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空を着るために、パリに行った話。


おばあちゃんになっても、生きたいなぁと思う理由がある。

長年愛したキッチンでお料理をしたり、細やかな季節を奏でるお庭をいじったり、大切な人とただ時間を過ごしたり、孫にプレゼントを用意したり。きっと、想像もつかないほど様々な物語が、生まれているだろうから。

でも、一番の理由は、おばあちゃんになってから着たいワンピースがあるからだ。




白いワンピースに、少しずつ色を重ねている。

嬉しいことがあった時、わくわくしちゃうことがあった時、悲しかった時、悔しかった時、なんだかよくわからない気持ちの時、…

絵の具で、色を踊らせる。時には、ボタンをつけてみたり、布を縫い付けてみたり、リボンを泳がせてみたり。こないだ、ついにマニキュアのラメまで絵の具の上にのせてしまった。



元々は、「空を着たい」と思ったのが出発点だった。

小さい頃から、空の広さに救われてきた。空に包まれている、と思い出すだけで、ものすごく幸せになれた。

こんなに果てしなく、どこまでも拡がる空を、着たい。
空に、触れたい。
空に、なりたい。

そう思って、ワンピースを持ってパリとロンドンに行った。


パリ

「公園」って、様々な生き物にとってこんなにも自由な場所なんだ。絵本の中だけしかないと思っていた。


ロンドン

忘れられないジャズバー。「ここにいる人は全員ジャズを愛している」という共通認識があるからなのか、入った瞬間からこの空間に包まれた。一人ひとりが、楽しんでいる。そして、周りの人も楽しめるように、自然と席を譲ったり、道を開けたりしている。場は、人によって作られる、ということを全身で感じた。



そうして、過ごした日々。

気がつけば、「空になりたい」という欲求は薄れていた。そして、自分の手元に残ったもの。それは、

「幸せになっていいんだ」

という確かな実感と、ワンピースだった。


何を描いたっていい。どんな服を着たっていい。どんなものを食べたっていい。好きなものを好きと言っていい。守りたいものを守っていい。握りたい手は握った方がいい。泣きたい時は、泣けばいい。そうして、気づけば笑っているということの奇跡と、今ここで生きているというかけがえのなさを、祝福しながら生きていきたい。


そう思った時、ワンピースの存在理由がわかった。


これは、「私が私を着る」ためのワンピースだ。


悲しいことがあった「今」が、いつか未来の「今」によって救われることがある。嬉しさで溢れた「今」は、誰かの嬉しさを祝うことができる源になる。やるせなさは、裏返し。いつかの寂しさを包んでしまうほどの愛を、贈りたい。あの時口ずさんでいた歌が、未来の自分を勇気付けるかもしれない。


だから今日も、色をつける。この色が届く、どこかのいつかの私に、想いを馳せながら。



いつか、おばあちゃんになったら。

お庭に家族とお友達を呼んで、ファッションショーをひらこう。

そうして、そこに生きる人たちのそれぞれの物語を、聴こう。




私たちは誰もがきっと、色とりどりのワンピースを着て生きている。



tama





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