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【長編小説】カットバンド #1 「Lock with you...」

バンドマン。
それは大多数の憧れである。
音に肢体を使い、音を奏でる、
音に身を任せ、音で飯を食う。
誰もが憧れる生活である。

俺もその1人である。

俺は今、めちゃくちゃに走っている。
いや、フォームがめちゃくちゃという訳では
なくて、沢山走っている、という事だ。
俺の名は日野あつし。歳は16で高校1年生になりたて。
何故、老後に大事な軟骨すり減らしてまで、
走っているのか。俺はその意味さえ知らない。
強いて言うなら、授業だし、陸上部だからだ。
入学してすぐの事、入部希望の紙が渡された。
何かのプロになりたい訳ではない。
かと言って、そのまま帰宅部というのも、些かいただけない。最近、運動不足が否めないな。それじゃあ、運動部に入ろうか。
運動そのものは好きだ。だが、俺はスポーツは嫌いだ。理由はない。嫌いなものは、嫌いだ。消去法で、俺が思う1番スポーツらしくない、
『陸上部』に入った訳だ。しかし、レギュラーにはならない。というかなれない。なる気がない。そんなこんなで、今日、1500メートルの道のりに終わりが近づいていく。

ピピッ。

ストップウォッチの音。多分俺のだろう。
気になる記録は……
5分20秒。
びみょうである。
まあ、本気は出していないので?このくらいが妥当かな?と自分を勝手に納得させつつ、
チャイムが聞こえた気がしたので、号令を待たず、教室に闊歩した。たぶん、かっこいい。

放課も終わり、5限から6限へと進む。
「今から総合的な学習の時間…のプリントを配ります。」
担任の竹田が噛みかけながら言っている。
始まるのはソウゴウテキな学習の時間だそうだ。楽なので、好きだ。前からプリントが回ってくる
「テーマは、将来の自分です。自分のやりたい職業について、調べてそのプリントに職業と理由を書いてきてもらいます。それでは、始めて下さい。」
げ。理由とかも書くのか。そんな面倒くさいことやらなくたって、これがやりたい、だけでいいじゃないか。そう思いながら、俺は紙に目を通す。こんなのパパっと終わらせて、スグに仮眠の時間にしてしまおう。
えーと。将来の自分、将来の自分。将来……
の……自分。

え?

スグに浮かばなかった。それは、俺を現実に引き戻すに足る出来事だった。今まで、考えて来なかった事。いや、考えないようにしていた事。

俺は気持ちの整理に、1晩も要した。
登校して、自分の机に、カバンごと突っ伏した
たぶん、みっともない。周りから視線が飛んでくる気がする。見てないけど。
どうして、こうなった。
今までの自分を思い返す。

「今が楽しければいいんだよ」
「課題は明日やるからさ」
「大学なんて行くだけ無駄」

……昨日までの自分を『1分間になされた最多ハイタッチ数』のギネス記録の要領で、全員殴り倒したい。やらせろ。
自分の将来に希望を見出せなくなっている俺に、ある会話が飛び込んできた。
「バンドマンって格好良いよね!」
「わかる!あーしのカレシにするなら楽器弾ける男の人がいい!」
女子の会話だ。
それは、俺に行動を起こさせるのに足る出来事だった。俺は、学校が終わってスグに、楽器店に向かった。何するって?楽器を買うに決まってるよな!
俺は、ギターのコーナーに全財産を持って駆け込んだ。1番、目を惹かれたものがある。下部分が、V字に割れた、黒いボディに白のパーツがついていて、その上に三つのツマミが乗っている。よく見ると、黒のボディには、木目のような模様が。俺はたぶん、階段を上る女子のパンチラよりもそのギターを凝視した。
欲しい。何としても。さあ、お値段おいくら?
オープン・ザ・プライス!
一、
十、
百、
千、
万、、
十万、、、
百万、、、、

約200万円!さあ、対する俺の全財産、おいくら?
オープン・ザ・プライス!
一、
十、
百、
千……、
約1200円……

俺の人生は、終わった。
悔し涙と、千円札を握りしめ、床に倒れた。

「このギターが、欲しいのか?」
その声に、無意識に頷いた自分にも驚いたが、俺に、誰かが話しかけてきたことについて驚いた。起き上がり、声のした方向に顔を向けると、俺より、一回り小さい背丈、スーツにサングラス、丸顔でつむじを中心に右にねじったようなマッシュルームへの男が、さっきのギターを見ていた。
「お前さえ良ければ、俺が買ってやる。なに、出世払いで構わないぞ。」
それは、今の俺には甘〜い蜂蜜よりも、なによりも強烈な誘惑だった。しかし、見ず知らずの男、しかもこんなに胡散臭いやつに、「出世払いでいい」なんて、怪しすぎではないか。とんでもないことになるのではないか。
「買ってください」
ああ、俺は考えるのをやめた。俺は俺の未来に賭けた。
「そうか。わかったぞ。」
男は承諾し、それを一括で購入した。金持ちだろうか。
そして、男はそれを俺に渡した。
「ただし、お前がそれを手に入れるには、1つ。条件がある。」
何だろうか。とても、嫌な予感がする。恐る恐る、俺は、
「条件というのは……?」
と尋ねる。
「条件は、お前が路上ライブで、俺に可能性を見せることだ。」
「やるのは1ヶ月後。場所は、そうだな。T駅南口駅前広場なんかがいい。おっと、もちろん許可は貰っておくから心配しなくていい。何かあったら、ここに電話してくれ。」
トントン拍子で、決まっていく。
そもそも、路上ライブに許可が必要なんて、俺は知らなかった。
「楽しみにしておく。それじゃ。」
男は、ここを立ち去った。なんか、変なやつだった……。しかし、俺には200万がかかっている。絶対にやらねばならない。何をされるか分からない。もう、後には引けない。
ギターは、“ひかないと” いけないみたいだけど…。


つづく

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