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「なりたい自分になるために」中井祐樹×オケタニ教授×二重作拓也 

Dr.Fの最新著書『可能性にアクセスする パフォーマンス医学』の内容は、著者が格闘技を通じて得たさまざまな知見をベースにしながら、より幅広い範囲に応用できるものになっています。

それは「パフォーマンス」という言葉が示す通り、スポーツの範囲すら飛び出して日常生活のあらゆる場面に活用できるほど。

 そんな本書の発売記念トークイベントは、その内容にふさわしく、トーク・テーマも多岐にわたりました。今回は3月28日、東京・下北沢の「本屋B&B」にて行われたイベントの模様をご紹介します。


 イベントの登壇者は、言わずと知れた格闘技界のレジェンドであり現・日本ブラジリアン柔術連盟会長・中井祐樹さん、「夜景おじさん」シリーズなどのユニークな作品で知られる写真家のオケタニ教授、そして著者であるDr.Fの3名。

 中井さんは本連載でDr.Fとの対談に登場していただいたこともあり、長く親交がありますが、そこにオケタニ教授という要素が加わるとどうなるのか?当日は会場に集まったお客さん、配信で参加した視聴者ともに、どう進んでいくのか予測がつかない話の流れに興味津々といった様子。

オケタニ教授もDr.Fとは親交があり、飲んでいるときに電話でDr.Fを呼ぶような間柄なのだとか。Dr.Fもお酒は飲まないのに、顔を出すそうです。


そういった説明から、オケタニ教授の「夜景おじさん」の話題に。「なんでおじさんを撮ってるの?」という、Dr.Fの当然の(?)疑問に、オケタニ教授はこう答えていました。

「僕はカメラを手に入れたのが44歳の時なんですけど、もちろん、女性を撮りたかったんですよ、夜景をバックに。でもライティングが必要なんで練習したいなと思ったら、後輩が車を出してくれて。その後輩に『顔作らなくていいから、そこに立っとけ』って言って撮ったら、『え、めっちゃオモロいかも』ってなって。あんなキレイな夜景があるのに、もっとおじさんを無表情で撮ったら面白いかもと思ったのがきっかけで」



 こんなエピソードの後で自己紹介の順番が回ってきたDr.Fはちょっと尻込みする様子も見せていましたが、Dr.Fが負けないぐらいの経歴の持ち主であることは、本連載の読者ならもちろんご存じでしょう。オケタニ教授をもっとも驚かせたのは、「強くなるために医学部に入った」という話。思わず「そんな発想あります?」との反応が出てきました。

 Dr.Fの経歴の話に続いては、画像を見ながら「心臓震盪」についてのトークに。これも本連載ではおなじみのテーマですが、「発信し続けてきた効果なのかわかりませんが、ついに去年、医師国家試験の問題に心臓震盪が出ました」という報告も。


 続いては中井祐樹さんの自己紹介。まずは何と言っても、日本ブラジリアン柔術連盟会長という顔についてから始まります。「人の首を絞め続けて30数年」というフレーズでインパクトを残しつつ、柔術の「見た目には地味だけど、やってみたら面白い」という事実をサラリとお客さんの心に残していく話術はさすがです。


「関節技の攻防で、痛みを感じるから逃げるというのは普段の生活と同じだと思うんですよね。そういうことを長い時間やっていると相手が何を考えているのか分かるようにになったりするところは、大げさに言うと人間学としてはなかなか面白いんじゃないかと。最近は、そこにみんながやっと気付いてくれたという感じですね」

 と、柔術の普及への実感を語ったところが印象的でした。

 中井さんの経歴で欠かせないのが、格闘家としての活躍です。話は日本武道館でヒクソン・グレイシーと対戦した際のことに。


「あの時、どんな心境で試合されたんですか」との質問に「終わってみたらすごい楽しい1日だったんですけど、本当に体重差がだいぶあって。最初の相手から30kgぐらいかな。2回戦は40kgぐらいあったので、死ぬかもしれないじゃないですか。だから一応、試合の3日位前に親にも『お別れになるかもしれない』と電話した記憶があります」

 というエピソードが明かされました。その後はDr.Fと中井さんの出会いに関して、Dr.Fを語るのに欠かせない偉大なミュージシャン、プリンスが関係していたという話も。またDr.Fは、中井さんと初めてスパーリングをした際の出来事を明かしました。


「うちの地下のスタジオで中井先生と対談した際に、軽いスパーリングをさせていただいたんですよ。立って組んだ瞬間に、『これは前には押せない。後ろにも下がれないし、左にも行けない』と分かったんです。

