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毛まみれの毎日

猫と暮らすようになってから、僕の毎日は毛まみれになった。

うちには2匹の猫がいるのだが、2匹ともとにかく元気だ。普段はのんびりと窓際やキャットタワーの上、お気に入りのベッドで寝ているのだが、ふとした瞬間に野生の本能が目覚めて突然走り出すことがある。1匹が走り出すと、それに釣られてもう1匹も走り出す。そのあとはもう、ドタバタ騒ぎだ。

お互いを狩りの獲物に見立てて乱闘を始めたり、一緒に家中をものすごい勢いで走り回ったりする。どちらもオスだから男としての本能が騒ぐのだろうか。そんなことを考えながら微笑ましく眺めているのだが、そういう時に、とにかく毛が落ちる。

普段から部屋の隅で大人しく過ごすような猫であれば、掃除はそれほど大変ではないのかもしれない。だがうちの猫は2匹ともとにかくよく走る。彼らはキッチンと風呂以外は全て自分の行動圏だと見做しているので、家中の至る所に毛を撒き散らせながら走る。猫を飼っている以上避けられないことだが、掃除の手間は格段に増えた。

カーペットに何回コロコロをかけても毛が消えることはないし、家に帰ってしばらくすれば僕の黒いズボンには何本もの毛がつく。いちいち気にしていられないので、最近は毛がついたままのズボンで出かけてしまうこともある。周りから見れば、僕の家に猫がいるのは一目瞭然だろう。

カーペット掃除は僕の仕事なのだが、床に散らかった毛は全てロボット掃除機が取ってくれる。1年ほど前に初めて購入したのだが、ロボット掃除機はとにかく便利だ。これまでは重たい掃除機を持って家中を駆け回って掃除をしていたが、今ではロボット掃除機のスイッチを押すだけで家中が綺麗になる。

我が家のロボット掃除機は「ルン太郎」というあだ名を付けられ、どういうわけか僕は勝手に「オス」だと思っている。彼は自分のボタンが押されると軽快な起動音を鳴らして部屋中を駆け巡る。床に散らかった毛をどんどん食べ続け、お腹がいっぱいになると自ら家に帰っていく。その姿はまるでもう1匹のペットのようで、なんだか愛着が湧く。

だが、きっと彼も猫の毛など食べたくはないだろう。美味しくなさそうだし、何より、キリがない。食べても食べても次の日には床に毛が散らかっているのだ。それを何ヶ月も続けていたら、きっとうんざりしてしまうだろう。毛だらけの我が家に来たことを悔やんでなければ良いのだが……。


さて、そんな毛だらけの家に住む僕だが、実はこの家にもう一人、毛を多く落とす者がいる。それは同棲している彼女だ。

一緒に生活するようになったのは1年ほど前のことなのだが、同棲を開始してすぐに、床によく長い毛が落ちているのを見つけるようになった。僕は髪が短いので、おそらく彼女の髪の毛だろう。特に気になるほどでもなかったのだが、ルン太郎が床を掃除した直後にも毛が落ちていることがあって、それには驚いた。

「そんなに頻繁に抜けていて大丈夫なのか?」と、少し心配になったが、よく考えてみれば不思議なことはない。人間は毎日100本程度の髪の毛は抜けているらしいから、そこら辺に毛が落ちているのは不思議ではない。特に彼女は毛が長いので、目立って見えるだけだ。僕も毎日毛が抜け続けているのに、短いから気になっていないだけだろう。

一方、猫の場合は、毎日100本どころの話では無い。なんとなく彼らの背中を撫でてみれば手に大量の毛が付く。ブラシで彼らの毛並みを整えればとんでもない量の毛が取れるし、何度掃除してもベッドは毛だらけ。キャットタワーはもはや毛の巣窟と化している。

だが、これも不思議なことでは無いのだろう。僕たちは頭の上くらいにしか毛が無いわけだが、彼らは全身毛むくじゃらだ。肉球以外はほとんど毛で覆われた生き物なのだから、僕たちの何倍も毛を落とすのは当然のことだ。

そう考えると、この家に住んでいる全員は、常に毛を落としながら生活をしていることになる。無論、僕も例外ではない。唯一毛を落とさないのは「ルン太郎」くらいだ。

毎日何百本、何千本もの毛を落とし、それをたった一人のロボット掃除機に吸わ背ている。なんとも劣悪な労働環境であると言わざるを得ないだろう。


最近では床やテーブルの上だけではなく、料理に猫の毛が乗っていることもある。我が家ではキッチンに猫が入れない高さのバリケードを設置してあるのだが、それでも何故か完成したばかりの料理に毛が乗っていることがある。レストランであれば一大事だ。

おそらく僕たちの体についた毛が、料理をしているときに落ちてしまったのだろう。もしくは、宙を舞っている毛がたまたまその料理の上にヒラリと舞い落ちたのかもしれない。確かに、この家は常に毛だらけだし、作りたての料理の上にたまたま毛が乗ってしまうことはギリギリ理解できる。

しかし、この前は僕が作った鶏肉のトマト煮込みの中に何本か毛が混入していた。上に乗っているのではなく、料理の中に入っていたのだ。

それを彼女に伝えたところ、「猫に手伝ってもらったの?」と言われたので吹き出した。確かに、猫がいつの間にか自分の手で鍋の中身をかき混ぜてくれていたのなら、毛が混入するのも納得だ。僕が目を離した隙に、きっと気を利かせて手伝ってくれたのだろう。

それ以降、料理に毛が入っていたら「今日も猫がいつの間にか手伝ってくれたんだな」と思うようにしている。


最近では僕のマスクに毛がついていることもよくある。世間は今でもコロナ禍であるから、外に出るときは基本的にマスクをつける必要がある。僕は不織布のマスクがどうにも肌に合わないので、何度でも洗って使える布製のマスクを使うようにしている。だが、洗ったばかりのマスクに、猫の毛がついていることがある。

何だか鼻がムズムズしたのでマスクを外してみたら、内側に猫の毛が何本もついていることは珍しくない。ついでに、どういうわけか髪の毛がマスクに突き刺さっていることもある。洗濯しているときに混入した髪の毛が、ちょうど良い角度でマスクに突き刺さって、そのまま繊維の間に入り込んだのだろうか?とにかく、最近はマスクも毛まみれで困っている。

もちろん、服も毛まみれだ。僕は黒い服を好んで着るので特に猫の毛が目立つ。以前、待ち合わせに遅れそうになって急いで家を出たとき、電車に乗ってから自分が全身毛まみれであることに気がついた。

上下共に黒い服を着ていた僕は、上から下まで毛まみれだった。きっと猫を飼っている人であれば「ああ、猫の毛を落とさずに家を出ちゃったんだね。」と理解してくれるだろうが、他の人から見ればとにかく汚い男でしかない。何とか手で払って毛を落とそうとしたが、猫の毛はそう簡単には取れない。仕方なく、僕はその日一日中、毛まみれの状態で過ごした。


こうやって今この文章を書いている僕の服にも、何本もの毛がついている。よく見ると、目の前のパソコンの画面にも毛が付いている。うちの猫はパソコンのキーボードの上に乗るのが好きだから、キーボードにも毛が付いている。

もう、とにかく僕の毎日は毛まみれだ。今日も、明日も、明後日も、毛にまみれながら毎日を過ごしていく。毛むくじゃらな猫たちと寄り添いながら、今日ものんびりとした毛まみれな1日が過ぎていく。

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