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朴訥とした語りが宗教とは何かを考えさせる石原海の映像作品/資生堂ギャラリー

東京・銀座の資生堂ギャラリーで開催されている『「第15回 shiseido art egg」石原 海 展』を訪れた。出品作の中でメインとなる《重力の光》は、30分ほどの映像作品。「最後の晩餐」と思われる場面など聖書に題材を取り、石原が監督を務めたものだ。

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石原海《重力の光》(2021 HDヴィデオ 30分)より 会場風景
出演者へのインタビューも途中に交えて、一つの作品としている。

通常の映画と異なるのは、撮影現場が基本的に実在の教会を主としており、10人の出演者が実際にその教会に縁を持つ一般の人々だということである。石原はコロナ禍のため留学先のロンドンから1年前に帰国し、父親がこの作品の撮影場所となった教会の牧師をしている知人のつてで、北九州市に住むことになったという。

石原はキリスト教徒ではなかったということもあり、教会に縁を得るに当たって聖書を読み、キリスト教の理解に努める。一方で、石原の心をつかんだのが、教会が日頃から支援してきた生活困窮者だった。

作品では、出演者の一人が元は「極道」だったことを語っている。ただし、その語りの場面を見ていても、本当に「極道」だったとはなかなか思えない。穏やかな表情で淡々としゃべっているからだ。彼にとっては、この作品に出演して自らの過去を語ることは懺悔のような行為だったのかもしれない。そして、語りぶりがあまりにも朴訥(ぼくとつ)としていたからか、その言葉はとても素直に筆者の体の中に入ってきた。

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作品を制作するにあたって出演者たちは演技の練習はしたそうだし、衣装もそれなりに揃えていて照明なども工夫している。だが、舞台装置は特に大掛かりだったり精緻に作り込まれたりはしていないし、そもそも出演者は全員が演技の素人だ。いわゆるプロの俳優たちが演じるような映画のありようとはまったく異なるのだ。しかし、むしろそこにこそ、リアリティーがあるように思えてならない。

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この作品をめぐるもう一つの肝は、石原がキリスト教徒ではないことだろう。コロナ禍で世界が混乱する中で英国から帰国し、それまで縁がまったくなかった地方都市に住み始めた石原は、人々を実際に救う宗教施設のありのままを目の当たりにした。ひょっとすると、それはキリスト教ではなくてもよかったのかもしれない。アフガンの例が示すように、宗教はしばしば争いを引き起こすなど、人々を安寧や平和とは別の状況に導くことも多い。一方で、こうして現実に救われている人々も多くいる。宗教とは何かを改めて考えさせてくれる作品である。

取材・撮影・文=小川敦生

※掲載した写真は、プレス内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。

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【展覧会情報】
展覧会名=「第15回 shiseido art egg」石原 海 展
会場名=資生堂ギャラリー(東京・銀座)
会期=2021年9月14日(火)~10月10日(日)
公式ウェブサイト=https://gallery.shiseido.com/jp/exhibition/4343/(第15回 shiseido art egg)

【作家略歴】(公式ウェブサイトより)
石原 海(いしはら・うみ)
石原は、愛、ジェンダー、個人史と社会をテーマに、実験的な映画作品やヴィデオインスタレーションに取り組んでいます。現実の出来事を軸に、独自のセンスでフィクションや物語的な要素を加えて構築する作品は、現代社会の一面や心の機微を丁寧に捉えます。本展覧会では、北九州の教会に集う人々と行う演劇を通して、苦しみや生の意味を追求するとともに、インタビューを交差させることで、根源的な問いを提示する場となるでしょう。

1993年 東京都生まれ
2018年 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業
2021年 ロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート学科 アーティストフィルム在学中(休学中)
福岡県在住                                           

主な活動
2019 「ガーデンアパート 」「忘却の先駆者」ロッテルダム国際映画祭 (ロッテルダム) 参加
2019 「Bloomberg new contemporaries 2019」South London Gallery (ロンドン)グループ展

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【タマガとは】
多摩美術大学芸術学科フィールドワーク設計ゼミが発行しているウェブマガジン(編集長:小川敦生同学科教授)です。芸術関連のニュース、展覧会評、書評、美術館探訪記、美術家のインタビューなどアートにかかわるさまざまな記事を掲載します。

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