庭でお昼ごはんを食べる週末。ベルリンから北へ、GerswaldeにあるCafe Zum Löwen
「ベルリンに来たら、他のどこに行けなくても、ここだけは行ってみてほしいの。拓郎さんはきっと好きだと思う」
ノイケルンのカフェで待ち合わせた友人が教えてくれたのは、ベルリンから列車で北に3時間ほど走ったブランデンブルグ州にある。
手づくりの庭に人が集い、季節と暮らす。ぼくが素敵だなと思う生活を体現している場だという。
「行きます! すぐ行きたいです!」
じつは以前からその場所は気になっていたから、友人の感覚はまちがいなく信頼できると思えた。
というのもベルリンに移住する2年前に、ぼくはパートナーとこの都市を訪れている。
「今回の旅では行けなかったけど、きっと拓郎くんが好きだろうから、また来た時には行ってみたいね」
帰国してすぐ、彼女が勧めてくれたのがZum Löwen(ツムローベン)だった。
聞くとベルリンのウェブサイトのデザインを研究していたら、たまたまネットサーフィン中に見つけたという。
2年ぶりにその名を聞いて、思わずハッとした。出会うべくして、出会うのだなぁと。
それからほどなく北へ向かうことになった。
目的地はブランデンブルク州に位置するゲルスワルド。周囲は自然に囲まれた小さな街だ。
ベルリンから遠く離れたこの場所に、訪問者が絶えないという。一体なぜなのだろう?
Gerswalde
無人駅で助けられる
祝日の早朝。長距離列車が発車するGesundbrunnen駅に到着すると、ホームにいる人々の大多数が自転車を押して歩いていた。
「え? なにこの光景…。週末ってみんな自転車で出かけるの?」
彼女も同じことで考えているようだった。
中学生くらいの男女のサークル活動らしい集団。
長年愛用していると言わんばかりの汚れもクールに見える、質実剛健な愛車と歩く夫婦。
カスタマイズし尽くした折りたたみ式の自転車と、一人旅をするであろうご老人。
ドイツの列車は自転車を持ち込むことができるから、出かけ先や旅先を自転車で移動するのが常識であり楽しみなのだろう。
彼らと共に電車に揺られること1時間、Wilmersdorf 駅に到着した。
僕らを含めてたった3人しか下車する人がいない、無人の駅だった。
このあとツムローベンに向かうためにはバスに乗って森のなかを北上していかなければならないが、どうもバス停が見当たらなかった。
どうしようかと駅前で立ち尽くしていた僕らを見かねたのか、サングラスをかけた男性が声をかけてくれた。
「君たち、どこまで行くんだい?あと2時間はここにバスは来ないだろう。よかったら私の車に乗って行くかい?」
ほんと!? 突然の好意に、僕は感謝した。
「ありがとうございます。ぜひお願いします!」
こういうときにまず遠慮する彼女の返事を待たずに、即答した。
(もちろん安全そうであるかは直感で確認している)
こうしてぼくらは男性の車に乗って、ツムローベンへの想定外な道のりを楽しんだ。霞むような緑と青色の農地の風景が続いた。
男性の目的地を訪ねると、かけていたサングラスを頭の上に乗せて、赤ん坊のようにはにかんで言った。
「私たちは君らよりもさらに北にあるフィールドで遊ぶんだよ」
ほどなくしてレンガ造りの町に到着した。
「この道をまっすぐ行けば、すぐにツムローベンさ」
厚意と親切なアドバイスに、心から感謝しながらこう思った。この人もツムローベンを知っているのか……。
「まだ英語が得意ではないので、あらためて文面で感謝の気持ちを伝えたいです。あなたの名前を教えてもらえますか?」
「アイザックだよ。マグナリーアイザック。また会おう」
ニヤリと笑みを浮かべる彼は、なぜか掌をあわせて合唱ポーズをしながら走り去って行った。
もしアイザックさんに拾ってもらわなければ、到着はおやつの時間を過ぎていただろうし、無人駅で2時間も待っていたら、せっかくのお出かけも最悪な気分になり、夫婦仲違いしていたに違いない。
「めちゃくちゃ与える余裕のある人だったね。今日から見習います」
「器のおおきい人になってくれよ」
まだ始まったばかりの旅のハイライトに、僕らは感激し、テンションは最高潮だった。
さっそく彼の名前を調べると、Wikipedia やさまざまなサイトで本人の写真があり、すぐに見つけることができた。(ここでは詳細はふせますが)映画雑誌の元編集長・カメラマンであり、現在は脚本家でドキュメンタリー映画監督であることがわかった。
この出会いをきっかけに、僕は「あなたの映画を観たい」と連絡し、その後ある会に招待してもらうことになる。
