ストーリーはブランドの意思決定に力を与える
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ストーリーはブランドの意思決定に力を与える

Takuya Hara / FICC BX

ストーリーと聞くと「ストーリーテリング」に代表されるような、"他者の注目を集め説得する手段"として捉えられる向きがあるのではないかと思います。一方でストーリーには、(他者ではなく)"自らにまつわる記憶や出来事の意味を捉え直す"ことで、自らの意志に力を与えるためにも必要とされるのではないか、という議論があります。

本記事では、後者の"人の意思決定に力を与えるストーリー"に注目し、それがブランドにとってどんな役割を担うのかについて紹介していきます。

このnoteは何?
マーケティングエージェンシーFICCのBX事業部にて、「ブランドとはなんなのか? どうすればブランドを豊かにすることができるのか?」をみなさんと考えるnoteを書いています。記事をまとめたマガジンはこちら→本当の価値を生むブランディング戦略(仮題)

自らの意思決定を左右するストーリーエディティング

"自らにまつわる記憶や出来事の意味を捉え直す"ことを、「ストーリーテリング」と対比して「ストーリーエディティング Story Editting」と表現されることがあります。心理学者のティモシー・ウィルソン氏が提唱したこのワードは、過去の自分に起こった事柄の解釈の仕方が、その人のいま・ここの行動に大きな影響を与えることを説明するために用いられました。

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■ ストーリーエディティングは、就職活動における自己分析
「ストーリーエディティング」についてさらに説明すると、「ストーリーテリング」と「ストーリーエディティング」の対比を、就職活動から連想すると分かりやすいかもしれません。面接や履歴書で自らについて語る時に鉄板のエピソードや掴みのユーモアを持っていること(≒ストーリーテリング)が、就職プロセスを通過する際にとても重要だという認識は広く共有されていると思います。他方で「なぜ私はその会社に加わりたいのか」、そしてそれは「自らのどのような経験に基づいているのか」について捉え直していく、俗に言う自己分析の作業(≒ストーリーエディティング)も同様に重要なことは、就職活動やそれに類する活動を経験したことがある方にはうなずいていただけるのではないでしょうか。

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■ ストーリーエディティングの効果:大学生の成績向上/中退率低下
そして、このような自らの過去を再解釈していく作業が当人の行動を大きく変えることを、ウィルソン氏は実証研究で示しています。例えば、成績のふるわない学生の一部を対象に、過去の試験結果に対する認識を「私はこれができない」から「コツを習いさえすれば大丈夫」に再解釈してもらうカウンセリングを受けてもらったところ、カウンセリングを受けなかった学生に比べて有意に成績が上がり、また中退率が下がったと言います。過去の出来事に対する解釈が変わったことで、「人生」という自らが主人公のストーリーのシナリオが変わり、そしてその後の行動もまた大きく変容したのです。

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ストーリーは、他者に対するコミュニケーションのツールとなるだけではなく、自らの意思決定を左右し行動を大きく変えるベースともなるのです。

■ 集団・組織におけるストーリーの効用
人の意思決定に力を与えるストーリーエディティングは、個人だけでなく、企業組織においても重要です。例えば、脳神経科学者のユーリ・ハッソンは、ストーリー化された映像とそうでない映像をそれぞれ見たグループの脳の活動パターンを比較した時、前者の映像を見たグループ内の人々の方が、明らかに脳の活動パターンが似通っていたそうです(その差は約7倍)。ストーリーエディティングは、個人の意思決定の強い影響を与えるだけでなく、個人と集団の間に橋をかけ、個人の意思決定と組織の意思決定を融和する力を持つのです。

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企業におけるストーリーエディティングの活用

では、ストーリーエディティングは企業においてどのように活用することができるでしょうか。例えば2021年に東京五輪を控え、CI(補:コーポレート・アイデンティティ)のリニューアルを検討している企業は少なくないと思います。そしてCIのリニューアルは(前述の脳神経科学の研究に基づけば)企業のストーリーエディティングとして捉えることで、その効果は7倍近く高まると筆者は考えています(裏を返せば、企業のストーリーが再編集されないCIのリニューアルは、CIとは名ばかりの、標語の差し替えにすぎないと思います)。

CIのリニューアルを企業のストーリーエディティングだとした時に、例えば以下の点に留意すべきだと筆者は考えています。

・未来の理想を語るだけでなく、過去を捉え直す活動を伴うこと
・過去のネガティブな経験に背を向けず、捉え返すことができること
・CIによって企業とサービスの因果関係を再解釈し語り直せること
・CIが経営陣個人の「経営する意義」の再解釈につながること
・CIが従業員個人の「働く意味」の前向きな再解釈につながること
・CIが組織制度やシステム選定の理由/根拠になること
・CIがブランドの意思決定の理由/根拠になること

