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ジェフスキ ノースアメリカンバラード

5月12日(金)に三軒茶屋のサロンテッセラで僕が演奏する、ジェフスキのバラード全6曲の解説です。メモ+宣伝がてら、こちらに書きました。ご興味のある方は是非お読み下さい。

3年前の記事、同じくジェフスキの「不屈の民」変奏曲についてはこちら。
https://note.com/takuyaotakipiano/n/n38c38d62ecd6

そしてその「不屈の民」変奏曲の僕の演奏がこちら。

それではバラードについて…

フレデリック・ジェフスキ
ノース・アメリカン・バラードより
第1番「恐ろしい記憶」
第2番「お前はどちら側の人間だ?」
第3番「ダウン・バイ・ザ・リバーサイド」
第4曲「ウィンズボロ綿工場のブルース」
(休憩)
バラード第6番「ハウスワイフの嘆き」(日本初演)
バラード第5番「それは時間の長い男の気を損ねる」(日本初演)

ジェフスキは20世紀から21世紀にかけて活躍した、アメリカ出身の作曲家でピアニスト。全4曲から成る「ノース・アメリカン・バラード」は1978年から1979年、ピアニストのポール・ジェフコブの依頼を受けて書かれた。それぞれがアメリカで受け継がれているプロテスト・ソングや労働歌、反戦歌などがテーマとなっている。これらの歌を使用していることに関してジェフスキ自身が「バッハがオルガンのためのコラール前奏曲に賛美歌を用いたのに倣ったもの」と述べている。テーマのモチーフを対位法や主題労作を行い発展させるなど古典的な作曲法を用いながら、ジャズやブルース、複調、特殊奏法、ミニマリズム、アドリブなど、20世紀の音楽語法もふんだんに使用し幅広いドラマを作り上げ、強烈なメッセージ性のある作品を作り出した。
「ノース・アメリカン・バラード」とは別の形で、バラード第5番は1979年にオーケストラからの委嘱、バラード第6番はチェンバロ奏者ジュディス・ノレルの委嘱で1980年に書かれた。そのため「ノース・アメリカン・バラード」が4つで1つの巨大なソナタのようなまとまりがあるのに対し、バラード第5番、第6番はそれぞれ独立した存在感を持つ。この2つのバラードの楽譜に「ノース・アメリカン」とは付いていないものの、アメリカでよく知られた主題とその変奏というスタイルなどは受け継いで書かれている。


第1番「恐ろしい記憶」
ゴスペル音楽「大切な記憶」という曲が原曲であり、そのメロディを元に歌手のモリー・ジャクソン「恐ろしい記憶」と歌詞を変えて歌ったもの。1931年のケンタッキー州における炭鉱でのストライキを元に作られた。そこで働く多くの人々が飢餓で苦しみ、多くの赤ん坊が亡くなったという痛ましい事件を元に書かれている。4曲から成るこのバラードの幕開け的な、短めのバラード。

第2番「お前はどちら側の人間だ?」
原曲は、第1番と同じくケンタッキー州で起きた炭鉱での激しい労働争議から1931年に生まれた労働歌であり、経営者側と炭鉱夫側どちらに着くのかを問うている歌である。このバラードは突然多方から質問攻めに合うかのように、テーマを飛ばして第一変奏のように始まり怒涛の対位法が続く。多くの人々の叫び声と、後半に団結感を表すかのように展開されるミニマルミュージックが非常に印象的な作品。

第3番「ダウン・バイ・ザ・リバーサイド(川岸を下って)」
原曲は19世紀アメリカ南北戦争の頃から歌われている黒人霊歌である。日本でも吹奏楽曲としても演奏され、聴き馴染みのあるメロディである。元々の歌詞は旧約聖書の預言書「イザヤ書」第2章4節から取られ、「剣を打ち直して鍬とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」という内容であり、現在では反戦歌として受け継がれている。テーマが演奏された後、歪んだ形に変容したメロディが、人々の心の嘆き表すかのように進行していく。苦しみを乗り越え、ジャズ的に発展したテーマの回帰で曲を終える。

第4番「ウィンズボロ綿工場のブルース」
作者不詳のこの原曲は、1930年代のサウス・カロライナ州ウィンズボロにある綿工場で働く人々の労働環境を歌っている伝統的なブルースである。冒頭からミニマルミュージック的に曲が始まり、手首や肘のクラスターを用い綿工場の過酷な労働環境を描写し、そしてその描写が突然止んでからテーマであるブルースが歌われる。過激なまでの描写、人々の嘆きのような哀歌、緻密な対位法や主題労作、即興的な発展や超絶技巧など様々な要素が入り組んで発展し、この当時の労働環境の過酷さを今に伝える。

第6番「ハウスワイフの嘆き」
元々はチェンバロのために書かれた作品。ピアノでも演奏可能と作曲者本人が言葉を残している。同名のアメリカ民謡は「人生は骨が折れ、愛は災いを招く。美しさは消え失せ、豊かさは逃げ去る。喜びは減少し、価値は不誠実。そして私が望みたいものなど何もない。」という歌詞が続く。また、この民謡だけでなく途中では奴隷の歌も引用されている。しかしジェフスキは決して深刻な内容として曲を発展させず、唐突なジャズやブルース、演劇的な変奏も含み、ウィットに富んだバラードとなっている。

第5番「それは時間の長い男の気を損ねる」
この曲はアメリカの終身刑の囚人の歌がテーマとなっており、そのテーマと24の変奏からなっている。元々この曲はピアノとオーケストラのために作曲された。その後ジェフスキはピアノソロに編曲し、さらに改定を経て2004年に最終的な形となった。元の歌は終身刑の囚人が刑務所での労働の際に歌っていたもので、家族などからも何の音沙汰もなく、孤独に死ぬまでの長い時間を囚人として労働し続けるしかない男の心からの後悔や嘆きが詰まっている。全6曲のバラードの中で最も演奏時間が長く、内省的、思索的な作品である。

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