『右しかないな』と思って右に動いたら、パカーン!って倒されたんですよ。組んだ時点で逃げ道を作られてたんですけど、それが罠だった。現代の達人というのは中井さんのことだと思いましたね。

 あんな体験は初めてでした。格闘技なので、ガンガン潰しにくる人はいるんですけど、そうではなくて『こうしたいのね』というのを体で示しながら合わせて、最終的には取ってしまう。すごいなと思いました」


 そこから、話は中井さんがどうやって「達人」になったのかという経歴の話に。北海道石狩市での少年時代にプロレスに夢中になり、プロレスラーを志す中、北海道大学で「寝技中心の変な柔道部」と出会い、それがシューティング、総合格闘技につながっていったという経緯が語られました。
 
中井さんはこう話しました。

「アントニオ猪木さんが他の格闘技と戦って『プロレスは本物なんだ』ということを証明しようとしている姿に感銘を受け、子供心に勝手に『俺はプロレスを代表して戦わないといけない』と思って。それを続けてたら総合格闘技になった感じです」

 これに対してDr.Fは「この話のすごいところは、柔術や総合格闘技がまだほとんど一般に知られていなかったところから、中井さんが20年、30年かけてメジャーにしたっていうところですよね」と反応。

 格闘技医学というコンセプトを発信し始めたときに、「何それ?」と笑われた時代があったことを明かす。それまでなかったものだから、理解されないのは宿命みたいなものだろう。

 またDr.Fは、学生時代のカラテ大会で敗れた際のエピソードを明かしました。

「無差別のトーナメント、準決勝で負けたんですよね。もうちょっとで勝てたのに、っていう試合で。その時にある指導者に呼ばれて、怒られたんです。その理由が、『お前は先輩に揉まれて練習してないから負けたんだ』と。でも僕は医大生だったから、道場に毎日通える立場じゃなかった。だから僕は僕のカラテを作らなきゃいけなかったんです。環境が違うから専念できる先輩たちと同じことをやっていたら強くなれないわけだから」

 まさにこれが、パフォーマンス医学につながる発想だったというわけです。ここで、正道会館でのカラテ経験を持つオケタニ教授が、Dr.Fとの意外なつながりについて言及しました。

「俺ね、二重作さんと面識ないときに『Dr.Fの格闘技医学』を買ってて、読者だったんですよ。当時は読み方が分からなくて『ふたえづくり』って勝手に呼んでたんですけど(笑)。

 そしたら、ブラジルのアデミール・ダ・コスタっていう超一流のカラテ家がコメント書いてて。『コイツ、アデミール・ダ・コスタと知り合いやん! 信用できるかも』って思ったんですよね」


 これに対して、Dr.Fは「アデミール・ダ・コスタみたいになるにはどうしたらいいかとなった時に、ただ闇雲に練習すればいいってことはなくて、

『ここは根性、精神力が必要だけど、ここは原理原則を知って正しくやればちゃんと辿り着く』

ってことを『格闘技医学』とか『パフォーマンス医学』で書いていまして」と続けます。

ここでようやく、「今日は『パフォーマンス医学』の話をあんまりしてないですけど、まあそれは全然いいんですけど」と、このイベントの根幹を鋭く突くような展開に!

そう、3人の経歴やお話が面白すぎて、なかなか書籍の内容に添った話の展開に突入できないのです。ちなみにこの時点で、120分の予定時間のうち80分ほどが経過。まあ、これがライブイベントの面白さということで(笑)。


 そんなムードなので、「後ろ回し蹴り」という技が「回し」という言葉に影響されて、本来の技の動きとは違う運動イメージになっているという話から、「金縛り」や「肩甲骨剥がし」という単語も、言葉のイメージに引っ張られているという話になります。

そこでDr.Fはこう発言。

「医学の言葉というのは世界のスタンダードがちゃんとあって。たとえば指の『第二関節』というけど、これは俗称で、医学の世界に『第二関節』という言葉はないんですよ。『PIP(ピーアイピー)ジョイント』っていうんです。『肩甲骨剥がし』だって、何かビジネス上で分かりやすい言葉として使ったり広めたりするんだけど、それは全く医学的な用語ではないんですよね。僕は自分の書の中では、そういう曖昧なワードは一切使いたくなくて。そこには徹底して厳しいです」

 この発言には、自らの活動や著作に対するDr.Fの真摯な姿勢が伺えます。これを受けて、オケタニ教授はこうコメントしました。

「読んだ人は分かると思うんですけど、この本って、急にしょうもないギャグを言うところがあるんですよ。急にボケるところがある。俺は二重作さんのことを知ってて、普段しょうもないことを言うのを知って読んでます(笑)