その企業がビジネスの進行に応じて徐々に分離していってしまった経営陣と従業員/企業とサービス/組織と個人が持つ「意味」を紡ぎ合わせ、ストーリーで編集する契機として考えれば、CIリニューアル後のクリエイティブ制作や組織制度への適用もまた、自ずとそのブランドのストーリーを象徴するものになるのではないでしょうか。ストーリーはブランドの意思決定のベクトルを揃え、連動を支え、その力を一つにまとめるのです。

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社会と共にブランドのストーリーを再編集する軸足となる「パーパス」

一方でブランドのストーリーは企業のものだけではありません。FICCではブランドを「消費者の頭の中にある意味ないし記憶」と定義しており、すなわちブランドのストーリーは、企業という編集者と消費者という作家との共作によって完成するものだと考えています。

さらに消費者という個人をこえて、ブランドと社会/文化の関係は、時にトレードオフのような関係になりつつあります。例えば、スターバックスコーヒーは、"サードプレイス"と言われる新たなカフェカルチャーを世界に広げましたが、その成功の裏で、土着の喫茶店や地域の茶文化を衰退へと追い込んでいるという見方もあります[参考]。環境に配慮した原料で作られた洗剤ブランドは消費者の自尊心を満たす一方で、原料の生産のために第3世界の原生林を破壊しています[参考]。また他方で社会の側からブランドに変化を要求される規模と頻度も大きくなりました。例えば、現在のセックス/ジェンダー観のユニバーサルな変容は、企業のコミュニケーションに少なくない影響を与えていることを、誰もが肌で感じていると思います[参考]。

ブランドが社会/文化に大きな影響を与え、また社会/文化からブランドが与えられる影響が大きくなった今、ブランドと社会/文化の関係・文脈を捉え直すことの重要度が高まっています。

こうした背景に後押しされて、現在注目が集まっているのが「パーパス」というキーワードです。パーパスは「社会的存在意義」と言われることが多いく、そのブランドが社会/文化においてどのような存在意義を持つのか、そのストーリーを編集するために不可欠なキーワードです。

先ほど紹介したCIがブランドの過去を捉え直し現在までのストーリーを再編集するためのキーワードだとしたら、パーパスは、捉え直したブランドのアイデンティティが、社会/文化とどのような関係を紡ぐのかを編集するためのキーワードだと言えるでしょう。

ブランドと社会の関係が、パーパスによってストーリーエディティングされることで、そのブランドの意思決定は多くの人に強い納得と共感を生み出すのではないでしょうか。

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そして現在、FICCではパーパスを起点としたブランドマーケティングのサポートを行っています。その具体的な手法や方法論についてご関心がございましたら、お気軽にご連絡ください。是非一度、ご意見を伺えましたら幸いです。

P.S. ブランディングとカウンセリングの交差点

本記事では、ストーリーテリングに傾きがちなストーリーへの注目に対して「ストーリーエディティング」というキーワードに着目し、ブランドのアイデンティティやパーパスを策定することの重要性を語り直してみました。そして、実はこの「ストーリーエディティング」の重要性は、経営の実務においても、徐々に注目されているのではないかと思っています。

例えば昨年出版された、経営学者の宇治田元一による『他者と働く:「わかりあえなさ」から始める組織論』では、会社組織で働くということにおいて、自らの「正しさ」を他者にインプットするための道具としてストーリーを使うのではなく、自分と他者の間にあるストーリーを編集し直すことで自分と他者の関係が変わっていくことの重要性が全編にわたって語られています。

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そしてこうした他者や社会との関係をストーリーの視点で編集し直す試みは精神療法やカウンセリングの分野で発展してきました。例えばカウンセリングの手法の一つである「ナラティブ ・セラピー」では、「再著述」というキーワードがあります。「再著述」とは、まさに「ストーリーエディティング」の実践と呼べるものです。

さらに企業活動の一部は、カウンセリングなどの応用によってなされました。例えば、組織開発の実践は元々戦争で精神を傷めてしまった兵士たちを集団的に癒すための精神療法に端緒をもちます。

今後ブランドが、市場という場の陣取り合戦のためだけではなく、経営陣と従業員/企業とサービス/組織と個人/企業・事業と社会・文化、その間の対話(あるいは会話)の触媒として力を発揮するために、カウンセリングなどの"ケア"の実践によって得られるものは少なくないのではないかと、筆者は考えています。

今ブランドには、"強さ"と同時に"優しさ"も求められていると、私は考えています。

監修:株式会社FICC
パーパスと人の可能性でイノベーションを起こし、 社会価値と経済価値を創造するブランドマーケティングエージェンシーです。
データに基づく論理的なマーケティングにより、ブランド戦略・マーケティング戦略からプロモーション実行まで提供し、ブランドの成功を通じて社会に貢献していきます。


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Takuya Hara / FICC BX