっとのことで承諾した。

湯船で抱っこしてもらったり
髪をわしゃわしゃ洗ってもらったり
体を丁寧に洗ってもらったり

全てを曝け出すのはかなり抵抗があったけど、身を委ねられるのもすごいなと、不思議に感心してしまった。

私のターンでバンビ君の体を洗っていると、彼の肩幅は思った以上に広く厚く、足のこうも分厚くて、ゴツゴツしていた。観察した内容をそのまま口にだすと、

「やっと気づいたか」と得意げな返事が返ってきた。

洗い合いはエスカレートして、結局私たちは濡れた体で抱き合った。お風呂からあがるころには、手の指はふにゃふにゃにふやけていた。

一緒にお風呂に入ろうって言っていただけなのに。この時間のことを思い出すと感情がキャパオーバーになって、いつまでも赤面してしまう。

疲れ果てて寝て、朝目が覚めて、バンビ君の肩へおでこを寄せる。バンビ君が目覚めて気がついて、こっちを向いて腕を頭に回してくれる。Tシャツのいい匂いを吸い込む。

ああ、これが最後かなと思った瞬間、ぶわっと涙が溢れそうになってしまうのを堪える。さめざめ泣いてはいけない。

静かに我慢しているつもりだったけど「泣いてるの?」とすぐに気づかれてしまう。
「泣いてない。いや、泣いてる。」バカな発言が私の口をついて出る。

そうだ。こんなくだらない強がりより、私は伝えたいことがあるんだ。

「バンビ君と一緒にいるとき、ずっと楽しかったよ」
やっとのことで、私は言った。

「俺もだよ」
バンビ君はそう言って、ぎゅっとしてくれた。

「俺がお家にいくとあなたはいつもニコニコしていて、何かいいことあったのかな?と思っていたけど、会えるのが嬉しかったんだね。」
彼がそう続ける。

そうだよ。そこに気がついてもらえてよかった。言葉にするって、大事だね。

日も高くなってきて、後ろ髪を引かれながらもサヨナラしようとすると、
「引越し前夜にひとりでいたら、また泣くんじゃないの?泊まりにいってあげようか。」
とバンビ君が驚きの提案をくれる。

引越し直前の部屋はとにかく悲惨だ。雑多な部屋に招き入れるのは申し訳なくて、流石にそれはないかも?と思ったけど『いや待って』という気持ちが芽生える。

バンビ君との関係はいつも、自分の常識を一歩踏み出すようなことを繰り返してきた。普段ならカッコつけたいとか、恥ずかしいとかで身構えるところを、一皮脱いで何かやってみたり、受け入れてみたり。その度にもっと親密になれるのを感じた。

それに、引越し作業を頑張って夜バンビ君を招き入れらるくらいまでには片付けたらいいんじゃないか。そう思い直して、「本当にいいの…?!」と念押しした上で、バンビ君と私はその日の夜、ダンボールだらけの部屋で再開する約束をした。

「俺は知っているんだよ、あなたがひとりで泣いているのを」
バンビ君はこう言っていた。

…もしかしてこのnote、バレていたりするのかな。笑
身バレしているなら話は別だけど、ここは一旦そうではないとして話を続ける。(ちなみにバンビ君にならこのnoteのこともいつか言えると思う。)

バンビ君の言葉は、数年前、私が離婚を経験した時の辛い気持ちが思い出させた。離婚自体は私も元夫も悪かったし、二人が招いたことだったけど、とにかく夫の去り際は早かった。9月の初め、夫は早々に決めた新しい自宅へ引越していった。特にこれといった言葉はなく、淡々としていた。ガランとした部屋で2週間ほどをひとり過ごし、最後部屋の明け渡しまで対応したのは私だった。その頃の私はとにかく泣いていた。寂しさが涙をとめどなく流れさせた。

そんな記憶があったこともあり。バンビ君が、引っ越す直前の私の気持ちを想像して、少しでも寂しくないように、ダンボールに囲まれて一緒に寝るよと言ってくれて、本当に嬉しかった。

バンビ君、あなたって強くて優しいね。『ありがとう』という気持ちが溢れて、とにかく目頭が熱くなったのだった。

引越し前夜、バンビ君は約束通りやってきた。わたしが引越し準備をする傍らでYoutubeのコントを見て、快活に笑う。いつも通りのくだらなさに、なんだか気が抜ける。

その夜バンビ君は、何をするでもなく、隣で寄り添って寝てくれた。真っ暗な、ダンボールだらけの部屋の中で、彼の体温が私を落ち着かせた。

朝おきて、引っ越し屋さんがくるとわかっていたけど、最後に私たちはセックスをした。客観的に見たらイカれているけど、今にはじまったことではない。

明るい日差しの中、最後はあっさりとバンビ君とサヨナラする。彼はいつも振り返らない。「じゃ!」と踵を返して、その背中を見せつけていく。私はいつまでも眺めている。

バンビ君を見送った15秒後くらいに引越し業者から電話がかかってきて、普段通りを取り繕う。セーフ。ちなみに引越しは非常にスムーズに完了した。「梱包完璧で助かりました!」とお褒めの言葉もいただいた。集中して頑張ったのが良かった様子。

今、いよいよ日本を離れる日になり、空港に向かう電車の中で、バンビ君と過ごした夜を思い出している。このnoteを書くにあたって『そういうばサイドカーってどんなお酒なんだろ?』と思って調べてみたら、ロマンチックなカクテル言葉が出てきてドキッとする。

いつもふたりで

嘘でしょう。バンビ君、あなたはこれを知っていたの?あまりにも予期していなかった言葉が出てきて、涙がでてしまう。たまたまなのか、確信犯なのか、本当にどっちの可能性もあるのが、彼の厄介なところだ。

でも一つ言えるのは、私の気持ちはとっくに明確だ。
次会えるのはいつだろう。半年後かもしれないし、一年後かもしれない。でも再開したその時に、二人でお酒を飲む機会があったなら、その時はわたしもサイドカーを注文するよ。その時まで、自信たっぷりのいい女になっている計画だよ。

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今日はここまで!拙い文章を読んでくださった皆さま、ありがとうございました。気に入ってもらえたらスキ・シェアしていただけたら嬉しいです!

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