この話は後日にするとして、話を戻そう。
Café Zum Löwen へ
緑色の門が見えたら、到着の印。
陽射しがよく入る清々しい建物がツムローベンの象徴だ。
小高い丘から、手を尽くされた庭を眺めながら、子連れの家族やカップルがランチしている。
丘に沿うように段々の畑があり、その中に野菜や花やハーブが元気よく咲いている。それも整いすぎていない自然な姿がターシャ・テューダーの庭のようであり、彼女が描く絵本の中の世界を目にしている気さえした。
広い庭にはテーブルと椅子が置いてあり、ご飯が食べることができる。
僕らは朝早くから出発していたから、お腹はペコペコ。食事をとってからガーデンを散策し、町を歩くことにした。
weekly special ベジカレー
彼女が注文した「寿司ケーキ」
Zum Löwenのオーナーはドイツ人だそうだが、日本人の女性たちが切り盛りし、日本人がつくるカフェとして地元の人々にも受け入れられている。
スパイシーでありながらとってもまろやかなカレーと、懐かしいお寿司におにぎりの味がぼくらをくつろがせた。
食事を終えてからもずいぶん長いこと、ぼーっと庭を眺めていた。
14時をまわる頃。透き通る小川のせせらぎを聴きながら裏庭を散歩した。
「なんだか十和田みたいじゃない?」
「奥入瀬みたいだね」
この町でいちばん美しい庭
森のトンネルのなかで日本を思い出しながら、レナーテさんの庭へ向かった。
この町でいちばん美しいガーデンがあると教えてもらったのだ。
レナーテさんの庭は、ツムローベンから教会をはさんで反対側にある石畳の道沿いにある。
車道から覗けば、色とりどりの花が咲いている庭が見えるだろう。
「ここがレナーテさんの家じゃないかな?」
家のまわりをウロウロしていると、庭の一角でジョウビタキのメスがさえずっていた。
「あ、ジョウビタキがいるね」なんて夢中で目で追いかける。すると突然、赤いワンピースを着たかっぷくのいいおばあさんが現れた。
それはそうだ。見ず知らずの他人が勝手に敷地内に入ってきたら誰だって不審者ではないかどうか確認しにくるだろう。
「あ、あなたはレナーテさんですか?この町でいちばん綺麗な庭があると聞いて来ました。もしよかったら見学してもいいですか?」
「私がレナーテです。もちろんですよ。手前にはガーデン、奥には畑があるから、遠慮せずに見て行ってらっしゃい」
レナーテさんはずっと笑顔。何でも受け入れてくれそうな雰囲気が漂っている。
彼女の庭で取れた野菜は、少量だがツムローベンの食材として使われることもあるそうだ。
あのカレーに添えられたレタスのシャキっとした歯ごたえは、地元で採れた野菜だったからなのだろう。
この庭にも僕らのような訪問者が絶えないという。
庭が好き。ただそれだけのことを突き詰めていくと、見ず知らずの誰かの目的地になる。
思いおもいに過ごせる余白
ベルリンも6月半ばに入ると、東京と同じように気温が30℃近くなる。
レナーテさんの庭への訪問を終え、喉が渇ききった僕らはもう一度ツムローベンに戻ることにした。
「おかえり!」
「おかえりなさーい」
彼女たちはあたたかく迎えてくれた。
もちろん、それは僕らだけじゃないだろう。
広い敷地を見渡すと、小高い丘の上のテーブル席にくつろぐことにとどまらず、ガーデンを散歩したり、好きなところに布を敷いてゆっくり過ごしてたり、テーブルの上に赤ちゃんがゴロンとしていたり、みんな思い思いに過ごしている。
「整えすぎないほうが自由に過ごせるんだろうね」
と彼女が言った。
カフェでこう過ごさなければならないという決まりは、本来ないのだ。
「自由に過ごしていい」と感じさせる余白。
料理・食卓・庭の「手づくり」がうみだす、異国の地で暮らす友人を訪ねたかのような安心感。
真夏でも外で過ごしたくなるようなカラッと涼しい気候。
これらの要素が組み合わさって、ついつい僕らは長居したり、再訪したくなるのかもしれない。
Cafe Zum Löwen(カフェツムローベン)
住所:Dorfmitte 11, 17268 Gerswalde
営業時間:土曜11-20時、日曜11時-18時(詳細はウェブサイトでご確認を)ウェブサイト:http://cafezumloewen.com/
アクセス:http://www.bvg.de/でルートを検索するのがおすすめです。
その他:ベルリンの中心地から、AB区間とブランデングルグ州の1日チケットで往復23€/一人で往復できます。
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