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40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 19 〜起業家に聞く8

バブソンMBAでの授業とは別に、ボストン・日本人・起業家をテーマに、起業家に会って学ぶ活動。今回はボストンで心不全患者が不便なクリニック訪問や針・インプラントの痛みを経験することなく、血液データを医師に遠隔で提供できる技術を開発するSean Matsuokaさん。ソニー退職後ハーバードビジネススクールを卒業したMatsuokaさんは、数社を経てHBSの同級生と起業した。


義務感に駆られて
気がつけば起業していた

新卒で入ったソニーを退職したMatsuokaさんは、2009年にハーバードビジネススクールに留学。「ビジネススクールは自分の人生の棚卸し」と言うMatsuokaさんは、HBS在学中にビジネスで貢献しながら利益も得られる分野としてヘルスケアに興味を持つ。当初アメリカで就職するつもりだったが、卒業間近の3月に東日本大震災があり、日本に貢献したいという思いを持って帰国。マッキンゼーに就職し、ここからヘルスケアに特化したキャリアを築いていく。

お子さんが病気を患っていた関係で、療育のために出張の多いコンサルティングファームを辞めて再度アメリカへ。M3が買収したボストンの会社で働くことになる。しかしその会社の閉鎖が決まり、M3本社のペンシルベニアに行くか退職してボストンに残るかという選択を迫られ、療育を優先しボストンに残る。転職した先はMBAの同級生が立ち上げた会社。オペ室の様々なデータを統合してアプリケーションを作る企業でビジネスディベロップメントとファンドレイジングを担当した。その後、別のMBAの同級生らと起業することになる。

共同創業者の1人はビジネススクールの同級生。ビジネススクールの中でも一番仲が良く、授業のノートを共有しあった関係。平日においては家族以上に一緒に時間を過ごしたと言っても過言ではなく、卒業後も連絡をとりあっていた。彼はヘルスケアに特化した人材で、HBS卒業と同時にヘモグロビンの診断デバイスを扱う会社を起業している。その彼が今度は心不全に用いるための血液検査のデバイスを作ろうとしていた。

ドクターに話を持っていくとニーズはある。しかし血液検査をどのくらい頻繁にしなければならないデバイスなのかが彼にはまだ描けなかった。そこでMatsuokaさんともう一人の共同創業者に相談が入る。議論の末、一つの考えに辿り着く。「体の状況を知らせて適切なタイミングで血液検査を促すアルゴリズムを作ればいんじゃないか。いや、体の状況が変わっていることが分かっているのであれば、そもそも血液検査をする必要がなくなるのではないか!」

この点に気づいたことが創業のきっかけ。まさにBlood-less Blood Testのコンセプトが閃いた瞬間だった。そもそも心不全は糖尿病や心筋梗塞の行きつく先になる病気。そして今のところ治療方法は確立されていない。一度患うと入退院を繰り返すことになる。退院している間に医師による遠隔でのモニタリングが許されているのは現状では重篤患者のみ。心不全は入院すると適切な薬を服薬することはできるが、一度退院してしまうと服薬が難しくなる。重篤患者を除く多くの患者は症状の管理が難しく、症状の悪化により頻繁な入退院を繰り返す。そのため心不全患者のモニタリングを可能とするツールが必要とされている。

遠隔モニタリングを可能とするデバイスとしては、体に埋め込むタイプがある。装着するには手術をして肺動脈に埋め込む。治療のためにならまだしも、退院後のモニタリングのためだけに手術をしてデバイスを体内に埋め込むことには抵抗があるものだ。費用のこともあり、一般的には普及していない。こうした中、Matsuokaさんらは、すべての心不全患者が体に埋め込む必要がなく、また将来的には血液採取をする必要もなく、遠隔での心不全管理を可能とするデバイスを考えついたのだった。

