見出し画像

コーヒーという黒くて苦い汁が世界貿易取引量2位まで上り詰めた理由

僕が住んでいる京都はコーヒー消費量が日本一です。京都に限らず、世界中でコーヒーはたくさん飲まれていますね。
それもそのはず、コーヒーは貿易による取引量が2位の品目なのです。ちなみに1位は石油です。

コーヒーは元々イエメンというサウジアラビアのお隣の中東の国から始まりました。黒くて苦くて、飲んだら目が覚めたり興奮したりするらしい・・・もしあなたがそんな液体と出会ったら怪しくて飲むのをためらいませんか。そんなものがなぜ、世界中に広まり、取引量2位になったのでしょうか。

コーヒーとカフェが社会に与えた影響

一番の理由はコーヒー(カフェイン)の覚醒効果が優秀だったからです。とはいえ、中東の国から始まった黒くて苦い怪しい飲み物は100年程度で一気に世界中に広がり、その拡散力はただコーヒー(カフェイン)が魅力的だったというだけではありません。

実はイギリスを中心とした近代市民社会や資本主義経済の形成、フランス革命などがカフェ文化の形成と深く関わり、コーヒーの拡散に大きく貢献しています。

今回注目するのはカフェ文化。今回はイギリスを例に語りましょう。

イギリス(ロンドン)の「コーヒーハウス」

ロンドンではカフェは「コーヒーハウス」と呼ばれていました。ロンドンではじめて出来たコーヒーハウスは1652年「パスクワ・ロゼ」。ここからの広がり方がすごくて、30年後にはイギリス内に3000軒ものコーヒーハウスがあったといいます。

元々ヨーロッパでは、人々が集まる場所といえば居酒屋のようなアルコールを飲む場所が主流でした。居酒屋が「酩酊」の場であるのに対して、カフェがコーヒーという「覚醒」を持ち込み、知識人や上流階級の人間を中心にコーヒーが民間に浸透していきます。

コーヒーハウスは1ペニーで行ける大学

当時のヨーロッパでは近代市民社会、資本主義経済の形が出来上がりつつあるタイミングでした。人々が効率化を求める社会の中で「覚醒」の要素を持つコーヒーハウスはとても意味のある場所となっていきます。

コーヒーハウスでは知識人が集まりコーヒーを飲みながら議論をします。当時のコーヒーハウスは「ペニーユニバーシティ」と呼ばれ、1ペニーでコーヒーを注文すれば、大学に行ったような知識が得られるとまで言われていました。

当時の有名なコーヒーハウスにはそれぞれ特徴があり、コーヒーハウスの中で商取引まで行われるようになり「資本主義の実験場」と呼ばれました。

例えば世界的な保険市場、ロイズ・オブ・ロンドンの始まりは、「ロイズ」というコーヒーハウスだったり、現在のイギリスの保守党であるトーリー党は「ココア・トゥリー」というコーヒーハウスから、自由党であるホイッグ党は「スミルナ」というコーヒーハウスから生まれています。

商品取引「トムズ」、先物相場「ベイトスンズ」、株式相場「ジョナサンズ」、保険「ロイズ」、海運「ジェルサレム」、新聞・詩・小説「ウィルズ」「バトンズ」「スクワイヤーズ」、出版「ロンドン」、賭博「リトルマンズ」、絵画・彫刻「スローターズ」、政治「ココア・トゥリー」「セント・ジェイムズ」などが代表的なコーヒーハウスとして挙げられます。

コーヒーはヨーロッパ各国で様々な革命をもたらした

コーヒーはカフェを通じて社会全体に革命をもたらし、今の世の中を作り上げました。ロンドンに限った話ではなく、フランス革命の幕が切って落とされたのは「カフェ・ド・フォワ」のテラスで行われた演説からです。日本でも喫茶店が学生運動の活動拠点になっていたという話もよく聞きます。

「イノベーションを起こすなら、カフェから。」

この言葉は歴史が証明している事実です。
僕たちが運営しているシェアオフィスGROVING BASEの2階にあるカフェでもコーヒーを飲みながらたくさんの起業家が打ち合わせを行っています。

なにか新しいことを企むなら、ぜひGROVING BASEのカフェで。

※出典:COFFEE MEISTER TEXT BOOK/一般社団法人日本スペシャルティコーヒー協会


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?