ストーリーはどのようにマーケティングに貢献するのか
「マーケティングにはストーリーが重要だ」。この言葉に異論を唱える人は、それほど多くないでしょう。一方で、狭義のデザインのように、「ストーリーへの投資が事業にどう貢献するのか」を、説得的に語ることは難しいと認識されている方も多いのではないでしょうか。
本記事では、マーケティング実務の観点から「ストーリー」に関心を持っている人が「マーケティングや広く経営活動にストーリーがどのように貢献するのか」について理解を深めていただくこと。さらに所属するチームや部署にプレゼンする際に活用いただけることを目指し、「マーケティングに貢献するストーリー」に関する2つの視点をご提供します。
視点1:顧客の購買活動を刺激するストーリー
1-1 価格の向上
ストーリーは、商品の価値を高めます。例えばある実験によれば、フリーマーケットやリサイクルショップで購入した品物を短いストーリーを書き添えた上で、インターネットオークションに出品したところ、元値の50-100倍の金額で売れたといいます。
このことを、USBメモリの開発などで知られるビジネスデザイナー・濱口秀司氏は、ストーリーによって商品は"思いがけず高価格で大量に売れるスイートスポットが狙えるようになる"と表現しています。機能や(見た目の)デザインは常に類似商品と比較され価格競争を余儀なくされますが、他方で商品が固有にもつストーリーはユニークな価値となって、そのストーリーに愛着や共感を持ったユーザーにとって他に変えがたい商品となるのです。
1-2 記憶の強化
ストーリーは、ブランドの記憶に大きな影響を与えます。ある心理学の研究によると、情報を記憶する際に、ストーリー化されている場合とそうでない場合で、記憶された情報量に9倍の違いがあったそうです。
記憶されやすいということは、マーケティングにおいては、広告やキャンペーンで商品を記憶してもらえる確率が高まり(認知率向上)、また店舗に訪れた時など、購買直前に商品を思い出してもらえる可能性が高まる(想起順位向上)ということです。
ストーリーが記憶に与える効果はブランドにさらに大きな力を生むこともあります。ブランド論の大家であるデービッド・アーカーは「サブカテゴリー」の創出のための方法論として、ストーリーをとても重要視しています。「サブカテゴリー」とは例えば「エナジードリンク」(Ex. レッドブル)、「気候変動対策としての電気自動車」(Ex.テスラ)、「クラフトビール」(Ex. よなよなエール)などです。
サブカテゴリーの創出とは、「商品」と既存カテゴリーにこれまでなかった「連想」を記憶でつなぎ合わせる離れ業です。そして、ストーリーは、SFに代表されるように、これまで今まで無関係だった事柄同士をつなぎ合わせ、人間の記憶に強く刻印する力をもちます。テスラやレッドブル、よなよなエールを想起すれば自明の通り、サブカテゴリー創出にとってストーリーの活用は不可欠と言って差し支えないでしょう。
1-3 情報の伝達
ストーリーは、生活者の商品に対するクチコミを促します。アメリカでベストセラーとなった「CONTAGIOUS:WHY THING CATCH ON」(邦題『なぜ「あれ」は流行するのか:強力に「伝染」するクチコミはこう作る!』)の著者で知られるジョーナ・バーガーは、人々が商品について好意的なクチコミを主体的にする条件の一つとしてストーリーを挙げています。
またストーリーで伝達されたクチコミは、ブランドに対する好意度を高める作用もあります。ある研究では、結果や成果にフォーカスした情報伝達よりも、目的達成のプロセスにフォーカスした情報伝達の方が、心理的によりポジティブな影響をもたらすことがわかっています。
視点2:組織のマーケティング活動に貢献するストーリー
2-1 意志の共有
ストーリーは、組織の意志を一つにする力があります。ある脳神経科学の研究は、ストーリー化された映像とそうでない映像をそれぞれ見たグループの脳の活動パターンを比較した時、前者の映像を見たグループ内の人々の方が、明らかに脳の活動パターンが似通っていると結論づけました。つまり、ストーリーは集団の思考を一つにする作用を持つのです。
2-2 技術の刷新
ストーリーが持つ組織の意志を一つにする力について、パーパスに関する調査からもう一例示したいと思います。デロイトが2014年に発表したレポートによれば、パーパスが文化として根づいている組織は、そうでない組織に比べて、新しいテクノロジーへの投資額が約2倍になるそうです。ストーリーは、「企業」と「パーパス」をつなぐアンカーとなるだけではなく、「パーパス」を起点に「まだ見ぬ未来への力強い意思決定」を支援する北極星ともなるのです。