先進国では高齢化にともない、心不全患者は世界的にどんどん増えていく。患者が頻繁に入退院を繰り返せば、社会医療費も増える。そのため遠隔モニタリングを可能にするツールは患者のみならず、医療従事者、ひいては国家にとっても必要とされていた。さらにはコロナ禍で心臓疾患を抱えている患者がクリニックに通院できずに重篤化していた。加えてMatsuokaさんのお婆様が心不全で亡くなったこともあり、取り組むべき問題だという義務感に駆られて、気がつけば起業していた。

最短距離で
コマーシャライぜーションまで突っ走る

心不全患者にウェアラブルデバイスをつけてもらい、そこから生体情報を集積していくのだが、Matsuokaさんらはウェアラブルデバイスを開発しているわけではない。市販のウェアラブルデバイスを使ってもらい、それを通じて患者の心拍や歩数など一般的な生体データを収集。集積された生体情報の変化をMatsuokaさんらが開発するアルゴリズムに照らし合わせて心不全管理を行えるようにする。

このアルゴリズムと市販のウェアラブルデバイスをパッケージとして、FDA承認のお墨付きとともに、循環器内科医と医療施設に販売し、診察を通して患者に商品を処方してもらう。医師は診療報酬請求を保険会社や政府に行うことで、保険の償還をする。

Matsuokaさんらは病院やクリニックに対して、処方された患者数に応じて課金をする。病院やクリニックは保険点数に応じて保険会社から保険の償還を行うことで、支払うコストをカバーできる。つまり、病院やクリニックは費用負担ゼロでMatsuokaさんらの商品を購入することができる仕組みだ。

患者一人当たり、年間2000ドルのサブスクリプションモデルでパッケージを提供することを考えている。重篤患者向けの埋め込み型デバイスの現在価格が2000ドル。Matsuokaさんらの商品コスト構造はこのデバイスよりも低く抑えられているものの、価格帯を2000ドルに合わせることで、高マージンのビジネスモデルを構築できる。保険の償還は患者一人当たり年間2500から3000ドルであるから、その範囲内に収まるため顧客である病院やクリニックにとっても痛手ではない。

さらには、病院にとっては再入院を減らすことでコスト削減が可能となる。オバマ政権下でバリュー・ベースド・ケアが始まり、患者が診察後30日以内に病院に再来すると、病院側が十分な治療を行なっていなかったということでペナルティが課されるのが現状。Matsuokaさんらの商品により、患者の再入院が減れば、病院やクリニックはこのペナルティ金額を下げることもできる。

現在アルゴリズムを開発中だ。被験者にウェアラブルを装着してもらって生体情報を集積することに並行して、隔週で血液検査をしてもらう。血液検査で有意な変化があった時に、逆算して生体情報に変化はなかったのかを見てアルゴリズムをつくる。アルゴリズム開発のために今は採血をしてもらっているが、FDAの承認を得た暁には血液検査を必要としなくなくなる。

全世界で230名の患者をリクルーティング。サンプル数は少ないが、既に心不全を発症している人を被験者として集めているため治験の精度は高い。圧倒的に短い期間と少ないサンプルで開発を進めることができる。多額の資金調達を必要とせず、FDAの承認を得られるための最も早い道筋を目指す。「ファーストタイムアントレプレナーで、20代ならまだしも私はもう40代。最短距離で、コマーシャライぜーションまで突っ走ることを念頭において、エグジットを意識しながらビジネスモデルを細かく作り込みました」

「ビジネススクールにいると、いつかビジネスを一緒にやりたいねという話はあります。起業したいねと言いつつ、またそんなこと言っちゃってと思っていたのですが、現実になりました。しかしビジネススクールで学んだからといって運転免許を取得した程度のこと。MBAで学んでいなくても圧倒的に起業が上手い方はいます。ただMBAを経ることで道路標識を読める力はあると思います。成功が必ず約束されているわけではないですが、失敗するリスクを低減することはできるのではないかと思います。とはいえMBAで頭だけ大きくなっても仕方がありません。起業家はオペレーションが全て。戦略的にいかに優れていても、結局はエグゼキューションが一番大事です」と最後にMatsuokaさんは語ってくれた。

※TOP画像はFreepik.comのリソースを使用してデザインされています。
著作者・出典:Freepik

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