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【長編小説】カットバンド #2 「back in pluck...」

昨日の事は、まだ鮮明に覚えている。
見ず知らずの、グラサンにスーツの男に、200万円のギターとを買って貰ったこと。
なんで俺なんかに、という所はあるが、そんなことよりも、その恩に報いなければいけない。
期間は1ヶ月である。周辺機器は、あの後貸してもらったし、今すぐにも練習を始めなければならない。俺の将来のために!

「とは言ったものの……」

「わっかんねぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
「CDEFGABって何だよ!ドレミファソじゃダメなのかよ!クソが!コードってなんだよ!充電でもするのかよ!!クソが!!メジャーって何だよ!マイナーってもっと何なんだよ!!野球か何かかよ!?クソが!!」
スマホ片手に、ブチ切れを繰り返す。そろそろ、自分の部屋の真下の階にいるお母さんに怒られそうである。
「クソだぁぁぁあ!!!!」
スマホを机に打ち付ける。その衝撃で、コップの水がこぼれる。テレビにかかる。
俺が最後に見たのは極光を放つ、膨らんだテレビだった。
「うわあああああああああああぁ!!!!!」
ちゅどーん!
部屋を失った。
ついでにお母さんにも怒られた。ギターと周辺機器は奇跡的に無事だったが、玄関に追い出された。夜風が冷たい。また、玄関で寝て、風邪をひいたのは言ふべきにもあらず。

俺は、退部届を書いた。今の俺に、陸上部は
必要ない。顧問の先生は、そうか、とだけ言い、退部届を受理してくれた。なんか、ほっとした。怒られると思っていたから。
音楽の先生に事情を言うと、オーケストラ部の練習が無い日には、音楽室を使っていいそうだ。俺は、1ヶ月間、練習に明け暮れた。音楽室が使えない日にも、技法を調べたりした。
そんなこんなで、1ヶ月が経過した。約束の時が、ついに来た。俺は、ギターを背負い、場所に向かった。


「あいつは、ここに来るだろうか。」
俺は今、人を待っている。そいつには、200万円のギターを買い与えて、1ヶ月後にここに来い、と伝えてある。ん?俺の名か?俺の名は、外村みそら。歳は16で高校2年生。スーツと
サングラスは俺の趣味だ。いいだろ?
俺はバンドなんかもやってたんだが……。いろいろあって今は休業中だ。まあ、そんなこと今はどうでも良くて。今大事なのはあいつだ。
あいつには、『才能』を感じたからな。
「すいませーん、待ちました?」
お、どうやら来たようだ。
「いいや、今来たとこだ。」
「すいません。ギリギリまで練習してたもので……。」
握手を求められたので、とりあえず握ってはおく。
「そうか。とりあえず、準備しなよ。」
前に見た時よりも、明らかに腕が太くなっている。トレーニングしてるのか?い、いや、それよりも、
な、なんだ……?指の先がとてつもなく『硬く』なっている。たった1ヶ月で、ここまで固くなる事があるのか?少なくとも俺は、
ただ1人を除いて、『普通』のバンドマンには聞いたことがない。こいつも、もしや……
そう思って、俺はこいつに、かなりの期待を向ける。そいつは、柱の傍で準備を始めた。準備している間にも、観客は集まり始める。顔面偏差値の格差を感じたが、今日見るべきはそこでは無い。こいつの腕に、どれだけの才能が秘められているのか。それを見に来た。

準備を終えたそいつは、「始めますね。」とだけ言い、
ギターを弾き始めた。チューニングはしっかり出来ている様なので、そこは評価できる。
イントロに入っていく。曲は……こいつ、アイアンマン好きだな。この曲は1ヶ月のやつの選曲じゃない。

イントロからAメロに切り替わる。
俺は、驚愕した。いや、寧ろ吹き出した。
マイクを持ってきてないもんだから、今日やるのはギターだけだと思ってたからな。しかし、こいつは違う。マイク無しで、マイク有りの音量が出てる。しかも、音程も完璧。完璧なんだが……。不意打ちで完璧なシャウトの様な歌声が突然飛んでくるもんだから、何人かいる観客も驚きとクスクスに包まれた。しかし、こいつ自身は何処吹く風で、緊張などの様子もなく、まるで気にしていないかのような、そんなような態度だった。あまりに反応がないために、まるで予め用意されたCDを見ているかのような感覚だった。そいつの演奏を見ていると、なんだかそいつの周りにドラムやベース、もう1人のギターが見えてくるような気がした。
見えて当然だと思った自分に驚いた。

いや……『視えている』。聴こえてくる。居ないとわかっているのに、いる。ドラムの力強さ、ギターのトゲ、ベースの揺れ、全部伝わってくる。
ああ、こいつは​───────​──。

曲が終わり、周りは拍手に包まれる。俺も、自然に拍手をしていた。そいつは拍手に手を振ってから、俺の方に来た。そして「どうでした……?」と、恐る恐る聞いてきた。俺の答えはもちろん、YESだった。

しかし、こいつ、この先1人でやって行けるだろうか。路上ライブの許可、ライブハウスでの出演、何かと心配だ。どうしたものか。

そういえば、今の俺のバンドにはギタリストがいない。あいつをバンドに呼べば、一石二鳥、もしかしたら四鳥……。こうしちゃいられない、そう思ったおれは、帰ろうとしているそいつを呼び止める。
「なんすか?」
半ギレで対応された。まあいいだろう。
「お前、これからどうするんだ?」
「え?」

無言が続く……。どうやら考えていなかったようだ。なら、丁度いい。
「アテがないなら、俺とバンドやらないか?」
そいつはしばらくキョトンとして、その後、
「い、いいんですか!?」と、驚いた顔をした。
「ああ、こっちも受けてくれると都合がいい。どうする?やるか?」
少し間を置き、返事が帰ってきた。
「ぜひ、やらせてください!」
「よし。あ、そういえば。お前、名前は?
メンバーなのに、ずっと『お前』じゃあ、良くないしな。」
「あつし。日野あつし!熱って字に、志しって書きます!」
「熱志、いい名前じゃないか、ピッタリだ。
俺の名前に比べれば凄くいい名前だ。」
「どんな名前なんですか?」
「俺の名は外村みそら。矚望の矚に、あきぞらの旻。読みづらくて溜まったもんじゃない。」
「どんな字……?」

こうして、あつしは俺のバンドに入った。
正直、こいつには『素質』がある。
……鬼が出るか蛇が出るか、見ものだな。


「…………」

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