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世界が終わるその日の前に

厨房と客席が一体になっているお店が好きだ。カウンターに座って、そこから料理人たちの手際の良いチームプレーを眺めながらの食事は格別である。

先日も友達のむねみつくんが店長をしている居酒屋に行って、レモンサワーを飲みながら厨房の方をボーッと見ていた。次から次へとコールされるオーダーに動揺することなく丁寧に対処する姿勢は完全にプロのそれであった。
そのむねみつくんは厳密に言うと「友達」ではなく芸大野球部の「後輩」にあたるのだが、もう年下感は一切ない。遥かに僕よりしっかりしている。


彼とは出会ったその日に、

「明日世界が終わるとしたら、どうするか」

について話し合った。6年前の春の話である。6年経った今も、僕らはコーヒーを飲みながら同じような話をするが、まさか6年の歳月を経て、居酒屋の店長をする未来や、ワーホリに行く未来が待っていようとは。

話を厨房に戻す。聞けば、飲食をやる人は野球をやっていた人が多いらしい。チームスポーツは数多くあるが、サッカーでもなくバスケでもなく野球。何となく分かる気がする。野球はデカイことやらなくても1億円プレイヤーになれる可能性を秘めたスポーツだ。地味で前に出ることが苦手な人間でも輝ける場所が与えられている。なるほど、飲食とよく似ている。ダルそうにホールをしている美形のねーちゃんも、黙々と魚を捌くおっちゃんも、それぞれが自分の役割を全うしている。

数ある厨房の中でも、王将の厨房はトップクラスに見応えがある。基本的にどの店舗も忙しくしているので、キッチン中に漂う緊張感はハンパなくカウンターからも伝わってくる。いつフライパンを使って殺し合いが始まってもおかしくない状況だ。

この前行った近所の王将は特にすごかった。
行ったのがピークを過ぎた頃だったのでそこまで混んでいるというわけではなかったのだが、チーフっぽい45歳くらいのおっちゃんが、55歳くらいのおばちゃんにブチギレていた。
チーフ「おい、石丸(仮名)!!麺茹で直せ!こんなもん出せるか」
石丸さん「は、はい。すいません」

石丸さんはどうやら新入りのようだ。手際がどう見ても悪い。しかしこれは「王将だから」悪く見えるだけなのかもしれない。
石丸さん頑張れ。僕は出された餃子そっちのけでカウンターから石丸さんを応援した。そして石丸さんのこれまでの人生を想像した。石丸さんはオーソドックスな「大阪のおばちゃん」とはかけ離れ、常に仏頂面だ。なぜあなたは厨房に立つんだい。あなたの守るべきものはなんだ。
石丸さん、ちゃんとタイマーかけて、茹で過ぎないように。あ、石丸さん、そんなにボーッとしてたらまた怒られるよ。

チーフ「おい!石丸!麻婆麺用意してるんか!?」
石丸さん「すいません!今からやります!」

石丸さん……悔しいよな。年下からそんなに偉そうなこと言われて。でもその年から王将という戦場に挑戦するということはそれなりの決心と理由があるんだろう?このnote見てるんだったら教えてくれよ。実は35歳とかだったらごめんよ。あんたは世界が終わるその日の前に、一体何をする?誰に会う?

石丸さんは、次はちゃんと麺を茹でれた。チーフはその麺を受け取って小さな声でボソッと「おう、ありがとう」とつぶやいた。終始顔面硬直状態だった石丸さんの顔が少しだけ和らぎ、土丸さんになった。この人たちも野球をやっていたのだろうか。


【お詫び】
先日の記事「こんなはずじゃなかった!!」内において、「陰毛」を「隠毛」と変換ミスしてしまうという事案が発生いたしました。不快に思われた方、また、陰毛関係者の皆さま、深くお詫び申し上げます。誠に失礼いたしました。

【訂正】
誤:床に落ちた隠毛をコロコロで→正:床に落ちた陰毛をコロコロで
誤:プカプカ浮かんだ隠毛を→正:プカプカ浮かんだ陰毛を

【お礼】
前回の記事は反応が良かったので嬉しいです。電話番号から検索して実際にLINEしてくださった方もいました。コメントも初めてあんなに頂きました。みなさん、苦しいですね。苦しいからnote書いてるんだろうな。一緒に頑張りましょう。僕は文章を書く中で「元気を与えたい」だとかそんな正義のヒーローみたいなことほざくつもりは毛頭ございません。自分のために、自分が気持ち良くなりたいから書いてます。でも、その過程でたまたま楽しくなってもらえたら、書き手としてそれ以上の喜びはありません。いつもありがとうございます。世界が終わるその日の前に、あなたは何をする?

サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。