けど、本には理系の話も出てくるんで、テーマ的にはちょっとムズいはずなんですよ。

でも二重作さんは、正月に集まったときに親戚のオッチャンがおもんないこと言う、みたいな感じで書いてくれるから、『あ、この人の言うことは聞けるな』って思っちゃうんですよね。固い医者が書いてるんじゃないから、分からないところももう一度読んだら、もしかして分かりやすく書いてくれてるんじゃないかと。書いてる人のキャラが見えるんですよね」

 この発言にも、Dr.Fの姿勢が言い表されています。医師や学者が対象というわけではないので、難しい用語を噛み砕いたり、分かりやすい事例を使って説明することが常に求められるわけで、Dr.Fが最も意識している部分でもあります。それがオケタニ教授には、独特な表現ではありますが、実感として伝わっているということですね。

 この話から、Dr.Fの著書の違いについての話に発展していきました。


「やっぱり単純に『手に取ってもらいたい』という気持ちがあって。

『格闘技医学』と『パフォーマンス医学』の違いというのは、実はそこにあるんです。『強さの磨き方』との違いもそうなんですが、『格闘技医学』はやっぱり、どうしても読者を選ぶんですよね。

殴ったり蹴ったりが嫌いな人にはリーチしないじゃないですか。それはやっぱり作品として人を選んでしまっているということに気づいたんです」

 その過程でDr.Fは今までの自分を否定する必要があったと言います。

「またこういう俺が出てきちゃった。またパンチで説明しようとしている自分がいる、みたいな。でも『パフォーマンス医学』が形になって、一周したんで戻ってこれた。今日も、中井先生とイベントをやりたいと思ったのも、『格闘技医学にも回帰する儀式』でもあったのかなと、自分でも思うんですよね」

と、話は一気に今回のイベントの意義へ。


中井祐樹氏 @yuki_nakai1970
オケタニ教授 @yakei_ojisan
二重作拓也 @takuyafutaesaku

イベントも終わりに近づき、最後は質問コーナーに。参加者からはまず「リスクヘッジの部分で、負けるということをどう考えていますか」という質問が出ました。これには、中井氏が回答。

「誰だって、たくさん試合に出たら負けることもあるじゃないですか。ワールド・チャンピオンになるまでには、絶対にどこかで負けるんですよ。

負けは全て経験になるので、成長につながると思えば、負けも悪いことではないんですね。ある選手の例で、試合中も負けることばっかり考えているヤツがいるんですよ。

インターバルで目を冷やしていると、『目が二重に見えてきた』とか、そんなことばっかり言うんです。だから『負けたい? タオル投げた方がいい?』って聞いたら、それはイヤだと。

そしたらその次のラウンドで、逆転して勝ったんですよね。それは、さっきかけた言葉が効いたんだなって思ったんです。そういう人もいるし、人によって違うので、負けに向き合っていくことは悪いことではないんじゃないかと思いますね」

 続いては、「『パフォーマンス医学にはいろいろなことが書かれていますが、そのいちばんコアな部分みたいなものはありますか?」という質問が出ました。これにDr.Fはこう回答。

「この本のいちばんの核心の部分は、『運動がどうやって起きるかということを知ってやると、たどり着くところが全然違うよ』ってことですね。

運動というのはもともとあるものじゃないですか。動けちゃうがゆえに『なんで今僕はここで手を前に出せるんだろう』『なんでボールを投げられるんだろう』ということは、その疑問を持たずに過ごそうと思えば過ごせちゃいます。

でも、もし自分のパフォーマンスをワンステージ上げたいと思ったら、『なぜその運動が起きるか』という原理原則の部分を知っていると、きっと上げていけるよ、というところを共有したかったんです」



締めのトークでは、Dr.Fの主催する「パフォーマンスDojo」についても触れられました。さまざまな人々がジャンルを超えて、「パフォーマンス向上」をテーマに情報やノウハウを共有し、身体を動かして磨き合う場です。こちらについて詳しくは、Dr.Fの各種SNSをご参照ください。


 2時間にわたるトークも、いろんなところに話題が及びながら、楽しく有意義に終了。参加者からは、またこのようにしてDr.Fやゲストの声が聞ける場が開かれることを要望する声も多く上がっていました。その機会を楽しみに待ちたいと思います。
(イベントレポート:星海社 築地教介@seikaisha_kt)

本記事はシェアNo.1の格闘技専門誌、ファイト&ライフ @fight_and_life
にご掲載いただきました記事に加筆修正したものです。

PS.おかげさまでアマゾン医学部門でベストセラー1位、重版ヒットに。


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