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【栄光と対価】長生きだけが人生ではない。名を残すこともまた人生である【ショートショート|短編小説】

男は完璧なスーツを求めていた。男にとってスーツは武器であり、仕事のできる男には相応のスーツが必要だ。

男は様々なスーツを探し歩いたが、どんなに高価なものでも、仕立てが良くても、満足させるスーツは見つからなかった。

ある日、男は町外れの小さな仕立て屋を見つけた。古びた看板には「夢のスーツ、作ります」と書かれていた。半信半疑で店に入ると、老人がにこやかに迎えてくれた。

「お客様にぴったりのスーツをお作りします」と老人は言った。

採寸も終わり、数日後、彼のもとにスーツが届けられた。スーツを着て鏡の前に立つと、そのフィット感と見栄えの良さに驚愕した。これこそ自分の求めた通りのものであった。男はふさわしい武器を手に入れたことで、自信に満ち溢れ、その日から仕事でもプライベートでもそのスーツを着るようになった。

スーツを着るたびに、男はどんどん成功を収めていった。昇進し、同僚たちの尊敬を集め、私生活も充実していた。しかし、ある日突然、体調が悪くなり始めた。病院で診断を受けると、原因不明の病気だと言われた。

日に日に体力が奪われていく中で、男はふと気づいた。スーツを着ていないときは、体調が良くなるのだ。彼は思い切ってスーツを脱ぎ、仕立て屋に向かった。

「このスーツに何か問題があるのか?」彼は老人に尋ねた。

老人は静かに答えた。「そのスーツはお客様の夢を叶えるために作られましたが、同時にお客様のエネルギーを吸い取るのです。」

男はスーツを捨てることを考えた。だが再び普通の生活に戻り、成功と栄光を捨てることは考えられなかった。

男は翌日もそのスーツを着て仕事に行った。そうして、死ぬまでスーツを捨てることはなく、自らの健康と引き換えに栄光をつかんだ男は若くして死んでいった。死の間際の彼は満ち足りた表情をしていたという。

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