例えば、最近話題のD2Cブランドの要諦は「レガシー産業・業界における、最新のテクノロジーを活用した顧客体験の最適化・独自化」とされ、「顧客体験の独自化」の手法としてストーリーの重要性が注目されていますが、他方でストーリーが持つ力は顧客のみに作用するわけではありません。D2Cブランドが、古い慣習が残る産業・業界においても最新のテクノロジーを組織として有効に活用することができるのは、ブランドが実現すべき世界観がストーリーによって組織に共有されているからなのです。
2−3 資金の調達
ストーリーの「集団の思考を一つにする」という作用は、資金調達においても重要となります。アルバータ大学のジェニファー・ジェニングスらが2007年に発表した論文は「資金調達プロセスにおいて、事業をストーリーとして説明し投資家を納得させられる経営者ほど、獲得できる資金が大きくなる」という仮説を立て、IPOを申請した169のスタートアップ企業と経営者の統計解析の結果、この仮説を支持する結果を得たと結論づけています。
他には、韓国のクラウドファンディングを対象とした研究で、クラウドファンディングにおいてストーリーの活用が資金調達額に有意に作用することを示しました。投資家やアナリスト、またはクラウドファンディングの利用者にとって正確なバリュエーションと同等かそれ以上に、投資先の会社や事業、経営者が持つストーリーに共感・納得できるかどうかが重要なのです。
どうすればストーリーの恩恵を受けられるのか
本記事では、顧客に向けた外部へのマーケティングと組織に向けた内部へのマーケティング、2つの視点からストーリーがマーケティングに貢献するポイントをみてきました。しかし、ここまで読んでくださった皆さんには、「ではどのように考え実践すれば、ストーリーを生かしたマーケティングを実現できるのか」という疑問が浮かんだのではないでしょうか。
FICC BX事業部では、内部と外部のマーケティングに一貫性をもたらし、マーケティングがストーリーの力を獲得するためのキーコンセプトが「ブランド」だと考えています。noteでも「ブランド」の視点からストーリーをマーケティングに生かすためのフレームワークや方法論をご紹介していければと思いますが、「ストーリーを重視した企業・事業・商品のブランド戦略」に近々でご関心のある方は、ぜひお気軽に弊社までお問い合わせください。
P.S. 私たちにとって「ストーリー」はどんな存在か
ここまで、マーケティングとの関連でストーリーを取り上げてきました。しかしストーリーは、マーケティングという経済の一分野に限定されず、人間の生活全体を構造化し、そして過去と未来を地続きに意味づけるものとして、人間の歴史とともにあります。(ちなみに、最近の歴史研究には「歴史とは物語である」という主張が度々なされています)。
例えば、私たちにとって目下の課題である「地球環境の持続化」においても、ストーリーの力はとても重要です。エコ・アクティビストとして知られるシリル・ディオンは、これまで様々な運動やアクティビストたちを見てきた経験をふまえながら、「私」の意志を「私たち」の意志に変え、現在の絶望的なシナリオを脱構築し希望ある未来をリ・インベンションするのは「警告」ではなく「ストーリー」なのだと強く主張しています。
他には、生物学でテニュア(終身在職権)を得ながらハリウッドでストーリーの力について学び、現在は研究者や学生向けにストーリーに関する啓発活動を行っているランディ・オルソンは、科学論文の評価にストーリーの活用度が大きな差を生むと述べています。また心理学者ジェローム・ブルーナーは、法廷における裁判においても、その本質はストーリーの対決なのだと言いました。
「科学」や「法廷」のような客観的・論理的であると考えられている場においても、ストーリーは大きな力を及ぼしています。ストーリーは私たちの心(あるいは脳)を不可避に強く動かし、またストーリーによって人間は、組織・集団として、個人ではなしえない大きなうねりをつくりだすことができるのです。一方でそれは、例えばテロリズムや全体主義国家、宗教戦争に代表されるように、悪の道へ誘惑される危険性とも隣り合わせです。
私は、こうした人間の生活全体に及ぼすストーリーの可能性(と危険性)に目を向け、ブランド(あるいは人間)がストーリーの力を得ることによって社会や世界にどのような変化を起こすのかについて考えながら、マーケティング実務の従事者にとって有益で有効なストーリーの枠組みや方法論を提案していきたいと考えています。
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